少し本気の結婚ごっこ
「お兄ちゃん……指、貸して」
紗奈が、消え入るような声で言った。
「え? あ……うん」
ボクは手を差し出そうとしたけれど、紗奈が素早くボクの左手を掴んだ。
「み、右手じゃなくて、左手……っ、」
「え? ……う、うん……」
右手だろうが左手だろうが一緒だろ? と思いながら左手を出す。
紗奈は手まで真っ赤になりながら、ボクの指にシロツメ草の指輪をはめようとした。
「ふわっ……!?」
掴んだボクの手を見て、紗奈が微かに変な声を上げて呻く。
「ぶっ……」
ボクは思わず吹き出した。
だって、サイズが全く合わないんだ!
紗奈は指輪を作る時、自分の指に合わせて作ったから、当然だよね?
ボクは紗奈にバレないように、くくくと肩を揺する。
身長は明らかにボクの方が高いんだから、指だってボクの方が太いに決まってる。その事に気づかないとか、まだまだ紗奈は子どもだな、と可笑しくて堪らない。
一方紗奈はというと、指輪とボクの手と交互に見て、真っ青になっている。
本気で悩んでいる姿が見ものだった。
「どうしよう……これじゃあ……」
聞き取れるか聞き取れないかの声の大きさで、紗奈は呟く。
「え? な、なに? どうしたの……?」
ボクは笑いを堪え、わざと心配するような声を掛けてみる。
けれど、紗奈が青くなった理由なんて、ひとつしかない。
ボクは自分の口を必死に押さえて、紗奈の顔を覗き込んだ。
紗奈はまさかの半泣き状態だ。
「……」
あー……。うん。泣かれるのはちょっと……。
ボクもつられて、眉尻を下げる。
すると紗奈は慌てて、首を振る。
「お、お兄ちゃん……! なんでもないの!
……大丈夫だから……」
言っている言葉の語尾が下がる。
「……」
……いや、大丈夫なの? 本当に?
紗奈は大丈夫だとか言っていたけど、ボクの手を掴むその手は震えている。
全然、大丈夫なんかじゃないじゃないか……っ!
ボクは苦笑する。
でも、本人が大丈夫って言ってるなら、ここは黙って見守ってみよう……。
「……」
そう思ってボクは、笑いを堪え、じっと耐えて待つ。
どれだけ時間が経っただろう?
そろそろボクも、悩み続ける紗奈を見飽きた頃、紗奈が再びボクを見た。
「お兄ちゃぁ〜ん……」
べそをかいている。
「え? 紗奈? もしかして泣いてるの?」
ボクは紗奈の両方の頬を手で包み込む。じっと紗奈の両目を見た。
「紗奈……」
いつも潤んではいるものの、今は目の端に涙をためている。
「……っ、」
ボクはドキッとする。
「えっと? なに。泣くほどのこと……?」
まさか指輪が入らないだけで、そんなに悲しむとは思っていなかった。ボクは焦る。
……けれど、この顔も表情も、もう見納めなのだと思うと、たくさん見ていたい気もする。
「なんでもない。……なんでもない……っ!」
紗奈は必死にそう言っているけれど、そんなわけはない。
はじめは、冗談で泣き真似しているのかと思っていたけれど、よく見たら本気で紗奈は悲しんでいた。
ボクは顔をしかめる。
いじめるのは、この辺までにしておこう。




