後釜
「……」
ボクは返事が出来ない。
本当なら、星守を続けていれば、また紗奈に会えるから。
「お兄ちゃん……」
紗奈はボクを呼ぶ。
不安げなその顔を見ていたくなくて、ボクは自分の顔を覆い隠すように手を伸ばした。
「……!」
伸ばしたその手に、可愛らしいシロツメ草の指輪が見えた。
指が全部入らなくて、ボクの小指の第二関節で止まった指輪。
紗奈が自分の指のサイズで作ってしまった、ちっちゃい指輪。
ボクのひいばあちゃんが、残りの魂を入れてくれた、枯れない花の指輪……。
泣きたくなるほど白くて、優しい薫りを辺りに振り撒いていた。
紗奈が、ボクのその手を取る。
「お兄ちゃん……。
紗奈は、お兄ちゃんの傍にいたい。お兄ちゃんがここへ会いにくるんじゃなくて、傍にいたいの」
紗奈は、絞り出すような声を上げた。
「お兄ちゃんが星を集める間、紗奈ここから出られない。星守の仕事をしている夜しか、お兄ちゃんの傍にはいられない。だから、陽の光の差す、シロツメ草の丘に行きたくても行けないのよ」
「紗奈……」
ボクは知らなかった。
そんな制約があったのか。
だから、ばあちゃんも自分の息子に会えないと、嘆いていたのだろう。
ボクは星守をした晩、母さんに会った。
あの時紗奈も傍にいて、自分も会えたと喜んでいた。あの日じいちゃんが倒れなければ、紗奈は、母さんとも会えなかったのに違いない。
「だけどもし、お兄ちゃんが星守の仕事を辞めたら、紗奈は、お兄ちゃんにはもう二度と会う事が出来ない。だけどその代わりに、紗奈はお兄ちゃんとなって、あの陽の差す丘に行くことが出来るの」
紗奈は微笑む。
「お兄ちゃんを通じて、紗奈も幸せになれる。紗奈も大人になれるの!」
「紗奈、だけど……」
紗奈はボクの言葉を遮る。
「紗奈は、大人になりたい! 私もお兄ちゃんと一緒に大人になりたい……!」
懇願するかようなその言葉に、ボクは溜め息をついた。
紗奈が望むなら、ボクは抗えない。
ボクは天津甕星さまを見た。
天津甕星さまは、星の神さま。
ボクが星守を辞めるのは、神さまに抗う事になるのだろうか?
いやそれよりも、ボクが辞めたら、他の誰かを探さなくちゃいけなくなるのではないだろうか?
──『それには、及ばぬよ』
天津甕星さまは悲しげに言う。
──『そなたたちの出した答えこそ、自然の摂理。
我の願いの方が間違っておるのだからな』
「でも……っ! 星は……堕ちゆく星は、どうなるのですか?」
ボクは尋ねた。
──『……それは』
天津甕星さまは、黙り込む。
解決策があるのなら、《星守》など作る必要は無い。けれど、そんな仕事があるのは、それが必要だったからなのだろう。
寿命が来た星たちは、一度地に堕ちるが、星守に守られて、あの世とこの世を繋ぐ、《星の架け橋》になる。
もしも星守がいなければ、星は堕ちて悪霊となる。
──『いや、まだ大丈夫だ』
ボクの心を読んだのか、天津甕星さまは言った。
──『造り変えたばかりの流星橋があるからの。
堕ちた星も、自力で橋へつけば、救われる』
「え? そんなことも出来るの?」
──『けれど、気休めではある……。
いずれまた、橋が崩れれば、それまで……』
ダメじゃん。
ボクは顔を歪める。
「じゃあ、どうしてもダメな時は……」
ボクが手伝いに……と言おうとした瞬間、紗奈が声を荒らげた。
「お兄ちゃん! ダメだから!! その時紗奈はもう違う命になってるかも知れないんだよ! 紗奈には会えないからね!」
あまりにもハッキリした意思表示に、ボクは驚く。
紗奈はそんなに強い人間だったろうか……?
だけど、……。
「紗奈……」
ボクは困った顔で紗奈を見た。
初めは怪しいヤツだと訝しんだ、邪神と言われる天津甕星さま。
だけど、ボクは悪い神さまではなかった。少なくともボクは、救われた。
紗奈を失って、どん底まで落ちて、何をするでもなくただ生きているだけのボクに、光を与えてくれた。
……まぁ、きっかけは、アレだったけど。
だけど救われたのは確かで、無下に出来るはずもない。
「紗奈、そんなに言わなくても……」
「お兄ちゃんは黙ってて! 天津甕星さま!!」
紗奈は天津甕星さまに飛びかかるような勢いで、その名を呼んだ。
「ちょ、紗奈……っ!」
じいちゃんじゃないけど、ボクは焦る。
ちょっと言い方が、きついように思えた。
初対面のとき、なんでじいちゃんがあんなに焦っていたか、分かる気がした。
けれど、天津甕星さまは、怒ることなく微笑んだ。
──『なんだい。紗奈』
「紗奈は、お願いがございます!」
紗奈はそう言って、切り出した。




