じいちゃんの話
「子どもがもうすぐ出来るからと、しこたま仕事を入れとった。
だからその日……子どもが生まれるその日、俺は家にいなかった」
《あれは生まれるのが予定よりも、早かったんだ……》そう、じいちゃんは言った。
「……」
あれって……と、俺は唸る。
《あれ》とは多分、じいちゃんの子どものことだ。
目の前のじいちゃん(曾祖父)じゃなくて、ボクの本当のじいちゃん(祖父)。
「……」
ボクはなんだか居心地が悪い。なんて言えば良いのか分からなかった。
そんなボクを尻目に、じいちゃんは、はぁ〜っとタバコの煙を吐いた。
どうやったのか、ドーナツ型の煙だった。
じいちゃんの話は続く。
「俺は知らせを聞いて、急いで帰ってきたんだけどな、間に合わなくてな。
……アイツは本当は、風邪をこじらせていてな、辛かったようなんだ。
だけど一生懸命働く俺に水は挿せないと、黙ってたらしくて……」
──急な出産には、耐えられなかった……。
ポツリと呟くじいちゃんは、とても辛そうに見えた。
……ボクも辛い。
人が亡くなるのは、気持ちのいい事じゃない。
心に穴がぽっかり空くような、何かを忘れてきてしまったような、そんな虚脱感がある。
ボクはこの時、きっと苦しげな顔をしていたに違いない。
じいちゃんは立ち上がって、ぽんぽん……といつもするみたいに、ボクの頭を叩いた。
「……」
変な気分だ。辛いのは、話をしている じいちゃんなのに、ボクが慰められるとか……。
「……」
「ま、昔の事だよ。俺はもう、吹っ切れた。……それがお前の、ひいばぁさん」
自嘲気味に笑った。
「俺は死に目に会えなかった。だから、もう一度会いたかった。会って、謝りたかった」
そう言ってボクを見る。
「『一緒にいれなかった。ごめん』って」
「……」
ボクは顔をしかめる。
ボクと、一緒……だ。
紗奈は、ボクの目の前で逝ってしまった。
ただそこだけが、違うだけで……。
だけど、どっちがいいんだろう?
死に目に会えるのと、会えないのと……。
苦しむ姿を目の当たりにするのと、離れたところで大切な人の死を聞くのと……。
目を伏せたボクの頭上から、ふっと笑う気配がする。
じいちゃんはボクをベンチに座らせ、肩を掴んだ。
タバコを口の脇に咥えて、グッとボクを覗き込む。
「うわ。じいちゃん、タバコくさっ……!」
ボクは、むせる。
タバコの煙は慣れていない。
こんなに近くで吸われると、正直キツい……。
ちょ、じいちゃん知ってる? 副流煙って言って、他人が吸う煙だって、他人の害になるんだぞ!
ボクは顔をしかめる。
「で、ここからが大切なんだが……っ!」
「……?」
じいちゃんの顔には、意外にも哀愁は漂っていない。真剣な目で、ボクを見る。
語尾に含まれる強さに、思わずボクは仰け反る。
──「お前に、『星守』を継いで欲しい……!」
「ほ、ほし……もり……?」
わけの分からない単語が出てきた。
じいちゃんの勢いに圧倒され、ボクは突っ込むタイミングを完全に失う。ゴクリ……と唾を飲み込んだ。
じいちゃんは頷く。
「和明。結論から言うとな、俺は謝ることが出来たんだ」
「…………は?」
何言ってんの。
さてはボケたの?
「『は?』じゃない。俺はアイツに再び会って、謝ったんだ」
「……」
なん……て、言った?
再び会って、謝った……?
「……」
ボクは目を見張った。




