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淡々三国志  作者: ンバ
呉書第九、周瑜伝
227/603

一、廬江の周瑜

1.

周瑜字公瑾,廬江舒人也。從祖父景,景子忠,皆為漢太尉。父異,洛陽令。


(訳)

周瑜しゅうゆはあざなを公瑾こうきんといい、

廬江ろこう郡のじょの人である。


従祖父の周景しゅうけい、周景の子の周忠しゅうちゅう

いずれも漢の太尉たいいに任じられた。

父の周異しゅうい洛陽らくようの令であった。


(註釈)

周瑜の家は二代に渡って

三公を輩出している

超エリートの家系です。


周瑜もまた、若くして

英邁闊達の気風あり。



孫策そんさくの父、孫堅そんけん

黄巾族の討伐に赴くのに従って

家族を寿春じゅしゅんに移した際、

周瑜は孫策の評判を聞いて

彼を訪ねたとされます。


二人はたちまちに仲良くなり、

金属を断ち切るほどの

厚い友情を結んで、

孫策は周瑜の勧めから

廬江ろこうに引っ越したとされます。

(孫策伝の引く、江表伝こうひょうでん



二世三公の名門出・周瑜と

新興軍閥の世子・孫策は

家格が全く釣り合ってないのですが

周瑜が対等な交誼を

結んでいたというのがアツいです。


でも江表伝のいうことは

あんまり信じない方がいいかも。


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