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友達

 6歳になった。


 稽古を始めて一年も経てば、幼いわりにも身体が出来上がってくる。まだまだ甘いが、この調子で行けば10歳にでもなればそこそこな身体―――戦士として通じる身体になるだろう。まぁ、身体を作り上げるのに5年かかるとは、イヴァンもまだまだ甘いな。


 バラクの鬼のような稽古なら3年で仕上がるだろう。・・・いや、あれをもう一度やるのは勘弁なんだけどな。鬼のようなというか地獄というか・・・あいつは骨折っとけば強くなると思っている節があったからな・・・。


 ・・・あれを考えるのはやめよう。誰も幸せにならないからな、うん。


 その点、イヴァンの稽古は優しい。いや、イヴァンからしたら厳しいのかもしれない。言葉の端々からこちらを労わっているのが分かる。しかし、厳格な父親であろうとするイヴァンとしては稽古は厳しくしなければ・・・といった葛藤がみられる。


 大事にされているな。

 そう素直に感じられる。


 だからなのか、イヴァンは俺が素直に稽古を行っているのを見て、安心しているような不安なような顔をしている。夜中にヘスティアに俺が嫌々稽古をしているんじゃないだろうか、私の稽古は正しいのだろうか、なんて弱音を吐いているのを聞いてしまっては、こちらも稽古に身が入るというものだ。


 バラクなんて血反吐を吐きながら倒れるまで走らされた夜、『やはり倒れたからといって訓練を終わらせたのは甘かったか。倒れてからが訓練だな』なんて独り言をつぶやいていたのを聞いて震えたものだ。


 ・・・・・・だからバラクの訓練を思い出しちゃダメだって・・・。あれは人の身で耐えられる訓練じゃないんだよ・・・。いや、あれだけ厳しい訓練を行ったからこそ、過酷な旅で生き残れたのかもしれないが。


 ・・・うん? 旅は過酷だったのか?

 魔界へ行くまでは魔物を討伐するために旅をしていたが、何が過酷だったのだろうか・・・。いかんな、最近前の世界の記憶が曖昧になってきてしまっている。この平和な環境で、俺は腑抜けてしまったのだろうか。気を引き締めなければ。


 考えても見れば、俺はもう通算30歳になろうとしている。身体は若いとはいえ、記憶も若い頃のようにいいとは限らない。いずれ戻るために、時々でも過去を思い出すようにしないとな。


 まぁ、それはさておき。俺は優しくも厳しい父親に見守られながら、この一年間剣を振り、走りこみ、負荷をかけて身体を鍛えてきた。


 訓練は順調。この世界でまず目指すべき聖騎士への道も見え始めた。やはり、着実に進んでいると実感できるのはいいものだ。毎日が充実し、訓練にも身が入る。


 あっと、そうだ。ノアについて話していなかったな。ノアは村の近くにある雑木林に住む、不思議な狼だ。訓練があるため毎日会いにはいけないが、それでも相棒のように仲良くなった。


 ノアはあの雑木林を隅々まで知っていて、珍しい薬草やいい獲物の場所に案内してくれる。稀少な薬草を大量に持ち帰ったときは、ヘスティアもイヴァンも相当驚いてたな。稽古が始まり一年も経てば、俺が雑木林へ行ってもいいと正式に認められた。


 今日もこれからノアのいる雑木林へと行くつもりだ。


 両親には認められたからといって、基本的には子供は雑木林へと行ってはいけない。俺は眼帯をしているとはいえ、この世界で不吉の象徴とされる紅い眼のこともある。普段からあまりこの村の人たちと関わってきていないが、雑木林へ行くときはより人目を避ける必要がある。


 それももう手慣れたもので、畑仕事しかしていない村人に気づかれるわけがなかった。


「こっちくんなよ疫病神!」


 ・・・うん?


 どこかから、子供の罵声が聞こえてきた。


 まさか俺に対して言ってるわけじゃないよな? 子供に見つけられるほど、鈍間な動きはしてないぞ。


 多分・・・いや確実に俺に言っていないだろうが、発言が気になったので様子を伺うことにした。


 今日はノアと狩りをするだけだし、そこまで急ぎでもないからな。


 声のするほうへ背の高い草むらを掻き分けて行くと、開けた空き地へと繋がった。草むらから様子を伺うと、そこには5人の子供達。歳は皆俺と同じくらいで、男の子3人に女の子2人だ。


 気の強そうな女の子の周りには、男が3人。まるで姫を守る騎士の様に立っているが、実際は王女様と家来のようだ。そんな4人に攻められるようにして脅えているのは、見るからに気の弱そうな女の子。


「で、でも・・・ここ以外に、あ、遊ぶ場所なんて・・・」

「ほ~んと。いつもいつもびくびくして・・・こっちが嫌な気持ちになるわ!」

「ミリルの言うとおりだぜ! お前がいるだけで全然楽しくなくなんだよ!」

「疫病神は家で遊んでろ!」

「出て来るな疫病神! 病気が移るだろ!」


 先ほど聞こえた罵声も、取り巻きの男がこの少女に向けて発した言葉のようだ。どうやらボス猿の女は、おどおどしている女が目障りなようだな。


 うん。ここで取る選択肢なんて一つしかないだろ。かつて勇者だった者が、これ以外の選択肢を取れるわけがない。


「やーやーそこのお嬢さん。こんな変な奴らと遊ばないで、俺と遊ばないか?」

「!! だ、誰だお前!!」


 急に現れた俺に、誰何すいかの声を上げる取り巻き男子A。しかしそんなのは無視で、ピーチクパーチクわめく4人を背に、脅えてへたり込んでいた少女へ手を差し伸べる。


「行こうぜ! 付いて来いよ!」


 今なお脅えている少女は、すぐには俺の手を取らなかった。俺の手をただただ呆然と見ていて、まるで信じられないものを見たように固まっていた。


 ただ、俺が敵ではないと伝わったのだろうか。恐る恐る。本当に恐る恐る慎重に―――俺の手を握った。


「決まりだッ!」


 握られた手を離さぬようにしっかりと握り締め、力を入れて引張り起こす。


「うわっ!」

「こっちだ! 案内する!」


 少女の手を引き空き地を出ようとした時、俺の正体に気づかれた。大きな村でもないルーラン村で子供など、すぐに見当もつくというものだ。


「お前ルーラン村の騎士の息子だろ!」

「ほんとだ! 母ちゃんが言ってた! あそこの家の子は呪われてるって!」

「疫病神と呪いの子供だ!」


 群れた人間はなんでこう、付け入る隙が出来たと思うと嬉しそうに酷いことを言うのだろうか。俺は紅い眼だからどうしたと思っているから気にしないが、親も呪いの子なんて言うなよな。


 まぁ、いい。無理に反論しても無駄な敵を作るだけだ。それが巡り巡って、この子まで巻き込んでしまうのは避けたい。


「ふんっ。あんたあの騎士の息子なのね! 畑仕事もしないで剣ばっか振り回してる役立たずの!」


 ・・・それは聞き捨てならないぞ。歩みを止め、ゆっくりと振り返る。


 文句を言っても反応しなかった俺が、父親をからかわれて振り返ったのがまずかった。それが弱点かといわんばかりに、嬉々として父さま―――イヴァンの悪口を言い出した。


「楽でいいよな! お前の父親は! 剣振り回してるだけでいいなんてな!」

「うちの父ちゃんの方があんなひょろひょろな奴より絶対強いね! ただ仕事サボってるだけじゃん!」

「いいよなぁお前は。みんな父ちゃんが畑仕事で忙しいって言うのに、お前は好きなだけ父ちゃんとちゃんばら遊びしてるだけだもんな!」

「本当よ! あんたたちも畑仕事やりなさいよ!」


 勝ち誇った気でいるところ悪いが、お前たちはただ口を動かしているだけで一切勝っていないぞ。なぜ文句を言っただけでそこまで優越感に浸れるのだろうか。そして、なぜそこまで人の親を馬鹿にできるのだろうか。


「そうだな。確かに俺は毎日とはいかないが、多くの時間を父さまと訓練の時間として過ごしている。父さまは畑仕事はしないし、この村の周りを警備して獣を狩ってくるだけだ」

「ほら見ろ! やっぱりサボって―――」

「だが、魔物が襲ってくれば真っ先に死ぬのは父さまだ」


 死ぬ。

 その言葉の重みに、子供達は口をつぐむ。


「そして、村を護る父さまが死ねば、次に死ぬのはお前たちの親であり、友達であり、お前たち自身だ」


 はっきりと、彼らにわかってもらえるように言葉に思いを込めて言う。俺の父さまは尊敬に値する、素晴らしい人だと分かってもらえるように。


「父さまはそうならないために、畑仕事をしないで剣を振り、己を鍛え、この村の皆を護れるように命を賭けて仕事をしている。俺はそんな父さまを尊敬しているし、俺もそうなりたいと思って剣を振っているんだ」


 脅えた少女を引き寄せ、強気に睨む少女を指差す。


「俺にとってはこの子も、お前たちも、護るべき大切な村人だ。この子を仲間外れにするのにどれだけ深い事情があるかはわからん。だが、そんなつまんないことに時間を使うより、みんなで一つになって何かを成すことの方が、ずっと楽しいぞ」


 それだけ言い、少女の手を引きながら雑木林へ向かった。


 俺の言葉がどれだけ届いたかは分からない。ただ、立ち去る俺たちに悪口を言う者は、その場には誰もいなかった。




 ◇




 雑木林の入口で、俺は少女の手を離し向き合った。


「俺はウルマ。この村の騎士であるイヴァンの息子だ。よろしくな!」

「あ・・・! え、えっと! その・・・!」


 少女はしどろもどろになりながらも、必死に自己紹介をしてくれた。


「わ、私はエリ、カ・・・です」

「エリカか! 言い名前だ。これから雑木林に入るけど、普段は入っちゃダメだぞ? 俺がいる時だけだ。獣や魔物に襲われちゃうからな!」

「えっ! も、森は危ないからお母さんがダメだって・・・」

「そうだ。ダメだぞ? けど、俺は父さまの息子だからな! こう見えて強いんだ! エリカは俺が守ってやるよ!」


 最初は渋りこそしたが、それでもエリカは俺についてきた。もちろん無理やり連れて行く気はまったくなかったから、自分の意思で付いてきてくれて助かった。


 俺から離れるのを恐れて付いてきたのかもしれないが・・・それでもそれは自分の意思だ。ここで俺と別れて独りになるのを拒んだのは、彼女の意思だろう。


「見せたいやつがいるんだ。俺の相棒で、ノアって言うんだ。きっとエリカも好きになるぞ!」

「な、何を見せてくれるの・・・?」

「白い狼なんだけど・・・旨く説明できないな。とにかくすっごい綺麗なんだよ!」


 エリカを伴い、雑木林の奥へと進んで行く。その間はエリカといろいろな話をした。


 この村のことや美味しいご飯のこと。そして、エリカのお母さんは病弱で床にせっていること。そのせいで疫病神としていじめられていたこと。


 俺は村のことには無関心だったから、エリカのことを知らなかった。俺を遠巻きで眺めてひそひそと話している連中を、詳しく知ろうとは思わなかったのだ。


 そういった他の事を気にして他者をさげすむのは、この村が平和である証だ。平和で余裕があり、娯楽を求めるからだ。俺が前生まれ育った村では、生きるのに精一杯でそんなことを気にかける余裕はなかったからな。


 天候も安定しているためか凶作などなく、魔物は父さまがいるから問題ない。父さまを倒せる魔物が出るなど、それこそどんな村であっても滅びるだろう。


「あれ? いないなぁ・・・ノアーー!! 俺だ! ウルマだ! 出てこーい!」


 そんなことを話しながら、いつもノアと会う場所にきたが、ノアの姿が見当たらない。いままでいなかったことなんてなかったのに、どこに行ったのだろうか。


「いないの? ノアって子」

「おかしいなぁ。いつもは待っていてくれるんだけど。ちょっと遅れたから拗ねちゃったのかな」


 その後も呼びかけたり探したが、結局その日ノアは俺たちの前に姿を現すことはなかった。

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