望むもの
紗奈はゆっくり、橋の方へと歩いて行った。
ボクは引き止めたくなって困った。
そんなボクの気持ちを知ってか知らずか、紗奈がこちらを振り向いた。
「お兄ちゃん」
「ん?」
ボクは力なく返事する。
「紗奈ね、お兄ちゃんに会えて良かった。
お兄ちゃんの妹になれて良かった。ママをお兄ちゃんのお母さんにしてくれて、ありがとう!」
「……」
ボクは目を見張る。
紗奈は本当は、ボクがお兄ちゃんになる事を嫌がっているのだとばかり思っていたから……。
紗奈は、ボクの心を読んだのか、頭を振った。
「違うよ。お兄ちゃん……」
紗奈は苦しげに顔をしかめて言う。
「紗奈、本当は、ママを取られるんだと思ってた。お兄ちゃんとお父さんに」
「……」
今にも泣きそうな紗奈を見て、ボクは《もういいんだ》と伝えたくなる。
紗奈は、本当は、ボクの妹じゃない。
父さんが母さん……お義母さんと再婚したから妹になった。
だけどそれが何だって言うんだ。ボクは嬉しかったんだ。紗奈みたいな妹が出来て。
母さんも紗奈も、自分が弱い立場だから、父さんやボクが、同情で家族にしてくれたんだと思っている節があったけれど、それは違う。
とても優しい母さんと、可愛い妹が一遍にできて、ボクは本当にすごく、嬉しかったんだ。
ずっと一緒にいれると思った。
こんな事になるなんて、思いもしなかったんだ……。
「……」
紗奈は顔を真っ赤にして続ける。
「だ、だけど……だけど、お兄ちゃん、とても優しかった。大好きだよって言ってくれた。
だから紗奈もお兄ちゃんの事、好きになったの! 誰よりも大好きでずっと傍にいたくて、紗奈、絶対お兄ちゃんの……お、お嫁さんになるって、決めてたんだから……!!」
叫ぶように紗奈が言った。
「……!?」
ボクは、目を見開いて驚く。
……でも。嫌、じゃない。
ボクは小さ過ぎて、小指の途中までしか入らなかったシロツメ草の指輪を見る。
ふふ。と笑って、それから言った。
「じゃあ、コレは婚約指輪だね」
「ち、違う……」
まさかの否定。
「えー……。まさかの拒否られるとか、ボク嫌われちゃったの?」
「……」
紗奈は真っ赤になって、黙り込んでしまった。……さすがに、イジメ過ぎたみたいだ。ボクは反省する。
「……ゆ、指輪、……大切にしてね!」
紗奈は一生懸命、そう言った。
「……うん」
いよいよお別れなのだと思うと、ボクは力なく頷く。
やっぱり嫌だった。
いざ、別れが来ると辛かった。
本当なら、指輪より、紗奈と一緒にいたい。
「紗奈……」
ボクは紗奈に、何かを言わなければ……と思ったけれど、言葉は続かない。
紗奈は、そんなボクを見て、ふわりと微笑んだ。
「お兄ちゃん。紗奈は、ずっとお兄ちゃんの傍にいるから。だから、悲しまないで……」
「……」
月並みな、そんな言葉を並べられても、ボクの心は満たされない。
ボクは、返事もせずに、ただ紗奈を見た。
サラサラ……。
サラサラサラ……。
柔らかい風と共に、銀色の粒子が辺りに散った。
「!」
紗奈が現れた時と同じ、星屑の粒子。
ボクはハッとする。
もう、紗奈は消えるんだろうか……!? まだボクは、覚悟が決まらない。
慌てて紗奈を抱き寄せた。
「!? ……お、お兄ちゃん?」
紗奈は驚きの声を上げる。
そりゃそうだと思う。
確かに兄妹なのに、近過ぎる。
だからおじさん達も心配して、『兄妹なんだぞ』って釘刺してたんだろうと思う。
でも、離れ難いんだから、しょうがないじゃないか!
もう二度と会えなくなる。
そう思うと、離れられなかった。
サラサラサラ……。
粒子は濃くなり、そこに天津甕星さまが現れた。ボクは身を強ばらせる。
──『和明。
君は星守を辞めるのか……?』
悲しそうな声だった。
紗奈が心配げに、ボクを見上げた。




