五・六、みたび推挙
5.
正始二年,太僕陶丘一、永寧衞尉孟觀、侍中孫邕、中書侍郎王基薦寧曰:臣聞龍鳳隱耀,應德而臻,明哲潛遁,俟時而動。是以鸞鷟鳴岐,周道隆興,四皓為佐,漢帝用康。伏見太中大夫管寧,應二儀之中和,總九德之純懿,含章素質,冰絜淵清,玄虛澹泊,與道逍遙;娛心黃老,游志六藝,升堂入室,究其閫奧,韜古今於胷懷,包道德之機要。中平之際,黃巾陸梁,華夏傾蕩,王綱弛頓。遂避時難,乘桴越海,羈旅遼東三十餘年。在乾之姤,匿景藏光,嘉遁養浩,韜韞儒墨,潛化傍流,暢於殊俗。
(訳)
正始二年(241)、
太僕の陶丘一、永寧の衛尉孟観、
侍中の孫邕、中書侍郎の王基らが
管寧を推薦して言った。
「臣は、龍鳳は耀きを隠して徳に応じて臻り、
明哲は隠遁し時を俟って動くと聞いております。
この事から
鸞鷟が岐にて鳴くと周の道は興隆し
四皓が補佐となると
漢帝は安定をえました。
伏して太中大夫の管寧を見ますに
二儀の中和に応じ
九徳の純懿(純粋、美しさ)を総括して
章を素朴な質に内含し
冰のように潔く、淵のように清らかで
玄妙で虚ろ、澹泊でございまして
道とともに逍遥としています。
黄老に心を娯しませ、六芸に志を遊ばせ
※堂に升って室へと入り
(※黄老や六芸を完成させた、的な意味合いか)
その閫の奥を究め、
胷懐(むねの中)に古今を韜み、
道徳の枢機を包括しています。
中平(中平年間)の際に黄巾が陸梁(跳梁)し、
華夏は傾倒して王の綱紀は弛み、
頓いてしまいました。
遂には当時の難を避け
桴に乗って海を越え、遼東に
羈旅する事が三十年余りとなりました。
乾(の卦)に在って姤(の卦)に之き
景光を蔵匿し、
隠遁を嘉して浩きを養い
儒家、墨家を韜韞(包み隠す)し
ひそかに傍流を教化して
ことなる風俗に於いても
通暢しております」
6.
黃初四年,高祖文皇帝疇咨羣公,思求儁乂,故司徒華歆舉寧應選,公車特徵,振翼遐裔,翻然來翔。行遇屯厄,遭罹疾病,即拜太中大夫。烈祖明皇帝嘉美其德,登為光祿勳。寧疾彌留,未能進道。今寧舊疾已瘳,行年八十,志無衰倦。環堵篳門,偃息窮巷,飯鬻餬口,并日而食,吟詠詩書,不改其樂。困而能通,遭難必濟,經危蹈險,不易其節,金聲玉色,乆而彌彰。揆其終始,殆天所祚,當贊大魏,輔亮雍熙。袞職有闕,羣下屬望。昔高宗刻象,營求賢哲,周文啟龜,以卜良佐。況寧前朝所表,名德已著,而乆栖遲,未時引致,非所以奉遵明訓,繼成前志也。陛下踐阼,纂承洪緒。聖敬日躋,超越周成。每發德音,動諮師傅。若繼二祖招賢故典,賔禮儁邁,以廣緝熙,濟濟之化,侔於前代。
(訳)
「黄初四年(223)に
高祖文皇帝(曹丕)は
群公に疇咨(登用の諮問)して
儁乂(俊傑)の求募をお考えになり、
かつての司徒であった華歆が
管寧を挙げて選用に応じました。
公車により特別に徵しますと
遐裔(辺境)に翼を振るって
翻然と翔け来たりました。
行旅は屯厄に遇い
疾病の罹患に遭いまして
即座に太中大夫に拝されました。
烈祖明皇帝(曹叡)は
その徳を賛美され、
登用なさり光禄勲としました。
管寧の病疾はますます留まり
道を進む事ができなくなりました。
今、管寧の旧病は已に瘳え
行く年は八十でございますが
志が衰え、倦む事はございませぬ。
環堵(小さな家)、篳門(小さな門)で
窮巷(スラム)にて偃息(休息)し、
鬻を飲んで口を糊し、
※日を併せて食しており、
(※食事が一日一回というわけではない)
詩書を吟詠して
その楽しみを改めませぬ。
困苦しても能く通り
難に遭っても必ず成し遂げ、
危うきを経て険しきを踏み
その節を易えず、
金声、玉色は久しくして
ますます彰らかとなっております。
その終始を揆るに、殆ど
天の祚いとする(祝福される)所でございまして
大魏の翼賛として雍熙(明るい社会)の
補佐とすべきでございます。
袞職(大臣)に欠缺がございますれば
群下が(管寧を就任させる事を)嘱望いたします。
昔、(殷の)高宗は象を刻んで
賢哲の求募を営み、
周の文王は亀甲の啓示によって
良き補佐を卜いました。
況してや管寧は
先の王朝にて表れる所で
名徳は已に顕著でありながら
久しく栖遅(隠遁)しており
適時に引致する事ができておりません、
明哲なる訓戒を遵奉し
先人の志を継ぎ、成し遂げる事に
ならないでしょう。
陛下は践祚され、洪緒を継承されて
聖なるご敬虔は日ごとに躋られ
周の成王を超越しておいでで、
毎に徳音を発され
つねづね師傅にご諮問なさいます。
もし二祖(高祖曹丕、烈祖曹叡)が
賢者をお招きになった
もとよりの典礼を継がれ、
賓客の礼、儁乂の待遇を以って
緝熙(光輝)を広げますれば、
済々たる教化は先代にならびましょう」
(註釈)
曹操が亡くなり、曹丕が亡くなり
曹叡が亡くなり、曹芳の代になっても
管寧はまだ生きており、また推挙された。
時期的に、孫権が攻めてきた頃かな。
既に見てきた管寧の経緯を
小難しい語彙で振り返るってだけなので
そんな真面目に読む価値はないかも。




