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獣人達の番

召喚聖女の番は年下騎士様

作者: 白昼夢




五十嵐(イガラシ) 香織(カオリ)嬢。私の番になってください」


「……ほえ?」


跪いて私の左手を取る彼に、思わず間抜けな声が出た。

丸くて黒い頭の上の耳は、緊張しているのかピンと立っていて、同色の長い尻尾も同様だ。


黒豹の獣人である彼は私とは知った仲どころか、つい先日まで一緒に旅をしていたメンバーでも特に仲のいいメンツの一人だ。

年若いが腕の立つ騎士として旅に同行していた彼は、確か私より3つ年下だと聞いている。


なぜこのような事になったのか……。

話は3年と3ヶ月前に遡る。




………………




3年ちょっと前、私はこの国に「浄化の聖女」として召喚された。

いわゆる、異世界トリップってやつだ。しかも、召喚された時の不手際で体だけ若返った状態での召喚だった。


お陰で、身体は16歳、中身は32歳というチグハグな状態にされた挙句、この世界を旅して穢れを浄化してほしい。危険な旅にはなるだろうが、腕の良い護衛はつけるから……と言われ、キレた。

そりゃもう、盛大に。



何で異世界くんだりから婦女子を誘拐した挙句、強制労働を強いる輩の命令を聞かにゃならんのか。

全く関係のない他所の人間を巻き込むな、自分たちの世界の事ぐらい自分たちで何とかしろ。

身体を元の状態に戻して、私を元の世界に返せと怒鳴りつけた。暴れなかったのは最後の理性……と言うよりは、急な変化に身体がついていかず動けなかっただけに過ぎない。


しかし、元の世界に戻す方法も、任意の年齢に身体を変化させる方法もない。

私がやらなければ大勢の罪もない人々が死んでしまう。それどころか魔物化して、更に多くの犠牲者が出る。

この世界に来た以上、世界が滅べば貴女とて無事では済まないのだから、どうかと頭を下げられて、いや、それだってお前らが巻き込むからだろうと頭に血が上りすぎて気絶したのが運の尽き。


人が目が覚める前にあれよこれよと準備が進められ、後は出立させるだけ、の状態まで勝手に話を進められていた。

気が付いたら勝手に着替えさせられてて、馬車の中に閉じ込められていたのだからどうにもならない。



それでも、最初の頃はどうにか逃げ出そうと必死だった。

護衛の目を盗んでは脱走を企て、失敗しては連れ戻されるを繰り返し、果ては脱走する度に監視の目がキツくなってしまい、逃げ出せなくなってしまった。


ならばと浄化のやり方なんぞ知らん、とストライキしようとした。

が、どうも特別な何かをする必要は無く、そこに居るだけで浄化の効果があるとなれば、ストライキしようにも出来ず。


最終手段で思いっきり暴れ倒しては熱を出す、を繰り返して旅の行程を散々遅らせてやった。

私自身、昔から少し虚弱な所があり内臓のあちこちが弱い。日常生活に支障は無いので治療もせず放ったらかしだが、本来なら長期間に渡る馬車での旅に耐えられるほど、頑丈には出来ていないのだ。それを逆手に取ったのである。


この作戦は最初こそかなり上手くいったのだが、最終的に拘束具と見張りを付けて馬車に転がされてはどうにもならなかった。



そんな攻防戦が半年続き、ついに私は折れた。

どうせ身体が若返った挙句元に戻す方法もないとなれば、元の世界に帰ったところで仕事にも支障が出るし、生きていけない。


ならばもう無駄に足掻くより大人しくして、さっさと旅を終えてこの世界で生活していく方が建設的に思えてきたのだ。

諦めたとも言う。



で、実はこの時見張りに付けられたのが、冒頭に出てきた彼……黒豹の獣人である、ディファエル=マルシアだ。


彼はこの当時、まだ13歳で正騎士ではなく見習いだった。

本来なら聖女の行軍に参加できるような年齢でも身分でもなかったのだが、その歳で既に大人の正騎士と対等に手合わせ出来るだけの腕を持ち、かつ温厚で誠実な人柄が買われての人選だったらしい。


昨日まで体力の限り暴れては押さえつけられるを繰り返していたのが、ある日急に暴れなくなって、最初は戸惑っていた彼も、しばらく大人しくしていると暴れる気は無いと悟ったのかホッとした様だった。

……拘束具は外してくれなかったが。



その内、ポツリポツリと会話をするようになり、かなり辛く当たったにも関わらず根気良く接してくれる彼に、絆されるのにそれ程時間は掛からなかったと思う。

しばらくして拘束具が外れても、話し相手に彼を望んだ事もあって多分この世界にきてから一番近くに居てくれた人だ。


まぁ、暴れずともちょくちょく体調を崩しては熱を出していた関係上、1年の予定だった旅は3年もかかってしまったが……そこら辺は私に聖女なんかさせる方が悪い。

彼は私のことをよく見ていて、旅をして1年が経つ頃には私より私の体調に敏感になっていた事もあり、そこからは無理なく旅が出来た関係もあってまだスムーズに進めた方だと思う。


彼が居なければ、恐らくもっと期間が掛かっていたか、最悪途中で力尽きて旅を完遂させる事は出来なかっただろう。



そんなこんなで長かった浄化の旅を終えて、元の王城に帰還した。

拘束具が解かれてしばらくしてからは、ディル……ディファエルだと長いからそう呼ぶように言われた……の紹介で何人かと話すようになり、その人たちとはそこそこ打ち解ける事が出来たと思う。


しかし、王城に帰還した途端に彼らとは引き離され、見知らぬ男性に次々と会わされては後は若い二人で、的なノリで放置されては部屋に閉じ込められるを繰り返せば、元々気の長い方では無い私の堪忍袋はあっさり限界を迎えた。



早い話、世界を救った浄化の聖女をこの国に繋ぎ止める為の人柱なのだ、彼らは。

国の中枢に近い人物の子息ばかりに引き合わされれば、私にだって意図が透けて見えると言うもの。


何処の馬の骨かも分からない私を王家に入れる訳にはいかない。かと言ってお役御免とばかりに放逐しては国家の威信に関わってくる。

だからこその、彼らだ。やれ宰相の息子だの、騎士団長の息子だのと(身体年齢的には)釣り合いの取れる彼らと引き合わされたのは、彼らと私を結婚させて、私をこの国に繋ぎ止める楔にしよう、という魂胆なのだろう。


やってやれるか、と早々に逃げ出した私だったが、逃げ出したところで、広い王城内でまともに目的地に辿り着ける訳もなく。

私の不在に気付いた捜索隊の目を掻い潜りつつ彷徨っていた私は、たまたま捜索隊の一人として駆り出されていたディルを頼った。


いい加減にしてくれ。巻き込んで強制的に浄化の旅なんぞに放り出して、挙句この仕打ちはあんまりだ。と怒りも露わに助けを求めた私。

ディルは真剣な顔で私の訴えを聞いていたが、私が話し終わって少し冷静になると、自分に任せてほしいと言って一度用意された部屋に戻るよう、促された。


……迷子になっていたのは間違いないので、結局ディルに部屋まで送って貰ったのは言わずもがなである。



ディルの事は信頼している。

その彼が任せろと言ったのなら、少なくとも悪い様にはしないだろうと待機すること数日。私はディルの実家に預けられる事となった。


それからは割と自由にさせて貰えた事もあり、大人しく過ごしていた。


元々インドア派な私だ。安全な環境と暇潰しさえ与えられれば、必要がない限り部屋から出ることすらあまりしない。

え、引き篭もり?まぁ、あながち間違っても居ないかな。


最初の頃こそ心配されたものの、元々外に出るのは苦手なのだと専属に付けられた侍女さんに説明すると、あれこれ暇潰しになりそうなものを持ってきてくれた。

話し相手にもなってくれて、至れり尽せりだ。


ディルも休みの日は頻繁に様子を見に来てくれた。普段は騎士団の寮で生活している彼だが、休日には帰ってきて騎士団であったことや、王都の様子など、沢山話を聞かせてくれたのだ。

そうして、今の生活に支障は無いか、不足は無いかと気遣ってくれる。不服などあろう筈もなく気持ちだけありがたく貰うのが毎回の恒例行事になって、早3ヶ月が経とうとする頃。



この日は、珍しくディルと外出した。

前の休暇の際に、デートに誘われていたからだ。


私は自発的に外に出ることはほぼ無いが、誘われて断るほど外出が嫌いと言う訳でもない。

ましてや、お世話になっているディルの誘いだ。旅をしていた頃から気になっていた彼の誘いを断る理由もなく、二つ返事でokした。


メイドさん達に昨晩から磨かれ、朝からバタバタと支度に時間を取られたのにはゲンナリしたが……まぁ、あまり適当な格好をしてディルに恥をかかせる訳にもいかない。

周りで嬉々として支度してくれるメイドさん達の気持ちも分かる。他人を飾り立てるのって楽しいよね。なので、黙っておく事にした。



ディルと二人、街に出る。


可愛らしい小物を売っている店や、アクセサリーショップなど、女の子が好きそうな店を中心に周っていく。

聞けば、女性とデートするのはこれが初めてで、既婚者や恋人持ちに片っ端から聞いて回ったら、その人達がプランを立ててくれたらしい。なるほど、道理で男所帯の騎士団にいるディルがあんなお店を知っていた訳だ。


ちょくちょく休憩を挟みながらアチコチを見て周り、最後に連れて行ってくれたのは小高い丘の上にある小さな花畑だった。

近くに植物園があったので、恐らく休憩スペースとして設けられたのであろうそこには、白い花が沢山咲いていて、清廉で美しいところだった。


「わぁ……凄い。綺麗だね」


「気に入って貰えて良かったよ。ここは、俺のお気に入りの場所なんだ」


「そうなんだ。連れてきてくれてありがとう」


安心したように微笑むディルに、私も笑顔を返す。


不意に、ディルが緊張したような面持ちで私を見つめてきた。

なんだろう、と私もじっと見つめて小首を傾げると、ディルは跪いて私の左手を取る。


「ふぇ?!」


驚きのあまり、変な声が出た。

私が仰々しいのが苦手なのを知っている彼は、何かの折にエスコートする時も出来るだけ私が気後れしないように気を遣ってくれるのに……。どうしたんだろう、いきなり。



……そして、話は冒頭に戻る。




………………




「五十嵐 香織嬢。私の番になってください」


「……ほえ?」


跪いて私の左手を取る彼に、思わず間抜けな声が出た。

丸くて黒い頭の上の耳は、緊張しているのかピンと立っていて、同色の長い尻尾も同様だ。


えと、つがいって、番……だよね?

獣人のお嫁さん……だっけ?


「え、いや、待って……番って、あれだよね?え、勘違いじゃなかったら、もしかして私、求婚されてる?」


「はい」


「え、いやいやいや。お付き合いとかすっ飛ばしていきなり結婚かいとか、何でいきなりとか、色々ツッコみたいところは山ほどあるけど取り敢えず今は頭回んないからちょっと待って」


「……分かりました」


じぃっと私を真っ直ぐ見つめながら、待ってくれるディル。

とても誠実で、優しい人だ。だからこそ、何で私?と思う。


ディルはこれでも、侯爵家の跡取り息子だ。

あと数年したら騎士団を辞めて侯爵家に戻り、家督を継ぐらしい。見た目も普通にカッコいいし、女性にも紳士的でいわゆる優良物件と言って差し支えない。


そんな人が、私に求婚?

いやいや、女日照りの騎士団でたまたま近くにいた女性が私だけだったから、それを恋と勘違いしてるとか?


お付き合いすっ飛ばしていきなり求婚してきたのは、お貴族様にとってお付き合いというのはいわゆる遊びの関係とされるからだと思う。

相手と関係を持ちたいなら、婚約するのが一般的で大抵そのまま結婚するからだ。


それにしたって、いきなりそんな事言われても。

第一、私は身分的には平民だ。貴族であるディルとは釣り合わないし、歳も離れすぎている。


身体年齢としては3つ年上、というだけだからまだしも、精神年齢で言えば19歳も年上。この世界の基準で言えば、親子程の歳の差がある。

ディルの事は好ましく想ってるけど……、だからこそ、幸せになって欲しい。そもそも、19歳と言えば大体16歳で結婚するこの国の貴族の間では、行き遅れに片足を突っ込んでいる年だ。ディルのような素敵な人ならもっと若くて可愛い子がよりどりみどりだろうに……。


「何で私?」


思わず、疑問が口をついて出た。


「香織さんが好きだからです」


「いや、そうじゃなくてね?てか、ディルは侯爵家の跡取りでしょ?平民と結婚とか色々大丈夫なの?」


「香織さんは救世の聖女です。最近侯爵に上がったばかりのマルシア家では、家格が釣り合わないのは分かっています。貴女は望めば、王子殿下の婚約者にだってなれる人だ。それでも俺は、貴女が良い」


「えーっと?つまり血統云々って言うよりは、肩書きが大事的な感じ?まぁ、ディルには散々お世話になってるし、役に立てるなら別に構わないけど……」


「違います!俺は、香織さんが好きです。あ、愛してます。貴女と一緒にいられるなら、俺は何だってしてみせる。だから、俺の番になって下さい」


うーん、話が噛み合って無い気がしてきたぞ?


「いきなり好きって言われても……。ディルを疑う訳じゃないけど、いまいちピンと来ないって言うか」


「なら、どうしたら信じてもらえますか?」


「言われてもなぁ……。うーん、具体的には?何がキッカケだったの?」


「香織さんは優しい人です。旅をしている時だって、暴れはするものの誰かを傷付けるような事は絶対しませんでした。それに、いきなり理不尽な目に遭わされても自力で抵抗しようとする強い人です。表情がコロコロ変わるところも可愛いと思います。あと、好きな事をしている時のキラキラした目が好きです。凄く可愛くて綺麗で、いつまででも見ていたくなります。それから……」


「ストップ!もう良い!分かったから!」


真顔でなんつー事を言うのか、この人は!

顔が熱い。絶対今顔が真っ赤だ。


「……照れてるんですか?可愛い」


「だからもう良いってば!」


てか嬉しそうだな!こっちは恥ずかしいやら居た堪れないやらで心臓バックバクだって言うのに!

あと、なんか色気が凄いんですが!さっきまでそんな事無かったのに急にどうした?!何があったの?!


てか色気をしまってください、頼むから!

こっちの心臓が持たん!


「香織さんは?俺の事、どう思ってますか?」


「う……。そりゃ、好ましくは思ってるけど……。でも、ダメだよ。こんな行き遅れに片足突っ込んだ平民のじゃじゃ馬なんかより、ディルならもっと良い人が見つかるはず。私はディルに幸せになって欲しい。だから、この話は受けられない」


しっかり目を見て、言い切った。

だって、本心だから。ディルはまだ若いし、今失恋したとしても、いつかはそんな事もあったねなんて笑い話に出来るはず。


でも、ディルはスッと目を細めて、言った。

不穏な空気が周囲を包む。


「……でも、好ましくは思ってくれてるんですよね?」


「そりゃそうだよ。こんな性格良し、見た目よし、甲斐性良しの男の人に優しくされちゃ、大抵の女の子は嫌がらないと思いますよ。私は」


「なら、それで良いじゃないですか。他なんか要らない。俺は、香織だけが欲しい」


「今は若いからそんな事も言えるけど、時が経って周りが見えてくると、そうも言ってられなくなるよ?その時になって捨てられるのはゴメンだし、後悔されるのはもっと嫌」


「……香織さんは、黒豹の獣人の事あんまりよく分かってないんですね」


「どう言う事?」


急に話を逸らされて、ちょっとムッとする。

ディルはますます不穏な空気を纏っているけど、全力でスルーさせてもらおうとして……獲物をいたぶる肉食獣の目に見つめられ、息が詰まった。


ペロリとディルが舌舐めずりする。


「そのままの意味ですよ。黒豹は、番を何より愛し、尊重する。狼、熊と並んで番を最も溺愛する種としても有名なんです。そして……一度番を定めたら、二度と逃がさない事も」


「……は?」


え。ちょっと待って。

何か、嫌な予感が……。




「覚悟して下さい。貴女が俺を嫌いでないのなら、俺は貴女を諦めない。絶対に逃しません。必ず俺を番と認めさせますから」




……結局、それから半年間の攻防の末、私はディルの番となる事を受け入れた。

そもそも好意的に想っている人に会う度愛を囁かれ、これでもかと言う程に甘やかされては、堕ちるなと言う方が土台無理な話だったのだ。むしろ半年もよく持ったよ、私。


しかし、ディルの甘やかしは番になってから更に加速し、男性に好意を示される事に慣れてない私は度々逃げ出しては捕まる事を、この時の私は知るよしもなかったのである。







お読み頂きありがとうございました。

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