紗奈の願い
紗奈の願いは、とんでもなかった。
「私の星の寿命を、終わらせて下さい──」
「……」
ボクの目の前が、真っ暗になった。
え? どういうこと?
ボクは慌てて紗奈の言葉を遮った。
「さ、紗奈! なんてこと言うんだ……!」
星の寿命が終わってしまえば、紗奈はもうこの世の何処にも存在しないことになる。
そんなことは絶対に嫌だった。
ボクは夢中で紗奈を抱き寄せて、今の言葉をなかった事にしようとした。
「紗奈? もっとよく考えて? そんな事をすれば、もう二度とこの世には戻れないんだよ!?」
「ううん。もう決めたの。紗奈の考えは、もう絶対に変わらな……っ!」
叫ぶ紗奈の口をボクは手で覆った。これ以上好き勝手な事を言われたらたまらない!
「紗奈……っ!」
ボクは紗奈を怒った。
けれど紗奈はボクの手から逃れようと、必死に首を振って抗った。
ボクは焦る。
どうしょう? 天津甕星さまが紗奈の言葉を叶えてしまったら……! ボクは青くなって、甕星さまを見た。
天津甕星さまは、小さく頷いた。
──『分かった。その願い、聞き届けよう……』
「……っ、」
ボクは青くなる。喉の奥がひくついた。
「待っ、今のは……っ!」
けれど、紗奈はそれを遮る。
「天津甕星さま。そしてもう一つよろしいですか……?」
「紗奈! いい加減にしろ! 失礼だぞ……!」
けれどそれを天津甕星さまが止める。
──『いや、良いのだ。紗奈は、面白い』
いや、面白い面白くないの話じゃないから! 生き死にの問題だから……!
ボクは唸る。
なんなの? この二人はっ! 命を軽く見てるんじゃないの?
神さまって、本当はこんななの? 人の生き死にを司って、星にして、感覚が鈍ってるとか?
それに紗奈はなに?
一度死んで、死が簡単になっちゃったの!?
ボクは頭を抱える。
「お兄ちゃん……。そんなんじゃないんだって。
……天津甕星さま。紗奈は、お兄ちゃんの《心》に堕ちたいのです」
…………え?
ボクは目を見張る。
「星の寿命を終える場所は、《地》でも《橋》でもなく、兄の《心》を選ばせて下さい」
そう言った。
ボクは目を丸くする。意味が全く分からない。
けれど天津甕星さまはそれを聞いて、くくくと喉を震わせ笑った。
──『あぁ、その手があった。
良い。分かった。叶えてやろう。
な? 和明。そなたの妹は、面白いの?』
言ってふふふと笑う。
……いや、なんなの? よく意味が……。
戸惑うボクに、紗奈は微笑む。
「お兄ちゃん。
紗奈は、お兄ちゃんとコレからずっと一緒にいることにする。
お兄ちゃんの魂と共に、これからの人生と転生を繰り返すの」
「紗奈? ……何を言ってるのか、よく……」
──『ようは、紗奈は和明になるのだ』
……は?
──『紗奈の星の寿命は、まだあると言っただろう?
その寿命の力を使い、これからは和明と共に生きる。
……ただ、それだけだ』
…………。
分かったような分からないようなその説明に、ボクは少し混乱したけれど、紗奈がそれでいいと言うのなら、構わない。
ボクと一緒になるのなら、離れ離れになるわけではないのだろう。
…………多分。?
──『紗奈の考えは、そのまま《星守の任》としよう』
《星守の任》……?
ボクは眉を寄せる。
また、わけの分からない言葉が出てきた。
──『これからは、星守は置かずに済む。
堕ちゆく星は、大切な人の心に届ければよいのだな……? そういう事であろ? 紗奈……』
天津甕星さまはそう言って、紗奈を見た。
紗奈は今まで見たことのない微笑みを、天津甕星さまに向けた。
「はい……! そう、致しましょう!」
こうして堕ちゆく星は、人の心へ収まることとなった。
紗奈は朝日と共に、消えていった。
来る時と同じく銀の星屑となり、その星屑は、ボクの中へと消えていく。
ほんわかと胸の辺りがあたたかくなった。
「!」
ボクは驚いたけれど、嬉しくもあった。
これでずっと、一緒にいられるのだろう……。
存在は、あまり感じないのが、少し残念だけれど、紗奈が心の中にいるのなら、ボクと一緒に幸せにしてやらなくっちゃって思った。
「……でも、悲しいのには、変わりないよ。紗奈……」
ボクは、ちっちゃな指輪を握りしめて、声を殺して泣いた……。
それからは、毎年春になると紗奈の好きだったシロツメ草の丘へ行く。
丘はポカポカと気持ちよくて、いつの間にか眠ってしまう。
だけど、起きるといつも不思議なことが起こった。
……ふふ。ほら、今日も。
ボクは自分の頭に、そっと触れる。
起きると何故か、ボクの頭の上には、シロツメ草のかんむりが掛けられている。
きっとそれは、
紗奈の仕業に違いなかった……。




