動き出す影
アース大国首都ルーデンローズにある、教皇および各部隊の聖騎士たちが住まう城、ガルディス城。その土地は広大で、人界を治める大国の本拠地というだけはある。聖騎士の訓練場をかねているのも、広大な土地の理由の一つだ。
聖騎士とは、隔絶した力を持つ、人であって人でない者たち。
人界を治めるアース大国であっても、聖騎士の数は少ない。それだけ厳しく、それだけ力を必要とするのだ。
聖騎士になるには才能だけでは足りない。努力など当たり前。運がなければ望むべくもない。
それらを踏まえ、最後に強い欲望を持ち続けられた者だけが、聖騎士として開花するのだ。
ガルディス城の一室、この国の行く末を定め、悪を断定するために設けられた円卓の間。そこには聖騎士の各部隊の隊長に加え、セレス教教皇が座している。各々の後ろにはそれぞれを補佐する副隊長や、教皇代理が直立不動の姿勢をとっている。
円卓の間とは、席次による身分の違いを定めず、その場に座す全ての者は対等であることを意味している。
それが意味すること。アース大国は聖騎士を筆頭にしたものでも、教皇のみが全てを決断するものではないということ。
聖騎士が5人いるから聖騎士が有利というわけではない。この場はそれぞれがそれぞれの考えを持ち、結託などせずに採択を募る場だ。
この6人に傀儡の者などいなく、正真正銘アース大国の最高権力者だ。そう、この場にいる者は。
「はいはいはい。今日も今日とてお集まりいただき、ありがとうございますねー」
聖騎士“風”隊長ウラノスが司会役を買って出る。
風は、諜報および工作活動を担う聖騎士部隊。尋問・拷問から聖騎士として開花していない部下達を間者として潜入させるなど、この広大な国家の全てに情報網を持っている。
「まぁ、知っている人もいると思いますがー、試験魔獣を殺す者が現れました! はい、拍手!」
パチパチパチ。
アイオスの後ろに控える風の副隊長と、光の隊長の二人だけの拍手が虚しく響く。
「どーもどーも! ありがとー!」
「テメェはいつもいつも話がおせぇ。その程度で召集するわけがねぇだろうが! とっとと用件を言え。こっちも暇じゃねぇんだ」
「まったく。あなたはいつもノリが悪いですねぇ」
聖騎士“火”隊長アポロンが、ウラノスのもったいぶる言い方に噛み付く。
火は、殲滅を得意とする重火力部隊だ。魔物の巣の一斉浄化や反乱分子との抗争時、その真価を発揮する。彼らが力を行使したとき、そこに残るのは焼け焦げた大地だけだという。
「確かにアポロンの言う通りよ。今回は私も関わっているの。早くしなさい」
聖騎士“水”隊長オケアノスが、アポロンに同調する。
水は、傷を癒し毒を浄化する回復を担うだけでなく、占術を扱える巫女と呼ばれる者も所属している。巫女は正確に言えば聖騎士ではないが、生まれ持った特異な能力を買われ、聖騎士と同等の扱いを受ける者達だ。
水は回復のスペシャリストではあるが、聖騎士としての戦闘力も持ち合わせる厄介な部隊である。
「まったく・・・これだから早漏に垂れ乳はうるさくて嫌ですねぇ。タナトスさんのようにどっしり構えられないんですか」
「・・・」
聖騎士“闇”隊長タナトスが、ウラノスのちゃちゃ入れを黙殺する。
闇は、暗殺・殺戮・洗脳、そういった表ざたには出来ない仕事を担う部隊。異端審問官としての役割も持ち、国教であるセレス教の意に背く者たちを断罪する事も請け負っている。
そのため、憧れ目指す者の多い聖騎士であっても、最も恐れられている部隊だ。
「あんまり調子に乗るんじゃねぇぞウラノスぅ」
「風との関係を見直す必要が出てきたわね」
「あー! ちょ、タンマタンマ! 悪ふざけが過ぎましたよ! すみません!」
ウラノスの周囲が高温となりときおり爆発が巻き起こるが、ウラノスはなんでもないかのようにへらへらしている。
「そろそろ本題に入って欲しいものだねぇ」
痺れを切らしたのは火に水だけではなかった。教皇バラン・ヒロキネクト・アースが、ウラノスに話を促す。
教皇とは、セレス教の最高位の存在であり、アース大国の象徴といえる人物。国民からの圧倒的な支持を受け、アース大国をより繁栄させ、国民をより幸せにさせるために働く者だ。
「あーそれは失礼しました。えー、ではまじめに」
さっきまでのおちゃらけた態度ではなく、いたってまじめに話し出す。今回の召集した理由を。
「先程も言いましたが、試験魔獣を倒す者が現れました。場所は東に位置するオーラン村。派遣されている守護騎士の名はイヴァン・オールストン。かつて闇の見習い騎士だった男ですね」
ウラノスはタナトスを横目で見るが、タナトスの表情からは何も伺えない。
「聖騎士の見習いだったらそれくらいできるだろうな。試験の意味がねーじゃねーか」
「そう。イヴァン君が倒していれば、です」
「あ゛あ゛? 違うってのか? なら誰が殺したってんだ」
「倒したのはその息子。ウルマ・オールストン。9歳・・・いや、明後日で10歳を向かえる子供ですね」
ウラノスは少しばかり沈黙し、注目を集めた後、本題を切り出す。
「本来ならば有望株としてこの地、ルーデンローズへと抜擢するものですが・・・いかんせん欠陥をお持ちのようなんです」
オケアノス率いる水から仕入れた情報を開示する。
「ウルマ君の瞳は赤。災いを呼ぶ悪魔の証です。水の巫女たちに占ってもらったところ―――ウルマ君は悪と断定されました」
「うちの子達が言うには、とても禍々しく不釣合いなほど強大な魔力を持っているそうよ」
オケアノスが情報を補足する。
「聖騎士、見習い、およびその候補となりうる者が“悪”である場合、処罰は最高議会により決定する。ということで、規定に基づきみなさんを集めた次第でした」
それだけ言うと、ウラノスが仰々しく大げさに一礼して見せた。
「それで、ウルマ君の処罰ですが―――」
「何を言っているのウラノス。巫女から悪と断定されたなら、考える必要もないことでしょう?」
聖騎士最後の隊長、“光”の隊長であるアレスが、ウラノスの言葉を遮る。
光は、聖騎士の中で最も有名であり、最も憧れる花形部隊。5部隊の中で最強の力を有しており、魔物の駆除、暴動の鎮圧、外敵の排除など、あらゆる場面で要請される者たち。
アレスとは、そんな聖騎士の中でもエリートと呼ばれる者たちの頂点に君臨する者に与えられる最高の名誉ある名。
聖騎士隊長、各々の名前は決められており、隊長に就任したとき、その名を受け継ぐのだ。
「いや、アレスさん? 規定に基づいてですね・・・」
「だから必要ないと言っている。そんな者、闇に殺すよう言えば済む話」
「・・・はぁ、まぁそうなんですが。私はどこかから待ったの声が出ると思ったのですがねぇ」
ウラノスの視線は、闇の隊長タナトス―――ではなく、その後ろに控える副隊長へ向けられる。しかし、副隊長はおろか、タナトスも微動だに動かない。
「・・・ふむ。なら、アレスさんの言うとおり、ウルマ君の処罰、および赤眼を庇った罪として、オーラン村の浄化は闇の皆さんにお願いしますね。異論は?」
場には静寂が漂う。
異論を唱える者など一人もいなかった。
「いないようですねぇ。それでは! 闇の皆さんあとはよろしく! 解散!」
ウラノスはそれだけ言うと、まるで風にでもなったかのように姿を掻き消した。
◇
「ジン。今回の任務、お前が行け」
円卓の間より程なく離れた廊下。周囲に部外者がいないことを確認し、タナトスはジン―――闇の副隊長へと命じる。
「お任せください」
「オールストンはかつてのお前の弟子。言わずともわかるな?」
「イヴァンは聖騎士として開花する見込みのなかった者です。私が行くのであれば後れをとることはありえません。・・・それに、情に絆されるなど、それこそ闇に身を置く者としてありえませんな」
暗殺、殺戮、虐殺、拷問。
そういった血塗られた仕事を生業とする闇の聖騎士にとって、かつての弟子であろうと自身の子であろうと、悪と決まればそれはもう異端者であり、制裁を下す対象でしかなくなる。
その闇の副隊長ともなれば、仕事に迷いが生じるはずもない。
「・・・。そんな些事は早々に終わらせろ。光の管理する技術塔で厄介なモノが脱走した。アレスが留守だっただけでこれだ。光の人員も見直しが必要かもしれないな」
「畏まりました。それでは早々に浄化を行ってまいります」
ジンはそれだけ言い残し、任務を遂行すべく忽然と姿を消した。
「・・・・・・」
タナトスはジンが消える前にいた場所を振り返り、今一度考える素振りを見せる。そして、誰もいなくなった虚空へ向けて、新たな指示を出す。
「コーサス。ジンを監視し、異端者の最後を見て来い」
ジンのいた場所。気づけば、そこには一人の男が膝をつき指示を受けていた。
「副隊長殿には気取られぬよう、監視いたします」
「お前程度では無理だ。だが、お前が行くことに意味がある。浄化後は好きにして構わん。行け」
「仰せのままに」
再度見れば、その場には先程と同じくタナトスだけが残っている。
タナトスは考える。ジンだけで十分すぎるほどの戦力。そして、ジンが手を抜くとも思っていない。しかし、どこかでこの依頼がきな臭いとも思っている。
「・・・つまらんな」
それだけ言い残し、タナトスの姿もまた闇に消え去った。