註一、丁原
三国志、裴註の「英雄記」です。
英雄記は、
当時を代表する文学者である
「建安七子」のうちの一人、
王粲が著したモノです。
呂布伝の注釈は大体がこの
「英雄記」からの引用になってます。
註1.
英雄記曰:原子建陽。本出自寒家,為人麤略,有武勇,善騎射。為南縣吏,受使不辭難,有警急,追寇虜,輙在其前。裁知書,少有吏用。
(訳)
英雄記にいう、
丁原はあざなを建陽といい
もともとの出自は寒門で
人柄は粗野なれど、武勇を有しており
騎射(馬上で弓を射る)を得意とした。
南県の吏となり
使命を受けると困難を辞さず、
緊急時には侵略者を追跡し
捕える際はいつも先頭にいた。
書をわずかしか知らず
官吏としてあまり有能ではなかった。
(註釈)
并州のあたりは
中国って言うよりモンゴルです。
呂布の出身の五原郡も
当時の中国のほぼ最北に位置します。
騎馬系異民族が多くて、
(三国時代が終わると侵略して来る)
呂布や丁原のような
弓馬に長けた人が盛りだくさんでした。
英雄記で
「役人としては微妙」とか
「識字能力が低い」「エリートでない」
など、こんな風に書かれているので
ゲームの三国志だと
丁原はかなり脳筋な能力値になっています。




