表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
淡々三国志  作者: ンバ
蜀書第六、趙雲伝
58/603

註三、霍去病に倣わん

註3.

雲別傳曰:益州旣定,時議欲以成都中屋舍及城外園地桑田分賜諸將。雲駮之曰:「霍去病以匈奴未滅,無用家為,令國賊非但匈奴,未可求安也。須天下都定,各反桑梓,歸耕本土,乃其宜耳。益州人民,初罹兵革,田宅皆可歸還,今安居復業,然後可役調,得其歡心。」先主即從之。


(訳)

趙雲別伝にいう。

益州が平定されると、成都の中の屋舎及び

城外の園地や桑田を分割して

諸将に賜ろうと議された。


趙雲が反駁はんばくして言った。


霍去病かくきょへい匈奴きょうどをいまだ

滅ぼしていないという理由で

家宅を用いませんでした。

国賊は匈奴とは比べ物にならず

いまだ安定を求めるべきではありません。


天下が全て平定されたのちに

各々故郷へ戻り、郷里にて

耕作をするのが宜しいでしょう。


益州の人民は兵難に遭ったばかりで

田園は全て彼らに還してやるべきです。

今は住居に落ち着かせ、復業させて

然るのちに賦役や徴税を行えば

彼らの歓心を得られるでありましょう」


先主はただちにその言葉に従った。


(註釈)

桑梓そうし=ふるさと、って意味なんすね。


諸葛亮伝で、

「成都には桑800株と

畑15頃がありまして……」

と彼が話している記述があります。



霍去病かくきょへいは前漢の名将で

匈奴の討伐に功があった人です。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ