有り得ない状況
天津甕星と名乗ったその人は、日本神話に出てくるような姿の人だった。
さっき降ってきた、デカい金平糖みたいなのとそっくりの、白色とも銀色とも言えない不思議な色の髪と瞳。
その髪は、耳の横でくるんと巻いていて、どう考えても、普通の人とは思えなかった。
ボクは慄く。
夢見心地なじいちゃんの作り話が、また始まったとばかり思っていたのに、妙な現実味を帯びてくる。
それでも頭の奥底で、どうにか常識のある状況に戻したい……! そう思う心もあって、ボクは言葉を失った。
「……」
天津甕星はそんなボクを見て、目を細めた。
それに気づいたじいちゃんが、慌てたようにボクに頭を下げさせる。グッと頭を手で押さえつけられた。
痛い、痛い……っ!
「不肖の孫ですが、お役に立てるとは存じます」
じいちゃんは言った。
──『それは、心配していない』
天津甕星は、頭に響くような……それでも不思議と、心が落ち着くような、優しい低い声で、そう呟いた。
……え? なに?
何させようとしてるの?
ボクは青くなる。
このまま黙ってたら、この変な人たちの餌食になるんじゃないだろうか……?
いや、それは困る!
ボクは慌てて頭を上げ、じいちゃんに文句を言った。
「ちょっ、なに? なんなの? ボクは何かを《する》なんて一言も言ってないけど……!」
「こ、こら! 天津甕星さまの御前だ。天津甕星さまは、神様なのだぞ……!」
じいちゃんが必死になって、ボクを諭す。
(神? 神とか関係ないし。信者でもあるまいし……!)
押さえつけられて、ボクは唸る。
──『これこれ。無理強いはならぬぞ?』
「し、しかし……!」
──『無理もない。我は邪神ゆえ……』
邪神!? ボクはギョッとなる。
「な、なにを言われますっ! ……こら和明! 謝れ」
再び無理やり頭を下げられ、ボクは混乱する。
邪神? 今、邪神と言わなかった……?
ボクは少なからず興味を持って、顔を上げた。
「!」
顔を上げると直ぐに、天津甕星と、目が合う。
不思議な、色……。
飲み込まれそうなその瞳に、ボクは釘付けになる。
すると天津甕星は、ふわりと微笑んだ。
──『紗奈の《兄》、か……?』
「……っ!」
紗奈……?
なんでコイツは、紗奈とボクのことを知ってる? じいちゃんが話したんだろうか?
ボクは天津甕星を睨んだ。
睨まれて天津甕星は笑った。
──『人の生死は、我が手の内。
星となった者を、我が知らぬわけがなかろ?』
「手の……うち……?」
天津甕星は頷く。
──『我は死者を星へと変える。
よって人は我を《邪神》と呼ぶ。』
悲しそうに笑った。
「死者……? 星?」
何が何だか分からなかった。
じいちゃんが、ボクの肩に手を置いた。
「天津甕星さまは、星を統べる方。人が死ねば、その魂は星となる」
「……」
いやいやいや、そんなわけないし。
人は死んだらそれまでだ。星になるとか、非科学的なのにも程がある……!
……。
そうは思ったけれど、紗奈の名を天津甕星の口から聞いて、ボクの心は揺れ動く。
紗奈。
もしかしたら、紗奈に会える……?
もしかしたら、生き返る事が出来るんじゃ……。
そんなハズはないのに、甘い期待が首をもたげる。
──『……そのようなことは、流石に出来ない』
「……っ」
まるでボクの心の中を呼んだかのように、天津甕星は悲しげに言った。
──『生き返らせるのは無理だが、会わせることは出来る』
「!?」
天津甕星の言葉に、ボクは目を見張った。




