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悲劇の始まり

 今日はエリカと遊ぶ日だ。いや、そのはずだったと言うべきかな。


 明日で10歳になるから、父さまの訓練もより一層厳しさが増している気がするよ。10歳になったらどうなってしまうのか・・・。


 それでも、聖騎士になるためにはどんな訓練も苦ではない。いや・・・エリカを守るための訓練なんだ。そんな訓練、誰が辛いと弱音を吐けるんだ。


 それに、目に見えて訓練が厳しくなったのは、俺があの異形の虎を殺してからだ。やっぱりあの虎は珍しい魔物だったんだろう。よく無事だったと、父さまと母さまにはとても心配された。


 あれくらいの魔物なら、始めから剣を持っていれば問題なく倒せるレベルだったんだけどね。父さまもそれくらいわかるだろうに。大げさなんだから。


 まぁそんな厳しい訓練でも、エリカと遊ぶ時間があれば疲れなんて吹っ飛ぶし問題ないんだけど。


 そう。遊んでいたらね・・・。


 エリカの家へ迎えに行ったら・・・


『ごめんウルマ君! 今日はやらなきゃいけないことがあるから遊べないの!』


 と言われてしまった。俺も手伝うと提案したが、やんわりと断られた。


 何をしているんだろうか?


 正直気になってしょうがない。しょうがないのだが、うじうじしていてもせっかくの休みが終わってしまうと思い、俺はノアと狩りをすることにした。


「今日もよろしくな、ノア!」


 そう言うと、ノアはいつものように尻尾をブンブンと振り、美しい炎の翼をはためかせるのだった。




 ◇




 ウルマは明日で10歳になる。


 10歳ともなれば、もう立派な男だ。あと数年稽古をつければ、ウルマもやがて独り立ちをするだろう。これからの数年間、私とヘスティアにとってはウルマがいなくなる心の準備期間となるだろう。


 それにしても、もう10歳か。早いものだ。始めて稽古を始めたのが5歳の時だから、かれこれ5年、俺の稽古についてきたのか。


 ウルマの前では悟られないようにしていたが、稽古を始めて行ったときの手合わせは、焦ったものだ。


 構えを見たときからおかしいと思った。私が庭で修行していた時の構えを、見よう見まねで真似るのならまだ分かる。しかし、ウルマは明らかに、長年とり続け身体に染み付いた自分の構えを取っていた。それこそ、聖騎士と言われるこの世界の最高クラスの強者が構えるような、自然でいて隙のないものだった。


 魔力を練っているとヘスティアから聞いたときは、ヘスティアも親バカが過ぎるなと笑ったものだ。生まれて数年の子供が、一体どうやったら魔力を練れるというのか。


 しかしどうだ。実際にウルマは平然と魔力を練り上げるどころか、私との手合わせでは魔力を身体に循環させ、身体能力を爆発的に上昇させていた。


 初の手合わせで私が勝てたのは、ウルマを対等の騎士として一切(あなど)らなかったからであり、僅かに身体操作が私の方が優れていたからだ。


 20年以上も訓練を積んできた私が、初めて剣を握った5歳児にギリギリ勝った。


 これはもう才能云々の話ではない。誰かがウルマに乗り移っているんじゃないかと本気で思ったほどだ。


 それからも稽古は続けたが、私がウルマに指導し、ウルマも私に指摘する日々が続いた。ウルマの指摘は的確で、それを意識して訓練をつめば動きのキレが上がっていった。まるで、聖騎士見習いの頃の師匠から指導を受けている気分であった。


 大人顔負けの知識に、聖騎士見習いをも凌駕しうる力を持った我が子。きっと、聖騎士の隊長格となる人物たちの幼少期は、これほどまで異質で異常で畏怖さえ抱くものなのだろう。


「で、出来た! ど、どうですか!?」

「ええ、上手くできてるわね。エリカちゃんやるじゃない!」

「あ、ありがとうございます・・・!」


 ヘスティアに教えてもらいながら、エリカちゃんが木彫りのアクセサリーを作っている。あのアクセサリーは、この辺りで古くから伝わる魔除けの模様だったな。ヘスティアの言う通り、上手く作れてるじゃないか。


「後はもう少し磨いて、革紐を通せば完成ね!」

「もっと私が早く作れたら、今日ウルマ君の誘いを断らないで済んだのに・・・。せっかく誘ってくれたのになぁ・・・」

「ふふふ。早く作っても、仕上がりが雑になってしまうわよ? 次の稽古のお休みの時に、ウルマと遊んであげてね」

「も、もちろんです!」


 エリカちゃんは、明日のウルマの誕生日に贈るために、頑張ってプレゼントを作ってくれている。きっとウルマも喜ぶだろう。あれほど強く思いながら作ったプレゼントだ。善からぬモノから、ウルマを守ってくれるはずだ。


「もう少し・・・もう少し・・・」


 せっせと一生懸命に作るエリカちゃんは、前と比べて随分柔らかくなった。年相応に笑うようになった。と言ったほうが正しいだろうか。


 彼女の父親は、エリカちゃんが生まれる前に流行り病で亡くなっている。彼女の母親―――リーライさんは、エリカちゃんを女手一つで育てていたが、旦那の後を追うように病に侵されてしまった。


 以来、私とヘスティアはリーライさんの看病を行いながら、彼女たちが生きていけるように手助けを行ってきた。その頃のエリカちゃんは、常に笑っていた。ただ、その笑みは貼り付けたような作り笑いで、無理に笑っているのはすぐに分かった。


 寂しいはずだ。まだまだ甘えたい盛りなのに、一切我がままを言わずに母親を看病するのは。


 辛いはずだ。村の子供たちが遊んでいるのを横目に、日々の食料を得るため働き続けることは。


 苦しいはずだ。毎日看病しているからこそ、母親の容態が年々悪くなっているのを傍で見ているのは。


 そんなエリカちゃんを、ウルマが家へ連れてきたときは驚いたものだ。ウルマは常に一人で行動していたから、友達を作るのが苦手なのだと思っていた。私も幼いころは修行に明け暮れていて友達などいなかったから、てっきりウルマもそうなのだと思っていた。


 だが、ウルマはエリカちゃんだけでなく、村の子供たちとも上手くやっている。自分にできなかったことを息子がやっている。それはとても誇らしかった。


「よし、それじゃそろそろ見回りに行ってくるよ」


 ヘスティアの淹れてくれたお茶を飲み干し、席を立つ。ヘスティアとエリカちゃんの作業をまだ見ていたくもあったが、残念ながら仕事の時間だ。


 この前ウルマが倒した魔物。あれは通常種の魔物ではなかった。聖騎士見習いとして数々の魔物を狩ってきたが、あのような異形の魔物など見たことはなかった。


 ・・・なにかの前兆だろうか。何が来ても大丈夫なように、警戒を密にする必要がある。


「あら、もうそんな時間? 気を付けて行ってきてくださいね。・・・ああ! それと、ウルちゃんの様子も見てきて? あの子きっと森に入ってるだろうから」

「ああ、わかった。ウルマも懲りないからな。ついでに、ウルマとなにか獣でも狩ってこよう」

「それじゃあ、いつもの訓練と変わらないわね」

「全くだ。それじゃあ、行って―――」


 なぜ気づかなかったのか。

 そして、どうしてここにいるのか。


 外へ出ようと振り返った時、それはいた。目の前にいる人物、私の元師匠にして現“闇”の聖騎士、ジン様がいた。


 疑問は尽きず、全身から嫌な汗が噴き出る中、ただ、これだけは言える。闇が訪れた場所では、必ず誰かが死ぬと。




 ◇




「久しいな、イヴァン。しばらく見ぬ間に、随分府抜けたようだ」


 得も言えぬ恐怖感。ただそこにいるだけで、人間を根源的に恐怖させる存在。それが聖騎士の中でも汚れ役を専門とする“闇”の者たち。


「・・・ど、どうして貴方様がここに?」


 振り絞るように、言葉を紡ぐ。目の前の人物に師事を仰いでいた私がこうなのだ。エリカちゃんはおろか、ヘスティアでさえ身動き一つできずにいた。


「闇の職務も忘れてしまったのか? なんとも嘆かわしいことだ。・・・決まっておろう? 浄化(・・)のためだ」


 浄化。

 その単語を聞いた瞬間、全身から血が抜け落ちてしまったような感覚に襲われ、直後、私はジン様に斬りかかっていた。


「お粗末なものだ」


 私の本気の攻撃に対し、ジン様は剣すら抜かなかった。にもかかわらず、気づいたら私は吹き飛ばされ壁に叩きつけられていた。


 胸元に走る痛みと、ゆっくりと足を戻す動作を見て、私は蹴とばされたのだと理解した。


「キャーーーッ!!」

「あ、あなた! 大丈夫!!??」


 私に駆け寄ろうとするヘスティアを手で制する。


「大丈夫だ。それよりも、エリカちゃんを守ってくれ」


 闇の聖騎士が来ているということは、この村のどこにいても安全な場所などない。ならば、下手な場所に逃がすよりも、目のつく場所に居てもらえば護りやすい。


「ジン様、私の耳がまだボケていないのであれば・・・先ほど、浄化と口にいたしましたか?」

「言ったな」


 浄化とは、すなわち殲滅。穢れのある者だけを滅するのではなく、その近辺全てを無に帰す行為だ。


 それを、この村でだって?


「この村に住む貴様たちの息子、ウルマが水の巫女たちの占いの結果、と断定された」


 何故、ウルマが?

 聖騎士たちはいったい、どうしてウルマを占った?


「そして、ウルマは紅目というではないか。紅眼は早々に間引くもの。それを隠し育てた罪により、この村の浄化が下された」


 紅き瞳。

 その眼を持って生まれた子供は、教会による占い如何んによって、その生死が決まる。しかし、闇の聖騎士見習いであった私は、その占いではほぼ確実に死が決まることを知っていた。


 故に隠した。

 村人から隠すように育て、全ての村人に頭を下げ育てることの許可を得た。


 その結果が、浄化。


「ま、待ってください! 何かの間違えでしょう!? ウルマは悪しき者などでは決してありません!! 正義を知り、力の正しい使い方を知る騎士です!!」

「占いは絶対だ。セレス様のご意志である」


 なまじ闇として訓練を積んできた私にとって、その意思が覆らないことを深く理解してしまっている。


 それでも考えねばなるまい。

 どうすればいい? ・・・一体どうすれば!!


「・・・ウルちゃんを・・・ウルマをどうするつもり?」


 ぽつり、とヘスティアがこぼした。


「わからなかったのか? ならば、もう一度言ってやろう。貴様たちの息子であるウルマ・オールストンを殺すことで、紅き瞳の呪いから解放する。そして、この村に住むセレス様の教えに背く者共も、すべからく魂の浄化を行うのだ」


 びくりとエリカが震える。『殺す』という言葉を、目の前の男が決して冗談で言っていないのだと、本能で理解してしまったから。


「させないわよ、そんなこと」


 ヘスティアは顔を俯かしているため、表情を読み取ることができない。


「セレス様のご意志である。この地は異教の地であるか?」


 ジンは薄っすらと、しかしはっきりと殺意を滲ませる。人を、魔物を殺し続けてきた者の殺気。空間が歪んでいるかのように、目の前がぐらつく。


「そんなの関係ないわ」

「貴様・・・セレス様の、神のご意思であるぞ」


 ヘスティアは顔を上げた。その顔には決意を秘め、絶対の意思をみなぎらせ吠える。


「何が・・・何が神様よッ!!! 私の宝物を奪うって言うのなら! 神様だって容赦しないわよッ!!!」


 その叫びが、戦いの火蓋を切った。




 ◇




「今日は大量だ! 母さまの大好きな隠れ鹿を見つけたのはでかいな! お手柄だぞノア!」


 横を歩くノアの頭を撫でる。相変わらずうんともすんとも鳴かないが、気持ちよさそうに目を細めているし嫌ではないのだろう。


「最近訓練も忙しくてあんまり一緒に遊べなかったからな。今日は楽しかったぞ!」


 訓練がない日はエリカと遊ぶことも多いから、なおさらノアと狩りに行く時間が減ってしまっていた。ただ、一緒の時間が作れないのは、俺だけでなくノアにも問題がある。


 ノアは、何故か俺の前しか姿を現さないのだ。何度かエリカや父さまと森へ入って呼んでみたことがあったか、てんで姿を現さなかった。俺だけの時は、いつもすぐに表れるってのに。


「なぁ・・・エリカにも会ってくれないか? 三人で遊べばもっと楽しいぞ」


 ノアに提案してみるが、いつも通り首を横に振り会わないと伝えてくる。


「はぁ、そっか・・・。まぁ無理に会わせるつもりはない。どうせ無理に会わせようにも隠れて出てこないからな」


 これは笑っているのだろうか?

 まったく、器用なヤツだな。


 そんな俺も、ノアが何を考えているかわかるようになったのは、ちょっとした自慢だ。


「よし! そろそろ帰るよ!」


 すでに辺りは薄暗い。夜にはまだ早いけど、この時間に帰らないとせっかくの隠れ鹿が食卓に並ばない。血抜きも十分だし、今日は帰るとしよう。


 しかし、別れの挨拶をしようとする俺を止めるかのように、ノアは袖を引っ張っている。


「どうしたノア? もう帰らなくちゃいけないんだよ。次の訓練の休みの時・・・は、エリカと遊びたいから、その次の休みには必ず来るよ」


 そう言っても、ノアは一向に離そうとしない。


 どうしたというのか。

 今までこんなことなかったのに。


「ちゃんとまた来るって! だからノアも大人しくしてるんだぞ?」


 頭を撫でてやり、しっかり話してようやく俺を解放してくれた。


 まったく。少し会わない間に寂しがり屋になったらしい。・・・次の休みも来てやるか。


 そう思いながら、隠れ鹿を背負い村へと駆け出した。


 そんなウルマの後姿を、ノアはただ黙って見続けていた。




 ◇




 おかしい。

 村の方角から尋常じゃない煙が上がっている。


 抱えていた隠れ鹿を地面に落とし、全力で村へ走る。


 村へ近づくにつれ、木の焼ける匂いと何かの臭いが混じっていた。


 なんだこの臭いは。肉が焼ける匂いとも違う・・・嗅ぎなれない臭い。


 頭の中では理解していたのかもしれない。だが、心がその答えを拒絶し、別の可能性を探していた。


 そんなことをあざ笑うかの如く、村を視界に捉えた瞬間、否が応にも理解せざる終えなかった。


 一軒だけならば、火の取り扱いを誤ったのだろうと言えた。大人たちの叫び声が聞こえれば、消火にあたっているのだろうと思えた。


 だが、聞こえてくるのは、轟轟ごうごうと音を立て燃え盛る家屋と、爆ぜる木の音だけだった。


 呆然としながらも、頭がいっぱいで何も考えられないくらいごちゃごちゃでも、俺は燃え盛る家々を脇見に、自分の家へ向かった。母さまと父さまがいる、あの温かい家へ。


「遅かったではないか。危うく父の死に目にも間に合わないところであったぞ」


 見たこともない何かが、何か音を発していたが、俺は聞き取ることができなかった。


 目の前の光景は、俺のすべてが音を立てて砕け散ったような、そんな光景。


 その何かの近くに倒れ、辛うじて動いている血だけの父さま。


 庭に転がり、辺りに血の池を作ってピクリとも動かない母さま。


 そして、その母さまに抱かれるようにして息だえているエリカ。


「な、なんだよ・・・これ・・・・・・一体、何が・・・」


 それが自分の声だとは思わなかった。勝手に口から零れ出た声は、震え、掠れ、聞きなれた声とは遠く離れたものだった。


「心はまだ出来上がっていないのだな。親子は似るというが・・・いい得て妙ではないか。なぁ? イヴァンよ」

「父さまッ!!! 母さまッ!!! 返事をしてくれよ!! エリカーーーーッッ!!!!!!」


 こうして、俺の平穏は樹々が炎で爆ぜるように、跡形もなく砕け散った。

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