本音
「和真さん。
あなたは少し、自分のひ孫を見習うべきですよ!」
そう言った。ボクは驚いて、顔を上げる。
じいちゃんは、バツが悪そうに首を掻いた。
「和明……と言ったかしら?
私はあなたの考えには、賛成なのよ? だって和真……あなたのひいおじいちゃんときたら、産まれたばかりのうちの子をほっといて、毎晩毎晩飽きもせずここへ来ていたのだから……!」
「……!」
やっぱり!
そんな事だと思ったよ。
ボクは横目でじいちゃんを見る。じいちゃんは、グッと息を呑みそっぽを向いた。
「そ、そんな事言わなくていいだろ?
お、俺だって、俺だってダメだとは思ったんだ! 吹っ切ろうとはしたんだぞ!
……でも、でもダメだった……そんな事、出来るわけない」
じいちゃんは、目を伏せる。
……。そりゃそうだよね。
ボクもバツが悪い。
死んだ知人に会えるのは魅力的だ。それが大好きな人なら尚のこと……。
「……」
ボクは腕の中の紗奈を見る。
紗奈は何を考えているのか、悲しそうに目をつぶって、ボクに抱きついている。
少し、震えている。
「……」
ばあちゃんはプンプンと、声を荒らげた。
「この人ったらひどいの。
ひと目私の子どもに会わせてくれても良かったのに、たったの一度も連れて来てくれなかったんですよ? どう思いますか……!?」
目が合った途端、ばあちゃんはボクに愚痴をまくし立てる。
ボクは怯んだ。
「えっと、ど……どう思うって……」
ボクは気が遠くなる。
ボクも、じいちゃんの気持ちが分からないでもない。
大好きな人となら、二人っきりで会いたい。
ボクだって、やっと紗奈に会えた。だから会えたことを満喫したい。
でも、この状況って何?
なんでボクは、じいちゃんたちの痴話喧嘩なんて見せられてるの……。
ボクは紗奈を抱き締め直す。
「……?」
そんなボクを、紗奈は不思議そうに見上げて、そのまま擦り寄って来た。
「……」
こうなったら、ガッツリ抱きしめて、感覚だけでも再会を喜んでおこう……そう思った。
「……」
ばあちゃんの愚痴は、とどまらない。戸惑うボクを、ばあちゃんは白い目で見た。
非難じみた声で、ボクに話し掛ける。
「和明さん。……あなたも理解は、しているでしょう?
この状況は不自然なことなのだと……」
図星をさされ、ボクの肩が跳ねた。
「……はい」
それからボクは、自分の行動を反省する。
そっと、紗奈を離した。
「分かってます」
ハッキリそう言って、ボクは紗奈を見た。
「!」
紗奈も真剣な顔でボクを見る。……少し、不安げだ。
「……っ、」
そんな紗奈を見ると、決心は鈍る。
でも。……でも、これはちゃんと伝えなくちゃいけない。目の前にいるのは、生きている紗奈じゃない。
もう、死者となった紗奈──。
「紗奈」
言ってボクは、ゴクリ……と唾を飲む。言おうと決心して、なかなか口に出せなかったその言葉。
それは、ボクにとって、泣きたくなるような、切ない想い……。
「ボクは、……ボクは紗奈にずっと傍にいて欲しいと思ってる……。
だけど。だけど、それは出来ないんだ……!」
「……」
キッパリそう言った。
ボクは堪らなくなって、目をつぶる。
「紗奈を大切に思っているのは、ボクだけじゃない。
……母さんが紗奈を想うあの姿を見て、ボクだけ紗奈に会えるのは、おかしいと思ったんだ……」
息が、詰まった……。
本当は、言いたくなんかない、決別の言葉……。だけどそれは当たり前のことだ。
紗奈は死んだ。
ボクは、その事を受け入れなくてはいけない。
そうでなければ、前に進むことは出来ない。
「だから。だから! ボクはもう、これから紗奈に会うことは……」
……その先の言葉は、言えなかった。
言いたくなかった。
ずっと一緒にいたい。
傍にいて欲しい。
ボクの傍で、笑って見ていて欲しい。
「お兄ちゃん」
「!」
紗奈は笑った。
ホッとしたような微笑みだった。
けれど目の端から、涙が一筋流れた。
「紗奈……!」
それを見て、ボクは悲痛な声をあげた。
本当は嫌だった。
ずっとずっと、紗奈の傍にいたい……!
それがボクの、本音だった──。




