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1.最果ての地で、空に焦がれて①

◇ ◇ ◇


 私は歌い続けます。

 空の彼方(かなた)にいるあなたに、この歌声が届くように。

 たとえもう二度と会えなくても、私は歌い続けます。


◇ ◇ ◇


 どこまでも続く青空を見上げて、レミナは物憂げにため息をついた。

 伸ばした手が触れるのは、金色に輝く格子。空は果てしないのに、自分の視界はいつも閉ざされている。

 背中に翼があっても、飛び立てなければ意味がない。


(私はいつまで、この鳥籠の中に……)


 決まっている。いつまでもだ。

 世界の果ての鳥籠で、自分はずっと祈り続ける。役割を果たすために。

 自問自答し、再度のため息。下を向けば緑の(じゅう)(たん)。足首をくすぐる感触は嫌いではないが、レミナは顔を上向けた。たとえ憧れのまま終わるとしても、それでもやっぱり空がいい。

 レミナは口を開いた。今度はため息のためではない。


(テオド……)


 レミナは歌った。大切な人のために。歌が彼を導けるように、心を込めて。


(たとえ自由を得られなくても、テオドがいればそれでいい……)


 見上げた空は一点の曇りもなく――


(曇りもなく……いえ、違う……?)


 レミナは眉をひそめた。

 空に一点の曇り――というか黒ずみがあった。しかも、ぐらぐらと揺れている。

 最初は待ち人かと思ったが、違う。


(テオドはあんな無様に飛ばない)


 気づいた時には小さかったそれは、いぶかしんでいるうちにどんどん大きくなっていき――


「っ……⁉」

「わわわわっ! やっべ、墜落す――」


 どぐしゃあと音を立てて、なにか――というか誰か――が籠の外の地面に墜落した。

 顔面で草花をこそいだかと思いきや、間際で身体(からだ)をひねってそれは回避したらしい。草花にとっては顔でえぐられるか背中でえぐられるかの違いでしかなく、どの道たまったものではないだろうが。


()っ……なんだこれ。防衛結界かっ?」


 後頭部をさすりながら身を起こしたのは、空に溶け込むような青髪の少年だった。具合を確かめるように羽ばたいた翼から、羽が数枚抜け、風に乗って舞い上がる。

 格子の隙間から入ってきたそれをつかみ、レミナはいぶかった。


(黒い羽……悪魔。どうして悪魔がこんな所に……?)


 ここは世界の果て。世界の(けが)れを浄化する庭。悪魔どころか、天使だっておいそれとはたどり着けない秘奥の最果てだ。


「あなた悪魔でしょ。どうしてここまで来ることができたの?」


 聞くと少年はあっさり答えた。


「歌が聞こえたから」

「歌って、もしかして私の?」

「たぶん」

「そんな遠くまで聞こえるわけないじゃない。聞こえるのは、私が届けたいと思った相手だけよ」

「そう言われても、聞こえたんだもんよ。ずっと聞こえてていいかげん鬱陶しくてさあ。うるさいぞ! って言いに来たんだけど……まさか最果てにたどり着くとはなあ。そんなもの、ただの作り話だと思ってたよ」

「どんな伝承だって元はあるものでしょ」

「ああ、あの伝承だろ?」


 少年は目を閉じ、格子の外を歩きながら、指揮するように手を振った。


「命あふれる緑の大地。(こん)(じき)(まも)り。再生の聖女は世界の果てで、(ひつ)(みょう)することなく世界を癒やし続ける――なあ、お前って再生の聖女なんだろ? 天使の中の天使。不死ってほんとか?」


 くるっとレミナを振り返る少年。

 期待に満ちた金色の瞳を見返し、レミナはすげなく言う。


「だったらなんだというの? だいたいあなた誰なのよ」

「俺はリック。なあ。お前の不死、俺にも分けてくれよ」

(ぶしつけな人!)


 はっきりと不快だったが、レミナはあえて先を促した。


「どうして不死になりたいの?」

「思いもかけず最果てに来られたんだし、せっかくだからなんかあやかりたいと思って。死なないってすげえじゃん」

「死ねないってつらいのよ」

「それはなってから考えるさ」

「馬鹿ね」

「あ、それ差別か? 悪魔だからってなんでも下に見るなよ?」

「そんなもの、天使も悪魔も関係なくただの馬鹿よ」


 成り立ちや糧とするものが違うだけで、天使と悪魔に善も悪もない。当然優劣もない。

 ……はずだったのに、長い歴史の中で、それは変わってしまった。醜悪な行いをした一部の悪魔たちに印象が引っ張られ、今や悪魔は()(せん)で愚かなものとされている。正直なところ、自分も心の奥底でそう思っていることは否めない。

 だがこれに関しては断言できた。種族に関係なくリックは馬鹿だ。


(……でも)

「でも、どうしてもって言うのなら……私をここから出してくれたら、考えてもいいわ」

「ここって、このでっかい(おり)か?」

(まも)りのための籠よ」

(おり)だろ。出たがってるならなおさら」


 リックは建前を一刀両断して、強度を確かめるように格子を握った。思ったよりも頑丈だったのか、彼は顔をしかめた。


「壊しちまえばいいのか?」

「聖なる格子を、あなた程度が壊せるわけないでしょ」

「聖女様割と辛辣ですね」

「余計なお世話よ。別に壊さなくても、扉の鍵を開ければいいのよ」

「鍵?」


 レミナは格子に沿って歩き始めた。リックが付いてきているのを確認すると、少し足を速める。足取りに合わせて、純白のローブがはためいた。

 しばらく歩いて、籠の扉――金色の一枚板で、周囲も黄金で縁取られている――のそばまで来ると、レミナは足を止めた。


「扉の周りにも壁があるから、私の手は届かないけど。あなたなら触れるでしょう?」


 リックは扉に近づき、取りつけられた錠前をのぞき込むと、


「再生の聖女の(まも)りに、たかだか三桁ナンバー? 酔狂だな」


 あきれたような声を上げた。


「でもその方が、あなたには都合いいでしょ?」

「それもそうか。地道にやってりゃいつか開く」


 疑うことなく受け入れて、錠前をいじりだすリック。

 そのさまをレミナは距離を挟んだ横から――なにせ正面にいれば、扉と壁のせいで外が見えない――冷めたまなざしで見つめていた。


「まずはオーソドックスにゼロ・ゼロ・ゼロ、と――」


 お試しとばかりに、リックが上唇をぺろりとなめる。そして――突然錠前が光り輝いた。


「へ?」


 という困惑顔を残像にして、リックの姿がかき消える。

 (まも)りの効果だ。誤った番号で開けようとすると、彼方(かなた)へ飛ばされる。


「……単純な人」


 いずこかへと消えた少年に多少罪悪感を(いだ)きつつも、無知故の愚かさにいら立ちを覚える。


(ほんと単純な人。不死になりたいだなんて……)


 第一不死など、分け与えられるものではないのだ。それができるのであれば、喜んで押しつけてやるのに。

 下唇を()んでいると、上空に人影が見えた。


「テオドっ!」


 レミナは格子に飛びついた。

 今か今かと待つレミナをじらすように、人影は翼をはためかせ、ゆっくりと近づいてくる。

 やがて格子の前に降り立つと、人影は――テオドは微笑を浮かべた。


「今日はどうして歌をやめたんだい? 危うく迷うところだったよ」

「ごめんなさい、邪魔が入ってしまって……」

「いいさ、無事たどり着けたんだから」


 格子の隙間から伸びてきた手が、レミナの頭を優しくなでる。レミナは心地よさに身を任せた。

 そよ風がテオドの金髪を揺らす。それを見ることすら喜びだった。


「そういえば、遠目に誰かいたように見えたけど……気のせいかな?」

「変な悪魔よ。適当に追い返したわ」


 どうということもなさげに答えると、テオドは「そうか」とつぶやき、いつもの問いを投げかけてきた。


「ところで……今日はなにか思い出せたかい?」


 レミナは毎日繰り返される、この問いが嫌いだった。

 毎日同じ答えしか返せず、テオドを落胆させてしまうから。


「ごめんなさい、なにも……」

「そうか……」


 テオドは一瞬瞳を暗くしたが、すぐに(ほほ)()みへと切り替えた。


「君は毎日世界を浄化してくれているが、いずれ(きた)る破滅からは逃れられない。(しょく)(ざい)の歌はその際、世界再生に必要不可欠だ。神官長として、僕はどうしてもこの歌をよみがえらせたい。だから(あせ)らせる気はないけれど、諦めないでほしい」

「ええ」


 ぎゅっと、包み込まれる感覚。

 テオドが格子の向こう側から、抱き締めてくれている。


「愛してるよレミナ。ひとりの天使としてだ」

「私もよ、テオド。ひとりの天使として、あなたを愛してる。あなたと一緒に時を重ねたい……」

(だから私は、不死なんていらないのに……)


 癒やしの力も不死もいらないから、自由と時を刻む肉体が欲しかった。


◇ ◇ ◇

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