仲直りのキス
ボクの言葉を聞いて、紗奈は驚き、頭を振る。
「何言ってるの? お兄ちゃん。
お兄ちゃんが池に落としたんじゃないでしょ? あれは紗奈が勝手に落ちたんだよ……?
それに……。それに、お兄ちゃんは、勘違いしてる。……あれは全部、紗奈が悪かったの。
……紗奈が、もっとお兄ちゃんと遊びたかったって思っちゃったから。
もっとお兄ちゃんの傍にいたかったの。……だからだから……」
言いながら紗奈は、ポロポロと泣き始めた。
ボクは慌てる。
紗奈を泣かせたかったわけじゃない。必死に流れる涙を、指で掬った。
「紗奈。紗奈? どうして泣くの? ねぇ、泣かないで?」
けれど紗奈は頭を振る。
「紗奈は、春までは生きられないって、本当は知ってた。
病院の先生が言っていたのを聞いちゃったから。
もちろんお父さんもママも知ってた。……知らなかったのは、お兄ちゃんだけ……。お兄ちゃんだけなの! だから紗奈、ズルしたの」
「ズル……?」
ボクは聞き返す。
紗奈は更に泣きじゃくって頷きながら、ボクに謝り始める。
「お兄……ちゃ、ごめん。ごめんなさい。
……紗奈、お兄ちゃんが好きだから……忘れて欲しくなかったの。ずっと覚えてて欲しかった。
だから……だからっ」
苦しげに喘ぐ紗奈を見ていたら、ボクはもういいんだって思った。
ボクだけじゃない。
紗奈も何かを後悔していた。……ボクと同じで、苦しんでいたんだ。
なんだか可笑しくなる。
紗奈もボクも、相手に申し訳ないって、ずっと思っていたんだって気づいた。
ボクは笑った。
「紗奈。もういいんだ。
ボクも紗奈が大好きだから。嫌われてないって分かっただけで、それだけで幸せだから……」
そう言って、紗奈の頬に唇を寄せた。
妹の頬に落とす、初めてのキス。
「だから、もう……泣かないで……」
呟いて、もう一度口づける。
初めてのキスは、涙の味がした……。
紗奈とボクは、ずっと思っていたことを言葉にして、スッキリする。
近くのベンチに座って、紗奈はぷらぷらと足を動かした。
「紗奈ね、死んでからずっとお兄ちゃんの事を見てたの。だから何でも知ってるよ」
紗奈は微笑む。
「お兄ちゃんが星守の仕事をしていた時に、綺麗な夜景を紗奈も一緒に見ていたの。
……お兄ちゃんは知らなかったみたいだけど」
紗奈は思い出して笑う。
「お兄ちゃん、『紗奈にも見せたい』って思ってくれた。紗奈、とっても嬉しかった」
「え。……あの時、傍にいたの……?」
ボクは少し、照れくさくなる。
けれど、紗奈は首を振る。
「違う。傍にいたんじゃない。多分、ね。
だってお兄ちゃんの目から、紗奈は夜景を見たもの。
多分あの時、紗奈はお兄ちゃんになったの……」
「……」
そんなわけの分からないことを、紗奈は言う。
ボクは思わず苦笑する。
相変わらず紗奈は、不思議なことを言うんだなと可笑しくなった。
「紗奈、ママにも会えることが出来た。……ママ、相変わらず泣いてた。紗奈が死んじゃったから悲しませた……」
言ってボクに抱きついて来る。
「ねぇ、お兄ちゃん。ママに伝えて。……紗奈、ママ大好きだよって」
「うん。分かってる。母さんだってもう、ちゃんと分かってるよ」
ボクは紗奈の頭を撫でてやる。
「……」
「……」
ボクたちはそれから黙り込む。
ボクには、決心した事がひとつある。
……だけどボクは、その事を言い出せずにいる。言えば終わりだと思った。




