註四、全身肝っ玉野郎
趙雲別伝④。
一身これ全て胆、空城計の出典はここです。
横山三国志でいうと39巻あたりです。
註4.
夏侯淵敗,曹公爭漢中地,運米北山下,數千萬囊。黃忠以為可取,雲兵隨忠取米。忠過期不還,雲將數十騎輕行出圍,迎視忠等。値曹公揚兵大出,雲為公前鋒所擊,方戰,其大衆至,勢逼,遂前突其陣,且鬬且却。公軍散,已復合,雲陷敵,還趣圍。將張著被創,雲復馳馬還營迎著。公軍追至圍,此時沔陽長張翼在雲圍內,翼欲閉門拒守,而雲入營,更大開門,偃旗息鼓。公軍疑雲有伏兵,引去。雲雷鼓震天,惟以戎弩於後射公軍,公軍驚駭,自相蹂踐,墮漢水中死者甚多。先主明旦自來至雲營圍視昨戰處,曰:「子龍一身都是膽也。」作樂飲宴至暝,軍中號雲為虎威將軍。
(訳)
夏侯淵が敗れると、曹公は漢中の地を争って
北山の麓に数千万嚢の米を輸送した。
黄忠はこれを奪い取ろうとし、
趙雲の兵が黄忠の兵糧の奪取に随行した。
黄忠が期限を過ぎても戻らなかったため
趙雲は数十の軽騎を率いて出陣し
黄忠らを迎えるために視察に向かった。
ちょうど曹公が兵を挙げて
大いに出撃したところに遭遇した。
趙雲は曹軍の先鋒から攻撃され
応戦している最中にその大軍が至り
敵の勢いに追い詰められてしまったが
かくて敵陣に向かって突き進み
戦いながら退却した。
曹公の軍は散開したものの
すぐにまた集合した。
趙雲は敵を破って自陣に引き返した。
将軍の張著が傷を受けたため
趙雲はまたも馬を馳せて
敵陣に立ち戻り、張著を迎えた。
曹公の軍勢が追撃し陣に至った。
この時沔陽の長の張翼は
趙雲の陣営におり、
張翼は門を閉ざして固守しようとしたが
趙雲は陣に入ると再び門を大きく開けさせ
旗を伏せさせ、太鼓を休ませた。
曹公の軍は趙雲に伏兵が
あるのではないかと疑い、引き去った。
趙雲は太鼓を轟かせて天を震わせ
ひたすら戎弩を曹軍の後方から
射かけたため、曹軍は非常に驚き
自ら互いに踏みつけあったり、
漢水の中に落ちて死ぬ者が甚だ多かった。
先主は翌朝、自ら趙雲の陣営へやって来て
昨日の戦場を視察して言った。
「子龍は一身これ全てが胆なり」
音楽を奏でて酒を飲み
宴を催すことは日没まで至り、
軍中では趙雲を虎威将軍と為した。
(註釈)
おじいちゃーーーーん!!!!
黄忠は犠牲になったのだ……
趙雲の活躍のための犠牲の犠牲にな……
軽装の数十騎で曹操の大軍を押し返すって
張遼も項羽も光武帝もびっくりです。
これだけの大戦果をあげて
劉備が漢中王になった時に
趙雲が昇進・進封された気配ないのは
さすがにおかしいので、
これは別伝の著者が
話を盛ってるとしか思えません。
「子龍一身都是膽也。」は
超かっこいいですけれども。
城を空っぽに見せて
さも伏兵がいるかのように
見せかける「空城計」は
演義で諸葛亮も用いており
見事司馬懿を撤退させています。




