1.最果ての地で、空に焦がれて②
◇ ◇ ◇
レミナは今日も歌う。
歌声を、彼方へ届けるために。
あの人の標となるように。
あの人ともう一度出逢うために。
逢うことがかなわないなら、いとしき人の幸せをただ願うために。
(私は歌い続ける。あなたのために……)
歌っていると、不思議な気持ちになる。
テオドは毎日欠かさず来てくれているというのに、なぜだか遠くに感じるのだ。
まるで、もう二度と逢えない相手に歌を届けているような、そんな切ない気持ちになる。
一分一秒が永遠だ。
たぶんこれが、愛しているということなのだろう。
(だから私は、歌を届ける……)
「よっ!」
「きゃあぁっ⁉」
扉の陰からひょこっと割って入った顔に、レミナは驚き飛びのいた。
「リック⁉ あなたどうしてここに⁉」
「どうしてって決まってるだろ。鍵を開けるためだ」
「そうじゃなくて! 昨日庇護の力に飛ばされたっていうのに、懲りてないの?」
「あれか? いや参ったよ。よく分かんない場所に飛ばされるわ、なんか身体の節々痛いわ。さすが庇護の力は侮れないねえ」
ぽりぽりと頭をかくリックには、確かに憔悴の跡が見えた。髪はぼさぼさ、頰には擦り傷。この分だと、服に隠れた部位にもなにがしかの痕跡があるのかもしれない。
が、リックはそれら全てを一笑ではじき飛ばした。
「でもさでもさ、やっぱ不死は憧れるじゃんよ? それにあんな熱烈に呼ばれちゃ、俺としても来るしかないだろ」
「呼んでないわよ」
「嘘だー、ずっと歌ってただろ。俺の頭に延々と届いてた」
「あなたのために歌ってるわけじゃない。テオドのためよ」
「テオド?」
疑問符を浮かべるリックに、レミナは自慢げに胸を張った。
「テオドは神官長よ。偉大で優しい天使様。毎日私に会いに来てくれるの。ここには天使だっておいそれとは近づけないから、私が歌で導いてる……なぜだかあなたにも届いてしまうみたいだけど」
「テオドってお前――」
「レミナ」
「え?」
「私の名前。レミナ。お前お前って言われるのは気分が悪いわ。覚えて」
有無を言わさぬ口調で言うと、リックはしばし黙してから息をついた。
「分かったよ、レミナ」
「それにしても、なんでわざわざ歩いてきたの? 飛んできた方が早いのに」
驚かされたことに対する恨み節も込めて、レミナは尋ねた。
「そりゃ俺だって飛んできたいんだけどねえ」
リックは空に向かって適当に手を一振りする。
「ここら一帯、どうも悪魔よけの結界が張られてるみたいなんだ」
「悪魔よけ?」
「そ。翼を使うと灼かれる。見ただろ昨日、俺が墜落するの」
(そんな結界張ってあったのね。テオドしか来ないから気づかなかった)
「とまあ疑問も解けたとこで、早速今日も解錠チャレンジだ。今回はゼロ・ゼロ・イチだな」
言うなり、きびきびと準備体操的な動きをするリック。
「……なにしてるの?」
「身体ほぐしてる。アウトだったらそれなりにきっついからな」
「そう。それは……頑張って」
他に言い様もなく、リックの姿を眺めていると。
(……歌?)
準備運動をしながら、リックが歌を口ずさみ始めた。レミナがいつも歌っている歌だ。
声域に合わせてキーを下げているからか、自分以外の歌声だからなのか、初めて聞くような不思議な感じがした。
穏やかで優しい。レミナは耳を済ませた。
次第に頭が朦朧としてきて、歌声に交じってなにかが聞こえてくる。
――レミナ。
――なあにテオド?
――君は本当は、羽ばたきたいんじゃないかい?
――軽い空中運動なら毎日行ってるわ。
――そうじゃなくて。この鳥籠を飛び出して、その純白の翼で世界を見たいんじゃないいか?
――そんなことないわ。だってここで祈るのが、私に与えられた運命だもの。
「あっ……」
レミナははじけるように顔を上げた。
「? どした?」
リックが身体をひねった状態で、ぴたりと止まったまま聞いてくる。
「いえ、別になにも……」
言葉とは裏腹に、熱に浮かされたような心地で、レミナは湧き上がってきた旋律を口に出した。今すぐ吐き出さなければ、消えてしまうような焦燥感があった。
「それはなんの歌なんだ?」
「分からない……でも、思い出したの。少しだけ」
(もしかしてこれが、贖罪の歌……?)
自分の愚かさ故に、失われてしまった再生の歌。その一部が今、頭に――いや、身体によみがえっている。
「ふぅん。ま、なんだっていいけど。俺はこっちをやんなきゃな」
リックはあくまで自分のペースで、錠前をいじりながら、にっと笑った。
「忘れるなよ? もしここから出したら、不死をシェアだからな?」
レミナは「不死をシェアってなんなのよ」と思いながら、
「それよりあなたこそ――」
警告しかけて口を閉ざす。そして、
「……追い出されるのを忘れないようにね」
すでに消えてしまったリックに、肩をすくめて警告した。
◇ ◇ ◇