五、法正の報復
5.
以正為蜀郡太守、揚武將軍,外統都畿,內為謀主。一飡之德,睚眦之怨,無不報復,擅殺毀傷己者數人。或謂諸葛亮曰:「法正於蜀郡太縱橫,將軍宜啟主公,抑其威福。」亮荅曰:「主公之在公安也,北畏曹公之彊,東憚孫權之逼,近則懼孫夫人生變於肘腋之下;當斯之時,進退狼跋,法孝直為之輔翼,令翻然翱翔,不可復制,如何禁止法正使不得行其意邪!」初,孫權以妹妻先主,妹才捷剛猛,有諸兄之風,侍婢百餘人,皆親執刀侍立,先主每入,衷心常凜凜;亮又知先主雅愛信正,故言如此。
(訳)
法正を蜀郡太守、揚武将軍に任命し
外は成都の畿内を統べさせ
内は謀の主宰となった。
一飯の恩や、少し睨まれた程度の恨みにも
報復しない事はなく、
自身を誹謗中傷した者数名を
欲しいままに殺害した。
或る者が諸葛亮に述べて曰く
「法正は蜀郡において甚だ縦横で、
将軍(諸葛亮)は主公に申し上げ
彼の威福(刑罰・恩賞)の権限を
抑えるべきです」
諸葛亮は答えた。
「我が君が公安にあった折、
北は曹公の強勢を畏れ
東は孫権の圧迫に憚り
近くは孫夫人が、身近な処で
変事を起こすのではないかと
恐懼しておられた。
このように進退窮まった時、
法孝直(法正)は主を輔翼して
翻然と羽ばたかせ
二度と他者の掣肘を受けずに
済むようにしてくれたのだ。
どうして法正の意のままに
振舞うことを禁止できようか」
当初、孫権は妹を先主に妻合わせたが
妹は才覚と剛勇を備え
諸兄の面影があった。
侍女の百余名はみな
自らの刀を執りて侍立しており
先主は奥御殿に入るたびに
内心では常に恐怖で震え上がっていた。
諸葛亮はまた、先主が常々
法正を信愛している事を知っており
このように言ったのである。
(註釈)
『睚眦之怨』は史記の范雎伝にあるそうな。
睚眦は軍旗なり
剣の意匠なんかに使われてる
伝説上の生物で、
字義的にはどっちも「にらむ」だとか。
転じて「わずか」
ちょっと睨まれた程度の恨み
という意味になります。
(wikipediaの情報を偉そうに語る奴)
法正のキズはここの描写です。
執念深くて、昔のちょっとした恨みとかに
復讐したり、人を殺したりするんです。
逆に僅かな恩でも、受ければ
報いようとするっていう
ニュアンスですが……
「貸し借りはプラマイゼロ」
みたいな理念を持ってそうな人です。
劉璋は俺を使ってくれなかったから
別に義理立てする必要もなし、
って考え方なんでしょうかね。
また、諸葛亮と法正は性向が違えど
お互いに認め合っていたようで、
諸葛亮は、法正が好き勝手に
振舞っているのを知っていても、
入蜀の功労者として、その功績は多大であり
劉備が彼を深く信任している事も察して
罷免できないところもありました。
諸葛亮のセリフで
「法正は主君を輔翼して羽ばたかせ……」
って部分がありますが、
これは法正の諡号の「翼」侯から遡って
陳寿が諸葛亮に言わせてる感じがします。
孫夫人は
趙雲別伝にも出てきましたが
やはり劉備の内憂として
紹介されています。
侍女100人がみんな武器持ってるとか
劉備じゃなくてもビビります。
蒼天航路の孫夫人は
「燁夏」という名前で
劉備のことを「玄ちゃん」と呼びます。
趙雲別伝における
劉禅を呉に連れて行こうとして
趙雲・張飛に阻まれる描写は
「正史本文にはない」として
ばっさりとカットされてます。
孫策ら兄の面影がある剛勇ぶり、
ということで、ゲームの三國志では
武力が80を超えております。




