表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
淡々三国志  作者: ンバ
魏書第十、荀攸伝
314/603

八、継嗣その後

8.

長子緝,有攸風,早沒。次子適嗣,無子,絶。黃初中,紹封攸孫彪爲陵樹亭侯,邑三百戸,後轉封丘陽亭侯。正始中,追諡攸曰敬侯。


(訳)


長子の荀緝じゅんしゅうには

荀攸の風采(面影)が有ったが

早くに没してしまった。


次子の荀適じゅんてきが嗣いたが、

子は無く、家系は断絶した。


黄初こうしょ年間中(220〜226)に

荀攸の孫の荀彪じゅんひょうが封爵を紹いで

陵樹亭侯となり、食邑は三百戸だった。


後に丘陽きゅうよう亭侯に転封された。


正始せいし年間中(240〜249)に

荀攸に敬侯の位が追謚された。



(註釈)

荀彧の系譜は活躍しましたが

荀攸の系譜は……。


これにて荀攸伝を終わります。


最後に、ワシの個人的な荀攸評です。




・戦闘 ★★★★★★★ 7


曹操に随行して各地を転戦。

前線で計策を練り続け、

董卓を刺し殺そうと考えていたり

文醜を討ち取ったように

書かれているなど、

荀彧と比べるとかなり実戦型です。



・戦略 ★★★★★★★★★ 9


張繍への対応、呂布への水攻め、

文醜への陽動作戦、

烏巣の戦における真贋の見極め、

袁譚・袁尚…………と

中原平定では数々の計略を打ち出してます。


この時代の最強軍師の一角として

間違いなく候補に挙がるでしょう。


赤壁・潼関あたりでは荀彧同様

出番が激減してしまっていますが、

荀攸は魏公就任に関しては

どういうスタンスだったのか不透明です。



・内政 ★★★★★★★ 7


曹操の幕下に参入する際に

汝南太守には任命されてますが

治績をあげた描写が

イメージほどにはありませんでした。


法正が★8なので、

1つ下の★7とします。



・人格 ★★★★★★★★ 8


「愚図に見えるが知恵者、

臆病に見えて勇敢、

ひ弱に見えて強か、

彼の智には及べても

その愚に及ぶことはできまい」


名文句です。


実際董卓に捕まっても

まるで意に介していない

剛胆ぶりに、その片鱗が

現れているような気がします。


司馬懿ほどじゃなくても

計算して君子を演じているような

そんな匂いを僅かに感じましたが、

それを踏まえてなお、

人格者と見なすことが出来ます。



曹操の覇道を支える外柔内剛、

失策0の敏腕軍師、荀攸伝でした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ