【PHASE2-2】招かれざる刺客
――料理に関しては凝り性なヒートがようやく完成に漕ぎ着き、殺風景なテーブルクロスに待ち兼ねていた料理が皿の上に乗った。
レシピは、オマール海老や海鮮をオリーブオイルとニンニクでじっくり煮込んだアヒージョ。牛肉の赤ワイン煮込み。前菜にはフレッシュなサラダに小切れのフランスパン。最近スペイン料理に凝ってるらしいヒートの豪華な食事だ。
「ハリアー、酒飲むか?」
「オイオイ昼間からか!? 賛成! 日本酒なんかある?」
「スペイン料理に日本酒かよ!」
ヒート達四人は二十歳なのでお酒は平気な歳。中でもハリアーは若さ故に酒豪という特性を持っていたのだから羨ましい。各々が飲むであろう冷えたボトルを冷蔵庫から取り出し、あとはアリスとツッチーを呼ぶだけ。
「ハリアーはツッチー呼んできて。お前いっつもアリスの入浴姿覗くから」
「それお前もだろ。分かったよ」
同居してると他人の悪癖も指摘されやすい。余計な忠告はさておいてハリアーは湖の畔で作業しているツッチーの元へ。
「ツッチー、飯だぞ〜………………!?」
対してヒートはアリスの居る風呂場へノックしながら合図したが……返事は無い。
「何だよ、出たなら出たって言えばいいのに」
となれば二階の個室か。階段を登って長い廊下を歩けば四人個々の部屋。左奥でドアのプレートに『ノックしてね♡』なんてあざとく表記してるのがアリスの部屋だ。そのリクエストにお応えしてヒートは3回ノックで合図する。
「おじょーさま! お食事でーすよー」
などと軽やかで陽気な挨拶を交わすヒート。……だが優雅な一時は湖全体に広がる叫喚により打ち砕かれる。
「「うわああああああああああああ!!!!!」」
「!!?」
その声に反応したヒート。駆け足で階段を降り、別荘から飛び出してハリアーとツッチーの元へ。
そこでは二人が黒い煙に巻かれて、まるで炎で燻された様子で果て倒れていた。
「ハリアー、ツッチー!?」
「大丈夫、だ……」
「何やねんなアイツ……」
アイツ、と聞かされてハッとしたヒート。思わず顔を上げた彼の眼前には真っ黒な服と、左眼が隠れている程の長い黒髪に緑の鋭い眼がヒートを睨みつけていた。
「……俺、客なんか呼んだ覚え無ぇけど?」
ヒートは問いかけても、黒ずくめの男はただ無表情に睨むだけ。暫くして男の方から固い口が開いた。
「―――――寄越せ」
「よこせ?? 何の事だ」
「欠片だ」
と一言二言口にした後に男はヒートの別荘へ無断で入ろうとする。そうは問屋が卸さんと彼を静止しつつの問問答。
「待て、無断侵入は御法度だぜ。その前に名を名乗って貰おうか」
すると男の動きは止まり、冷たい目線で彼の方に首を向けながら己の名を口にする。
「俺の名は、―――“ルシファー”」
「ルシファー、なる程ね、確かに堕天使みたいな面してるわ。……じゃ俺の事誰だか知ってんのかよ?」
「焔陽唯斗、別名『灼熱のヒート』。……ゲームチェイサーとかいうチームを語る偽善者だ」
淡々とヒートの素性を語るルシファーという男は再び別荘へと歩き出す。しかし最後の説明が余計だったか、偽善者呼ばわりされてカチンと来たヒートは怒鳴り返す。
「止まれ、堕天使ィィィ!!!!」
ヒートの咆哮にピタッと足取りを止めるルシファー。何処の馬の骨か知らない者への挑発は危険を伴うが、ヒートはそれを諸共せず、恍惚に震えるように不敵に笑う。
……しかしそれはルシファーとて同じ事だった。
すると彼はニヤリと静かに笑みを浮かべながら、右手を大きく広げてヒートに狙うように構えた。
「………?」
ヒートはルシファーの行動に一瞬戸惑った。それが不覚の元となった。
「「危ないッッ!!!」」
――――ゴォォォオオォォォ!!
「うわっ?! 熱ぁぁああああああ!!!!」
なんという事でしょうか!? ルシファーの右手から放たれたのは黒い炎! それがヒートの身体に着火するとその炎は黒から蒼炎に変わり、通常の火よりも高い温度がヒートを苦しめる。その炎は地底で例えるならば、悪魔を祟り祀る為に使う地獄の炎のようだ!!
(な、何だ!? この尋常じゃない熱さの炎が何故アイツに。……PASの力か? いやあり得ねぇ、PASは俺達ゲーム戦士の魂から出すスキル、ゲームじゃない限り能力は使えない筈だ)
PASとは即ち、前回ヒートがゲームの終盤で覚醒したサラマンダーの魂を発現し、凄まじい必殺技を発揮する異能力の事。しかしこれには制限があり、ゲームの時以外は発動する事が出来ない。これはヒートのみならず他のゲーム戦士も同様だ。
しかし何故ルシファーは、黒炎のようなPAS類な技をゲームじゃない時に出したのか? ヒートは炎に飲まれながらも疑問が頭に残った。
幸いにも復帰したハリアーとツッチーが、上着をバサバサ叩いて炎を鎮火させた為に大事には至らなかった。その無様な様子を見て、ルシファーは静かに嘲笑う。
「くっそぉ〜!!」
侮辱された挙げ句に燻されたヒートは上着の傍らに隠していたピストルを取り出し、ルシファーに構えた。ハリアーとツッチーも同様だ。
「殺しはしねぇよ。地底空間に住んでる俺達が自己防衛の為に用意されている麻酔銃だ。地底にいる獣やお前みたいな危険野郎を鎮静させる為にな」
WGCが二十歳以上の者に特例で所持する事を認めている麻酔銃は地底空間に居る時のみ使える。もし地上で所持したら銃刀法違反でブタ箱行きは免れない。
直様ヒート達はルシファー目掛けて麻酔銃を発泡。黒い服や胸部目掛けて撃つが、当のルシファーには効果が無い。
「防弾チョッキか? じゃウィークポイントで……!」
ハリアーが両手で構えて狙う部位は首。麻酔には一番効くと言われる場所。中距離、更にルシファーの背後に目掛けて撃つ!
―――ピシュッ、カキンッッ
「何ッ!?」
これにはハリアーも驚いた。確かに首元に当たった麻酔弾が、まるで鋼鉄の板に弾き返されたような音を立てて着弾を跳ね返した!
「嘘だろ、アイツ生身で弾を防ぎやがった!!」
「それに何発か撃ってんのに麻酔の効いてる様子もあらへん。アフリカ象でも一時間は寝る強力な奴やのに!」
最早彼らの銃では太刀打ちは不可能。じゃれ合いに付き合う隙は無いと判断したルシファーは先程とは一変して高速のスピードで別荘へと侵入した。
「あっ、テメェ待てッッ!!」
追跡するヒート達。ルシファーは真っ先に二階の部屋へと突入し、向かう先はアリスが居る部屋。そのままドアごと蹴破り入ろうとするが、
バチバチバチィィ!!
「くっ……」
ルシファーの侵入を妨げる伸び縮みするネット、高圧電流の柵で遮断した電磁フェンス。アリスは既に侵入してくる事を悟り、事前に罠を仕掛けていたのだ。
「貴方が探しているのは“栄光の太陽”の欠片なんでしょう? でも無駄よ。貴方みたいな放浪者に渡すような代物じゃないの」
ファッションコーデのポスターやら写真が壁一面に貼られたアリスの部屋に、一際輝く黄金の光。欠片はアリスの手中にあるがフェンスに妨げられ奪う事の出来ないルシファー。そして背後からヒート達が彼を追い詰める。
「さぁ、観念してさっさとここから出てけ!!」
ヒートが警告するもルシファーに全くの狼狽えは無い。それどころか逆に電磁フェンスの高圧電流を強引に破ろうとしているではないか!
「あ、あ………!!」
フェンスは破られる寸前で恐怖するアリス。そうはさせるかとヒートも阻止しようとするが、ルシファーがまたしても放つ黒炎が別荘に引火して大パニック。
「アカン!! 引火してまう!!!」
「水、水持ってこいって!!」
「バカ日本酒持ってくる奴があるか!!」
てんやわんやしている内に最悪な事態がもう一つ。フェンスがルシファーの手によって破壊された。
彼はアリスに平手打ちを繰り出すと、部屋の窓を突き破って栄光の太陽の欠片とアリスを両手一杯に強奪・誘拐した!
「助けてええええええ!!!!」
「「「アリス!!?」」」
ヒートら三人は直ぐにでもルシファーを追跡したい所だったが、別荘の小火でそれどころじゃない。何とか火を消して外に飛び出すた頃には、時すでに遅し。
「……あんな野郎、見た事ねぇぜ。本当に人間なのか――――?」
〘◇To be continued...◇〙




