新興宗教の勧誘
「……」
ボクが黙っていると、じいちゃんは言った。
「紗奈には、会える。お前が……信じてくれれば、……だけどな」
「……なにそれ。何かの宗教勧誘?」
ガッカリした。
じいちゃんは、そんな迷信じみた話はしないと思っていたから。
紗奈が亡くなってから、家族や親戚は、ボクをまるで腫れ物にでも触るかのように扱った。
なぜならボクが、紗奈を好きだったから。
ボク自身は、紗奈を、妹として『好き』だったって思うんだ。ちゃんとそこのところの分別は、ついてたつもりだから。
でも多分、周りから見たら、そうは見えなかったのかも知れない。
あまりに仲が良すぎたんだと思う。
よく《兄妹だから、結婚は出来ないんだぞ》って釘を刺された。
……そんなの、分かってる。常識だろ?
たいていそんなこと言うのは、親戚の清治おじちゃんだ。おじちゃんはボクを見つけると、とても嬉しそうに目を細める。
こっそりボクだけを呼んで、決まってボクを肘でつついた。《まだ、彼女は出来んのか?》って言って。
ボクは、そんなの興味なかったからいつも《いないよ》って答えてた。
だってボクには、紗奈がいるから。
体の弱い紗奈を支えるのが、兄としてのボクの努めだと思っていたから。
紗奈がいれば、友だちもいなくったって平気だ。だから、出来るだけ、たくさんの時間を紗奈と過ごした。
……紗奈が寂しくないように。
──紗奈を恋人にでもする気か?
清治おじちゃんは、冗談半分でそう言った。
清治おじちゃんは、母さんの年の離れた弟だ。ボクと十歳くらいしか違わない。
そのせいか、よくおちょくられた。
紗奈との事も、その《おちょくり》の一つだ。
最初ボクはムッとしていたけれど、後からボクは、少しだけ《それでもいいかな》って思った。べつにムキになる必要なんてない。そう思いたければ、そう思わせていればいいんだ。
第一紗奈が、嫌がっていなかった。
『またそんな事言って、お兄ちゃんいじめないで!』
って。
兄妹だから、そりゃ結婚出来ない。だけど好きだと思って面倒見るくらい、当たり前だろ? 二人しかいない兄妹なんだから。
それでそんな勘違いされたとしても、別に嫌でもなんでもない。
ボクがそれだけ、妹のことを大切にしているってことなんだろうから。
「……」
でも今、その紗奈は、もう……いない。
ボクが殺した……。
「……紗奈に、会いたい」
ボクは呟く。
「だけど、……現実を見失うほどでもない。新興宗教のお誘いは、キッパリお断りします」
キッとじいちゃんを睨む。
あまりにもひどいんじゃない? じいちゃん。
紗奈を目の前で失った傷心のボクを、優しく包み込んでくれたのは認める。それでボクは、すごく救われた。
みんなに腫れ物のように扱われ、正直ウザかった。ひとりになりたかった。
……でも、ひとりになるのも怖かった。
自分が何をしでかすか、分からなかったから……。
ぐるぐる回る視界と、痛む頭を抱えていた。
いくら空気を吸っても満たされなくて、ずっとずっと苦しかった。
何かを掴みたくて手を伸ばしても、その先には何も無い。あるのは紗奈がいないっていう《何もない世界》だけ……。
何もない虚空を掴んで、ボクは思った。
もういっそ、このまま──……!
……そう思った時に、じいちゃんが傍にいてくれた。
ただ、黙って……。
紗奈と同じ、その微笑みで。
《お前は、それでいい》って、そう言ってくれた。
認められたって思えたんだ!
「……」
紗奈が死んだのは、自分のせいだと思った。
だって紗奈は、ボクの目の前から消えたから。
消えゆくその命を、目の前にいながら、取り逃した。
ボクは後悔していた。
自分のせいで紗奈は死んだ。
取り逃がさなければ、紗奈は生きてた。
──ボクから、紗奈を奪ったのは、ボクなんだ!!
……どうしたって、許せるわけなんかないんだよ。
自分を責めて、そして恨んで、これでもかってほどに罪悪感を抱えてた。
みんなが《それはお前のせいじゃない》って言った。
じゃあ、ボクは誰を恨めばいいんだ……!!
みんなして、ホッとしたような顔してた。
いつ何が起こると知れない病人を抱えて、生活するのは、確かにきつい。
そりゃ、悲しい顔もしていたし、泣いていたよ?
でも本当は、みんなどう思ってたの?
お葬式が過ぎて、四十九日が過ぎて、みんな当たり前の生活に戻って……。ボクにはその《当たり前》が、出来なかった。
……だから思ってしまった。
紗奈が死んで、喜んでるの? って。
そうじゃないって、ちゃんと分かってる。
だけどみんな、すごく当たり前の生活が送れていて、それが出来ないでいる自分が変に思えて、どうしたらいいか、分からなかった。




