2.あなたと飛べなきゃ意味なくて①
◇ ◇ ◇
贖罪の歌を一部とはいえ思い出したことは、テオドを大いに喜ばせた。
――やったじゃないかレミナ。この調子で、少しずつ思い出していこう。
顔をほころばせるテオドを見て、レミナの心は弾んだ。
ただ、歌とともにテオドとの記憶を視たことについては話さなかった。
テオドとの大切な思い出の一部を、忘れていたことすら忘れていたなんて、話せるわけがない。
思い出してみれば、確かにあったことだと納得できるのに。
(テオドとの思い出、どうして忘れていたのかしら……)
リックは毎日やってきた。そして毎日歌って解錠を試みては、庇護の力に飛ばされた。
なぜだかリックの歌を聴くたびに、レミナは贖罪の歌の片鱗と、テオドとの失われていたらしい記憶を思い出した。
――レミナ。君が不死って本当かい?
――そうよ。死なないし、これ以上の老化もない。
――ははっ。それは羨ましいなあ。
――全然良くないわ。みんなみんな死んでいくのに、私だけ取り残されるのよ? 昔はここにも住人がいた。でも今は私だけ。こんな鳥籠の中で、ひとりぼっち。
――だったら僕が不死になれば、君はひとりじゃなくなるのかな?
――ねえテオド。大空を自由に飛ぶって、どんな感じ?
――最高の気分だよ。でも君と飛べたら、もっとうれしい。
――あのね。
――なんだい。
――私もほんとは、空高く飛びたいの。
――知ってるよ。だからいつか、僕と飛ぼう。この鳥籠を飛び出して。
――ええ。
レミナが毎日歌うのは、テオドを導くためだった。
しかしいつしか、テオドのためだけではなくなっていた。
「よっすレミナ。また来たぜー」
「懲りない人ね」
言いながらも、レミナは笑って毎度の訪問客を出迎えた。彼の屈託のない笑顔に、心癒やされている自分がいた。
リックが扉横の格子を握りながら、満面の笑みを浮かべる。
「レミナ知ってるか? とうとう今日で百の大台だぜ!」
「そうね、百回目の外れね」
「あ、おい。なんで百回目も当然のごとく外れになってんだよ」
「だってきっとそうだもの」
「よーし覚悟しろよ、目に物見せてやる。こんにちは俺の不死!」
リックは消えた。
「また明日ねお気楽悪魔さん」
レミナは笑って挨拶を送った。
◇ ◇ ◇
「やあ。今のが、君がいつも話している悪魔かい?」
舞い降りたテオドが、リックの消えた辺りを見ながら言う。
「ええ。リックは私に、贖罪の歌を思い出させてくれるの。でもそれだけじゃなくって、一挙一動が面白いのよ」
「そんなに楽しそうに答えられると、僕としてはなんだか面白くないな」
「もしかして嫉妬してる?」
「少しね。最終的には君を信じてる」
格子を挟んでテオドに寄りかかりながら、レミナは聞いた。
「ねえテオド。もしリックが鍵を開けたら、あなたは焦る?」
「どうだろうね。でもどの道関係ない。彼に鍵は開けられないさ」
「でも続けていれば、いつかは開くでしょ?」
「聖女を護る鍵が、そんなに単純なわけないだろう?」
「え?」
驚いて身体を離したのは、言葉の内容そのものだけではなかった。
いつも優しく穏やかなテオドの口調に交じる、わずかな嘲笑を感じ取ったからだった。
顔を上げると、テオドはいつもの慈愛に満ちた微笑みで先を続けた――
◇ ◇ ◇