夢物語
ボクが学校に行けなくなって、一日中ぼんやりしている時、じいちゃんが傍にいてくれた。
ただ単にやる事がなかっただけかも知れない。
でもじいちゃんは、みんなみたいに《お前のせいじゃない》とか、言わなかった。
会えなくて苦しくて、必死に伸ばすその手に向かって、《早く立ち直れ》とも言わない。
《生きてるなら歩け》と置いてけぼりにはせずに、ただじっと傍にいてくれて、待っててくれたんだ。
「……」
紗奈は体が弱かったから、ボクだって、いざという時のことを考えていなかったわけじゃない。
……こうやって、いなくなる日のことを何度も考えた。夢にまでも見て、夜中うなされて起きたことも何回だってある。
いつか来る、別れの時。
《いつか遠くない未来に必ず来る──!》
父さんと母さんはそう言って、お前もちゃんと覚悟しておけって言っていた。
「……」
来て欲しくはなかったけれど、必ず来るその日を思い浮かべて、ボクはいつも、堪らなくなった。
……結局ボクは、なんの用意もなく、その日を迎えてしまった。
来なければいいと、何度願ったことか。
だけど、時間は非情だった……。
それをわけの分からない、じいちゃんの好きな夢物語に押し込めようとするとか……!
「……」
ボクに睨まれて、じいちゃんは肩を竦めた。
「まあ、信じられんかもな。それは、しょうがない」
言ってじいちゃんは、ひとつだけ置かれた木のベンチに座る。
二人がけのそれは、最近作り直したもので、石橋と違ってかなり頑丈だ。
ぽんぽん……と、じいちゃんは自分の隣を叩いて、ボクに座るよう促したけど、ボクは座らなかった。
……座りたくなかった。
じいちゃんは、そんなボクを見て、小さく溜め息をついてから、話し始めた。
「和明も知っとるだろ? 俺の仕事……」
「……」
ボクは何も言わない。
けれどじいちゃんは、空を見上げて、ボクが聞いてるか聞いていないか……なんてお構いなしに話を始めた。
ボクはそっぽを向いた。
……向きながら、耳を傾ける。
《紗奈に会える》──。
そんな夢物語みたいな話……と思ってはいても、その話は魅力的だった。
その誘い文句に、ボクはまんまと引っかかっていた。
あの時実際聞いたその話は、とっても不思議な話で、ボクはじいちゃんが作り話を作ったのだと思っていた。
悲しむボクを慰めるために。
だけど違う。本当の話だ。
本当の話だった!
全てが終わった今でも、あれは本当は夢だったんじゃないかって思う自分がいる。
だけど、結論から言えば、ボクは紗奈に会えた。
ボクだけが成長し、死んだあの時と変わらない紗奈と。
風がふわりとそよぐ。
春の風は、紗奈の大好きだったシロツメ草の香りをほん少しだけ含ませた、
……そんな優しい香りだった……。




