漣の気持ち……?
文化祭から数日後、すっかり元気になった深月と登校したきあらは、玄関の掲示板に生徒達が群がっているのに気付いた。上級生も多く、掲示板は見えない。「たーさーん、おはよー」
「おはよう、深月、きあら」
「おはようさん」
「おはよう、巧くん、雷太くん」
また、いつも一緒のふたりだ。深月が巧の肩にぶら下がる。「たーさん、おぶって?」
「うん」
巧が素直に深月をおぶった。深月はご機嫌だ。雷太が呆れ顔になっている。「橋村、大丈夫なのか?」
「へーきへーき。散々点滴されたもん。よっし、これで見えるぜ」
にやにやしていた深月が、にやにやをひっこめた。
「深月? どうしたの?」
「……えーと」
「なに?」
「あー。きあらは、見ないほうがいいかも」
「え? ……雷太くん、おぶってくれる?」
深月が慌てたが、雷太は頷いた。かと思ったら、ひょいときあらを肩に担ぐ。雷太はレスリング部でならしているので、きあらくらいの体重はものともしない。「ありがとう」
「いや」
「……えっ!」
「だから、見ないほうがいいっていったのに」
きあらは両手で口をおさえている。掲示板には、校内新聞が貼られていた。「文化祭、無事終了!」という見出しのすぐ傍に、王子きあらと白雪姫漣のキスシーンの写真がでかでかと掲載されている校内新聞が。
「あれ、もしかして新聞部、ふたりに許可とらなかったの?」
「失礼な連中だな」
巧と雷太の発言はどこか浮世離れしている。深月が巧の背から滑り降り、雷太が屈んできあらをおろした。「でも、俺らのクラスが一位とはな」
「みんな、凄く頑張ってたもの。衣装も評価されたみたいだよ」
「おはよー。なんだよこのひとだかり?」
漣と亮平がやってきて、きあらは走って逃げた。
「……あ」
屋上で涙をこらえていると、最悪なことに漣がやってきた。「きあら、ここだったのか。深月が心配してるぜ」
「あの」きあらは洟をすする。「連絡、しないで」
ケータイを取り出そうとしていた漣は、手を停めて頷く。
そのまま、彼はゆっくり歩いてきて、きあらの隣に座った。きあらは抱えた膝に顔を埋める。
「ごめんね」
「うん?」
「あの……新聞部、酷いよね。漣くん、いやでしょ」
「……失礼だとは思うけどな。許可もとらずに」
その言葉が、胸をさした。
きあらは顔を上げ、漣を見る。
「あの、ごめんなさい! あの日、わたしどうかしてた。緊張してて、いいわけにならないけど、ほんとに訳がわからなくて、だから漣くんになにもいってないのに、あの、キス、しちゃって……」
「ああ、そのこと」
漣は興味なそうに、きあらから目を逸らす。「気にしてないって」
きあらは目許をこする。漣は困ったみたいに、屋上のフェンスを見ている。
「……それは、わたしのことは眼中にないって意味?」
「は?」
「わたしにキスされても、なんとも思わないんだもんね」
今のは、よくない。
そう思ったけれど、いったことはどうにもならない。きあらは立ち上がろうとする。
「ごめん、聴かなかったことにして」
漣に手を掴まれた。そのままひっぱられる。
漣の腕のなかに収まった。「れ」
漣の顔が近寄ってきて、きあらの鼻先に口付けてきた。
きあらはへたりこんでいる。鼻をおさえた。顔が熱い。
「……漣くん?」
「これで、おあいこな」
漣はにこっとして、きあらの頭を撫でた。
「きあらみたいに可愛い子にキスされて、なんとも思わない訳ないだろ」
漣は立って、すたすたと歩いていく。「深月に連絡するから」
「待って……!」
きあらはじたばたと立ち上がり、漣の左腕をとった。「あのね、あのね、わたし」
予鈴が鳴った。
「やべえ」
「あ」
「きあら、急ぐぞ!」
漣はきあらの手を掴み、走りだす。
きあらはタイミングの悪い予鈴に腹をたてながら、でも、漣とつないだ手を見てにこにこするのだった。