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淡々三国志  作者: ンバ
蜀書第六、関羽伝
7/603

二、顔良秒殺

2.

建安五年、曹公東征、先主奔袁紹。曹公禽羽以歸、拜為偏將軍、禮之甚厚。紹遣大將顏良攻東郡太守劉延於白馬、曹公使張遼及羽為先鋒撃之。羽望見良麾蓋、策馬刺良於萬衆之中、斬其首還、紹諸將莫能當者、遂解白馬圍。曹公即表封羽為漢壽亭侯。


(訳)

建安五年(200年)

曹公は東征し、先主は

袁紹(えんしょう)を頼って落ち延びた。


曹公は関羽を捕えて帰ると

偏将軍に任命し、甚だ厚く礼遇した。


袁紹が大将の顔良がんりょうを派遣し

白馬にて東郡とうぐん太守の劉延りゅうえんを攻めさせると

曹公は張遼ちょうりょうと関羽を先鋒として迎撃させた。


関羽は顔良の旗と車蓋を望見すると

馬に鞭を入れて万人の中で顔良を刺し

その首を斬って帰って来た。


袁紹の諸将の中で相対できる者は無く

かくて白馬の包囲は解かれた。


曹公はただちにこの事を上表して

関羽を漢寿亭侯かんじゅていこうに封じた。



(註釈)

200年頃。

諸勢力を平らげた曹操は

河北の袁紹えんしょうと対峙していました。


曹操の捕虜となった関羽は

手厚くもてなされ、白馬の戦いで

大軍の中、敵将の顔良を

直接討ち取って帰ってくるという

剛勇ぶりを見せつけます。


一説によると、顔良は劉備から

関羽の事を聞いていたため

「お前の旧主はうちの陣営にいるぞー」

と、声をかけようとしてぶった斬られたとか。


三国志演義では

曹操が関羽の武勇を褒め称えると

「弟の張飛はもっと強いですよ」

と返しています。


関羽と張飛は「万人之敵」と称され

(※一人で一万人を相手にできる)

この時代を代表する驍将という評価を

当代人からも後世からも得ています。


一緒に出て来た張遼ちょうりょう

もと呂布の配下で

「泣く子も黙る」の語源の人です。


演義の19回で、呂布が曹操に捕まって

命乞いをしてる時に

「呂布、見苦しいぞ、

死ぬときは潔く死ね!」と

大喝してるのが張遼です。


曹操にしてみれば

まだ帰順して間もない

関羽と張遼を試しに使ってみた

という感じもしますが、

二人とも異様に強かったので

ビックリしたのではないでしょうか。

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