七、陳寿評
7.
評曰:太祖建茲武功,而時之良將,五子爲先。于禁最號毅重,然弗克其終。張郃以巧變爲稱,樂進以驍果顯名,而鑑其行事,未副所聞。或注記有遺漏,未如張遼、徐晃之備詳也。
(訳)
評にいう、太祖は茲に武功を建てたが
当時の良将として
五子(張遼、楽進、于禁、張郃、徐晃)が
先魁であった。
于禁は最も剛毅、沈着と号されたが
その終わりを克くしなかった。
張郃は応変に巧みな事で称賛され
楽進は驍勇果断で名を顕らかとしたが
その行事を鑑みるに
聞こえし所(評判)に副うものではない。
或いは、注記に遺漏があって
張遼や徐晃の詳細さに如かぬのであろう。
(註釈)
楽進や張郃の記述が少ないのは
遺漏が有ったのではないかとの事。
コーエー三国志だと
楽進(記述不足)と
于禁(晩節を汚した)は
ちょっと見劣りする能力になってしまっている。
張遼は唐代の「武廟六十四将」にも
選出されている。
三国時代でほかに選ばれてるのは
鄧艾、関羽、張飛、周瑜、
呂蒙、陸遜、陸抗の7人。
この巻に登場した人たちのまとめ↓
武 知 政 人 合計
張遼 9/6/5/5 25
楽進 8/6/5/6 25
于禁 8/6/6/4 24
張郃 8/7/6/5 26
徐晃 8/6/5/6 25
さすがに魏のトップ武将という
だけのことはあり
みんな戦闘バカ高い。
朱霊も彼らに次ぐものを
持っているのだと思われ。
今回の更新は以上です。
ここまでご高覧ありがとうございました。
また書き溜めができたらふらっと現れます。




