ふたつの星
ボクは、ふわり……と地に降り立つ。
地面に降り立つその前に、二つの星を抱いた。
一つは、ボクのじいちゃん。
もう一つは多分、ボクのばあちゃん。
ボクはじいちゃんに託された、普通じゃない風呂敷に、二人を包み込む。
キラキラ輝いていた星たちは、風呂敷に包むと、その光は見えなくなった。
ボクはそれを抱きしめて、病院の中へと入って行った。
「あ……和明さん」
母さんの困ったような、戸惑ったような声に出迎えられて、ボクはじいちゃんの所へ行った。
そこは思っていたより静かだった。
母さんや父さん。
……それから、いつの間に来たのか、ボクの親戚のおじさんやおばさんが二、三人いた。
ボクは、覚悟を決め、じいちゃんを見た。
「……」
じいちゃんの顔には、白い布が掛けられていた。
ふと、紗奈の時を思い出す。
でも、紗奈の時よりも、不思議と受け入れている自分に驚いた。
ゆっくり近づき、白い布を剥いだ。
……安らかな寝顔だった。
「……」
「静かな、最期だったわよ……」
親戚のおばちゃんが、優しくそう言った。
ボクはじいちゃんの顔を見る。
少し笑ったような、そんな顔だった。
安心したのかも知れない。
中身のじいちゃんは、大好きだったばあちゃんと、今一緒にボクの腕に抱かれているんだから……。
「おじいちゃんはね、変わった人だったのよ」
おばちゃんが笑いながら言った。
じいちゃんを知る人は、実は少ない。
ひいばあちゃんと死に別れてから、じいちゃんは再婚しなかった。
一人息子を抱えて、必死に働いて生きてきたらしい。
「まぁ、長生きだった方よ? 八十五まで生きたんだから」
おばちゃんは言う。
「おじいちゃんの妹……私の母から聞いたんだけどね、おじいちゃん若い頃、ほとんど眠らなかったんだって」
言って笑う。
「母さんから、よく愚痴を聞いたわ。
昼間は働いて、夜息子を寝かしつけたら、いそいそと出掛けて行ってたんだって。
彼女でもいるんじゃないかって言ってたのに、一向に結婚しないものだから、おかしかったのよねって……。
何してたのかしらね? ずいぶん不摂生だったみたいだけど、八十まで生きれたのなら、お疲れ様って言ってやらないとね……」
そうしておばちゃんは、ボクの肩をポンポンと叩いた。《あなたも、無茶だけはしないでね》って言って。
それから母さんたちと、話に花を咲かせていた。
「……」
じいちゃん、夜、出掛けていたんだ。
やっぱりね……てボクは思う。
夜出掛けていたじいちゃんは、星守をしていたんだと、ボクは思った。
ボクに、あんなに《無理するな!》とか言って、じいちゃんの方がずっと無理してたんじゃないか。
そう思って、腕の中の《星》をつつく。
《俺のようになるな》……じいちゃんのその言葉が、頭によみがえってくる。
多分それは、星守の仕事を頑張りすぎるな……と言うことなんだと思う。
星守の仕事は、大切な人を亡くした者にとって、信じられないくらい、おいしい仕事だ。
だから、人を狂わせる。
じいちゃんは多分、何回も石橋を直して、ばあちゃんに会いに行ったんだろう。
だって、ついこの間から星守を始めたボクなのに、もう紗奈に会うメドが立ったもの。
何年もの長い間、星守として生きていた じいちゃんなら、ばあちゃんに会ったのは一度や二度じゃないと思うんだ。
「……」
ボクは再び無言で、風呂敷をつついた。
「じいちゃん、ちょっとズルいんじゃないの……?」
そう呟くと、言い訳がましく、星がチカチカ輝いたのが見えた。
ボクはくすりと笑う。
ボクよりずっと年上のはずの じいちゃんが、なんだか可愛く見えた。
ずっと、死んでしまったら、そこで終わりなのだと思っていた。
だけど、そうじゃない。
死んでもこうしてどこかでこうやって、息づいていくのかもしれない。
そう、ボクは願った。




