表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
淡々三国志  作者: ンバ
蜀書第十、魏延伝
65/603

二、蜀軍のエース

劉備が死んで劉禅の代となり

年号が変わって建興年間です。


2.

建興元年、封都亭侯。五年、諸葛亮駐漢中、更以延為督前部、領丞相司馬・涼州刺史、八年、使延西入羌中、魏後將軍費瑤・雍州刺史郭淮與延戰于陽谿、延大破淮等、遷為前軍師征西大將軍、假節、進封南鄭侯。


(訳)

建興けんこう元年(223年)

魏延は都亭侯とていこうに封じられた。


建興五年(227年)

諸葛亮しょかつりょうが漢中に進駐すると

改めて魏延を督前部とくぜんぶ

丞相じょうしょう司馬しば涼州りょうしゅう刺史ししとした。


建興八年(230年)

魏延を西方のきょうへ遣わせた。

魏の後将軍の費瑤ひよう雍州ようしゅう刺史の郭淮かくわいと、

魏延は陽谿ようけいで戦い、これを大破したため

昇進して前軍師・征西せいせい大将軍・仮節かせつとなり

南鄭侯なんていこうに封じられた。


(注釈)


223年に劉備が亡くなり

劉禅の代になってからも

魏延は昇進を重ねていきます。


まずこうに封じられ、

諸葛亮が北伐ほくばつを開始すると

魏延は軍のNo.2に収まっています。


涼州りょうしゅう刺史といっても

蜀軍が涼州で実質的に支配できていたのは

三次北伐で平定した武都郡だけに過ぎず

形式的なものだと思われます。


とはいえ魏延は難敵、郭淮かくわい

ぶつかってもそうは負けません。

大将軍への昇進も納得、

魏延は当代最強の将軍の一人です。

(色眼鏡じゃなくて

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ