ズル
それからいく日か過ぎて、しんしんと雪が降る。
……いや、違う。そんなわけはない。今は春だから。
これは雪じゃない。
シロツメ草だ。
ボクがこの日のために、たくさん詰んできた。
冬に死んでしまって、今年のシロツメ草を見ることが叶わなかった紗奈に、渡すために……。
シロツメ草は柔らかい甘い香りを辺りに放って、夜の闇の中で、白くほのかに輝いた。
そしてその、優しい香りの中、天津甕星は現れた。
白とも銀とも言えない、不思議な色合いの髪を、ふわりとなびかせる。
──『和明。ありがとう』
天津甕星はそう言って、ボクに頭を下げた。
ボクは慌てる。
「あ……。ボ、ボクはそんな大層なことしてないから……っ」
バタバタと手を振った。
そんなボクには、やましい気持ちが、ある。
──紗奈に会いたい……。
その一心で、ボクは頑張っただけだ。誰かを助けたかったわけじゃない。
死者に再び会える……。
そんな狡い思いで、星を集めた。
だからボクは、《ありがとう》と言う、天津甕星を直接見ることが出来なかった。
そんなんじゃない。
……そんなんじゃ、ないんだ……。
手に持ってた風呂敷包みが、もぞもぞと動いた。
まるで中の《星》が、ボクを非難するように、鈍く輝く。中にいるのは……そう、この前葬式を終えたばかりの じいちゃんが、今、この風呂敷の中にいる。
ボクが見つけて捕まえた。じいちゃんと ばあちゃんの星。
じいちゃん達は、すぐに捕まった。
自分たちがどうなるのかなんて、嫌というほどに分かっているから。
ただ、消えていくだけは悲しいから、ボクはその風呂敷から出せずにいた。
「……」
その事は、もちろん天津甕星さまも知っている。
そしてその声も出せない二つの星が、ボクを責めるんだ。『ずるいぞ! お前だけ紗奈に会うとは……!』って
……多分。
多分、そう言ってるって思う。じいちゃんはともかくとして、傍に一緒にいる ばあちゃんが。
多分、小さな星が ばあちゃんだと思うんだ。まだ小さいから、星の寿命は来ていないはずだ。
──チカチカ、チカチカチカ……。
大きい星が暴れた。
ボクに文句を言っているのかも知れない。
……む。じいちゃんは、うるさい!
何回も、死んでしまったばあちゃんに、じいちゃんは会ったじゃないか! そんなじいちゃんに、ボクのことをとやかく文句言う筋合いはないんだからなっ!
ボクは心の中で、じいちゃんに悪態をつく。
「……」
だけど、分かってるんだ。本当はいけない事なんだって。
天津甕星さまは、ボク達……死者に会いたがっている者たちを選んだと言って、謝った。
けれど、だけど本当は、ボクが天津甕星さまをいいように利用しているだけにしか思えないんだ。
だって甕星さまは、堕ちゆく魂を救いたかっただけだから。
引いては、ボクたちの魂を救うための行為。
自分の我儘でやっているわけじゃない。
「……」
だから、天津甕星さまのその感謝の言葉に、ボクは恐縮する。
心の奥底で、そんなんじゃないって叫んだ。
でも、申し訳ない……と言って謝る天津甕星さまに、なんて言えばいいのかも分からない。
ボクは、死んでしまった紗奈に会いたくて、星を集めたに過ぎない。
紗奈の産みの親である母さんですら差し置いて、ボクは紗奈に会う。
何故、母さんじゃなくてボクが選ばれたんだろ……?
「……」
考えるまでもない。理由は簡単だ。ただ単に、ボクが じいちゃんの孫だったからだろう。
平等平等って言うけれど、結局のところボクたちは小さな差別の中にいて、その依怙贔屓でボクは救われた。
ボクにはまだ、紗奈に会えるっていう望みがある。
ただ、星の寿命が来た じいちゃんには、もう会えないかもしれない。これだけ大きな星なんだもん。多分、星としても寿命なのに違いない。
けれどそれが本当だ。
死んでしまった人間に、再び会うなんて、《ずるい》どころの話じゃない。
これがいい事だとは、到底思えない。
だけど、抗えなかった。




