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淡々三国志  作者: ンバ
蜀書第六、関羽伝
5/603

註一、髭殿だって妻が欲しい!

続いて裴松之(はいしょうし)の註釈で、

「蜀記」の記事です。


陳寿の「三国志」って

内容がめちゃくちゃ簡潔なんですが

後世の歴史家の裴松之が

こうやって他の文献から引用して

補完してくれているゆえ

読み物として、ぐっと

面白くなっているのです。


逆に、註釈に書いてあることを

全て鵜呑みにしてしまうのも危険ですが。

註1.

蜀記曰:曹公與劉備圍呂布於下邳,關羽啓公,布使秦宜祿行求救,乞娶其妻,公許之。臨破,又屢啓於公。公疑其有異色,先遣迎看,因自留之,羽心不自安。此與魏氏春秋所說無異也。

(訳)

蜀記しょくきにいう。

曹公(曹操)が劉備とともに

呂布りょふ下邳かひに包囲した時

関羽は曹公に申し出た。


「呂布は秦宜祿しんぎろくを使者として

救援の要請に行かせました。

私にその妻をめとらせていただきたい」


曹公はこれを許可した。


呂布が破られると、

関羽はまた繰り返し曹公に申し入れた。

曹公はさぞかし彼女が美人だろうと思い

先に使者を遣って迎え入れ面会すると

そのまま自分の元に置いた。


関羽の心は落ち着かなかった。


この話は「魏氏春秋ぎししゅんじゅう」の説と矛盾しない。


(註釈)

呂布りょふの滅亡は198年頃です。


劉備から本拠地の下邳かひを奪いますが

曹操軍に追い詰められ、

淮水わいすいの南に割拠する

袁術えんじゅつのもとへ秦宜祿しんぎろくを派遣し

呂布は救援を要請しました。


関羽は、呂布を滅したら

この秦宜祿の妻の杜氏としを娶りたいと

曹操に願い出たのです。


関羽が再三に渡って

「杜氏を娶らせてください」

「マジで娶らせてください」

「ちゃんと約束守ってくださいね」

と念を押してくるため、

人妻マニアの曹操は興味を抱き

結局横取りしてしまいました。


何回も言わなきゃよかったのに、

杜氏はそんなに美人だったのでしょうか。


三国志集解では関羽が

「私の妻は子を産まないのです」

と言っています。

取ってつけた言い訳です。


「魏氏春秋」と矛盾していない

逸話ということは信憑性が高そうですが

三国志演義では、関公が

「人妻を娶らせろー!」と言うのは

イメージにそぐわないと判断されたのか

この場面はカットされています。


妻を曹操に奪われた秦宜祿は

その後張飛に

「妻を奪った奴の下に付いてて

恥ずかしいと思わんのか!」

と喝を入れられて寝返りますが

また曹操の下へ戻ろうとしたため

結局張飛に殺されてしまいました。


杜氏の方はその後

曹操の寵愛を受けて

3人の子を儲けたといいます。

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