寒い日
「あの日は、ひどく寒い日でね……」
じいちゃんはそう、切り出した。
「まだ俺も若くってさ、昨年の初めにもらった嫁さんに子どもが出来たから、張り切って仕事をしとった。
当時の給料が六十円くらい。
これでもあの歳だと中々の高給とりだったんだよ?」
そう言ってじいちゃんは笑ったけど、今とお金の価値が違うのに、六十円とか言われても分からない。
「ま、当時は師匠について庭師やってたもんだから、相手と言えば金持ちしかおらん。
歩合制で、仕事にさえ行けば金になるが、行かなきゃ一文にもならん。
たまに小遣いって言ってくれた分も合わせとるから、本当はまだ安かったけどな……」
言ってじいちゃんは、ポケットからタバコを出す。
「じいちゃん……」
恨みがましく、ボクはそのタバコを見る。
「……多めにみろよ」
言ってじいちゃんは、タバコの箱の底を景気よく弾いて、タバコを一本取り出した。
「……」
じいちゃんは肺を患っているから、酒とタバコを禁止されている。
でもたまに、タバコの匂いをさせていたから、きっとどこかで吸っているとは思ったんだけど……。
まさか、ここで吸っていたとか、呆れてものが言えない。
「……」
よく見ると、結構ここには吸殻が落ちていた。じいちゃんのよく吸う銘柄だ。
……おいおい、いくら自分の敷地って言っても、解放している土地だからね? ポイ捨てダメだかんな。
ボクは呆れる。話を聞きながら、その吸殻を拾った。
そんなボクに気づいて、じいちゃんは笑った。
「お。和明、すまんな。
……今更やめても、もう遅い。……そろそろ迎えも、来るはずなんだけどな」
言って、美味そうにタバコを吹かした。
……。
じいちゃんが吸っているのを見ると、煙たくて、臭いそのタバコも美味しそうに見えるから不思議だ。
けれどボクは、吸おうとは思わない。
体の弱い紗奈が近くにいたから、じいちゃんからほんのり漂うタバコのにおいにすら、ボクは嫌悪感を抱いていたくらいだ。
どの道じいちゃんも禁止されてるんだから、それなりの自重はして欲しい。
タバコは、体の害にしかならないんだから。
「……」
だけど、嫌悪と見た目は、全く別物だ。
ふわりと登っていく煙をみていると、何故だかホッと心が落ち着いた。
ボクはぼんやりと、その煙を目で追った。
あの空に、紗奈はいるのかな……。
──「俺の嫁さんはその日、死んでしまった」
「!?」
唐突に言われて、ボクは驚く。
え? なんの話しだった? 給料の話だったよね……?!
ボクは慌てて、じいちゃんを覗き込む。
じいちゃんは、ふふふと笑った。




