庭師と石工
じいちゃんは、庭師をしていた。
だからうちの庭も、じいちゃんが整えている。
家には庭を整えるために必要な、大きなハサミとかハシゴとか、それからわけのわからない薬剤なんかが置いてあって、小さい頃は『勝手に触るんじゃないぞ』ってよく怒られた。
仕事がなくなった今でも、その道具類は家の外の倉庫にしまってある。
だけど、今のじいちゃんには、そんな庭師の仕事をするほどの体力は、もうない。
「え? ……今、なんてった……?」
ボクは聞き返す。
聞き間違いじゃないのなら、『お前が直せ』って聞こえた。え? 何を? 橋を? このボロボロの石橋を……?
正直に言うのなら、それは無理だ。
だってそうだろ? 大人でも石橋をひとりで修理は出来ない。
でっかい石をゴロゴロと積み上げるには、それなりの体力と知識がいる。
セメントを上から塗る? それなら出来るかも知れないけれど、人が安心してその橋を渡れるほどの強度を保てるかは分からない。
……いや、無理だろ。絶対。
じいちゃんは庭師をしていたけれど、一緒に住んでるボクに、庭師の技術なんか、あるわけがない。
だから、当然だけど、じいちゃんの仕事の手伝いすら出来ない。
それは、父さんや母さんだって同じだ。
母さんは事務職で、電卓を弾いている。
ボクだって使えるよ? 電卓。
だけど、母さんの仕事を代わりにしろって言われても、出来るわけがない。知識がそもそもない。テクニックだってない。
たとえ じいちゃんが傍にいて、『こうやるんだぞ』って教えてくれたとしても、子どものボクが忠実にそれを再現するのは無理がある。いや、大人だって難しいと思う。
いやいやそれよりも、その前にじいちゃんが言った『俺が橋を造った』っていうところが、そもそもおかしい。そんなわけがない。
じいちゃんは庭師だっただけで、……石工じゃない。
「……」
ボクは眉を寄せ、じいちゃんを見る。
「ふははは……和明、なんて顔だ……!」
じいちゃんは《堪らない!》と言った様子で、膝を叩いて笑った。
……堪らないのは、ボクの方なんだけど……。
ボクはムッとする。
「子どものボクに、石橋なんて直せるわけがないだろ……!」
怒鳴りつけるように、そう言った。
だけどじいちゃんは、それを意に返さず、ボクを覗き込む。
──『紗奈に会いたくないか……?』
「!?」
その言葉に、ボクは動揺した。
なんで? なんで今、そんなことを言うの……。
なんの脈絡もないその言葉に、ボクの瞳が揺れる。
会いたく……ないわけがない。
ボクは紗奈に謝りたかった。
連れ出して、ごめんって。
怒ったりして、追い掛けたりして、ごめんなさいって……。
だけど、それは叶わない。
──紗奈は、死んでしまったから……。




