守るための稽古
『ウルマ。お前は騎士である俺の息子だ。辛いかもしれないが、5歳になったら特訓を始める』
これは俺が4歳になった頃からの、イヴァンの口癖だ。どうやらイヴァンは俺を特訓する気満々のようだ。この台詞を言うたびに、楽しみで仕方ないといった嬉しそうな顔をしている。
イヴァンは今年で25歳。俺は5歳になった。俺の元の世界での年齢が23歳だったから、通算28歳になる。
イヴァンは親としては頼りないところもチラホラ見えるが、人として芯のある男だ。子孫を残せなかった俺と比べれば、遥かに立派だ。
それに、庭で行っている鍛錬の様子を見た限り、イヴァンはなかなか強い。そんな男に特訓をしてもらえるのは願ったり叶ったりだ。
俺も5歳までは身体を鍛えるつもりはなかったし、その間はしっかりと魔力の鍛錬を行ってきたから下地は出来ている。最近は魔力を練るだけでなく、身体へ循環さることで身体能力の強化もスムーズに行えるようになってきた。
子供だと侮れば痛い目を見るだろう。ゴブリンなどの低級・・・いや、しっかりとした武器を持てばオーガくらすの魔物ですら問題なく倒せるはずだ。
それも俺の中に宿る膨大な魔力があってこそだが。
この身体。神の加護を受けていないはずなのに、以前の俺と同等の魔力を持っている。
それも5歳にしてだ。今もなお魔力の量は増え続け、限界を感じられない。
アイオスのように、神の加護を受けずとも膨大な魔力を持つ者はいる。だが、それにしても年齢と魔力量が釣り合っていないと感じずにはいられない。
子供のうちにこれならば、大人へ成長したときどれだけの魔力を持つのか・・・。神の加護を失った代わりに、俺は膨大な魔力を手に入れることが出来そうだ。
「それでは、稽古を始める。準備は良いか、ウルマ」
普段は厳かな父親になろうと奮闘しているイヴァンは、特訓のときでも引き締めた顔をしている。ただ、そこには隠しようもない嬉しさが垣間見えた。
やはり親として、子供に稽古をつけるのは嬉しいのだろう。
今の俺は木剣を片手に、イヴァンと向かい合っている。右目を覆う眼帯は付けたまま。稽古のときは外してもいいと言われたが、これからも隠していくなら付けたままのほうがいい。
眼帯を付けてからずいぶん経つ。日常生活には何ら問題ないし、これくらいなら稽古にもついていけるだろう。
「大丈夫です、父さま」
「うむ。それでは、特訓を始める前に一つ、質問だ」
「質問・・・ですか?」
「そうだ。何故、なんのために、ウルマは特訓をする?」
「魔物を殺すためにです! 魔物を殺し、人類の平和を手に入れるために!」
俺は迷いなく答えを口にする。
イヴァンよ。悪いがこっちはお前よりも長き時を生き、人類を背負って戦ってきたのだ。殺した魔物は数え切れないほどだ。
剣を持ち、命を懸けて戦ってきた長さはお前よりも遥かに長い。きっと『父さまに言われたからです』とでも答えると思っていたのだろう。
「ウルマ。その考えではいけないぞ」
しかし、予想に反しイヴァンは俺の答えを否定する。
「・・・何故ですか?」
「ウルマ、お前は賢い。そして若い。この世界の常識に染まる前に、お前には知っておいて欲しいんだ」
イヴァンは、遠い昔を思い出すように、言い聞かせる。
「剣は殺すために振るってはいけない。護るために振るうんだ」
「だから魔物を殺して人類の平和を手に入れるのではないのですか?」
「そうだな。魔物は強く、多くの人間が殺されている」
「なら―――」
「だが、力の弱い魔物と会ったとき、人類の害のない魔物と会ったとき。ウルマはそれを殺すのか?」
「それは・・・殺します」
殺すに決まっている。害のない魔物などいない。スライムだって子供を殺せるんだ。1匹でも多く減らすことが、人類の平和に繋がるのだから。
「・・・魔物にも心があり、命があると考えたことはあるか?」
「ウルマはまだ俺が殺してきた魔物しか見たことがないかもしれないが、そんな魔物にも家族がいるんだ」
「生きるために必要だから人間を喰い、子のために人間を襲うのだ」
「そんな魔物たちだから、人間も殺されまいと剣を取り戦うのだ」
そうだ。だから魔物は殺さなくちゃいけない。
「だが、ときおり平和な魔物もいる。へたに人間がちょっかいを出さなければ温厚な魔物や、対話が可能な魔人と呼ばれる者たちだっている」
「そんな魔物まで殺すのは、暴力を振りかざしたい者のすることだ」
「ちょっかいを出せば害となるからという理由で殺すなら、俺はヘスティアとウルマ以外の人間も殺さなきゃいけなくなってしまう」
真剣に、イヴァンは俺の眼を見据えて続きを話す。5歳児の息子に対してではなく、一人の弟子として、イヴァンは俺に話している。
「・・・いいか、ウルマ。覚えておけ。この国が魔物は全て悪だと決めても、それを盲目に信じるな。お前の目で見て判断しろ。お前はお前であって、決して国に縛られる存在ではない」
「俺がこれからお前に叩き込む技術は、そんな常識に縛られ考えることを放棄して剣を振るうためのものではない。大切なモノを護り抜くための技術だ」
「それを心に刻み、剣をとれ。そして、その一振りは殺すためでなく護るための一振りであると誇りに思え!」
「・・・・・・まぁ、まだ幼いお前に話しても仕方のないことだが、覚えておいてくれ」
イヴァンは熱が入ったことが恥ずかしかったのか頬をかいている。
護るための稽古。
俺が今まで習ってきたことは、如何に相手を殺すかに重点を置いていた。きっとこれから始まる稽古も内容は同じだろう。
ただ、本質は違う・・・というわけか。
俺にはいまいち理解できない。危険がすぐ傍にあるのなら、それを取り除くべきであると思う。それが例え、こっちから攻撃しない限り暴れることのない魔物であってもだ。
この考えが、イヴァンの言うとこの『常識に縛られ考えることを放棄した』ことになるのだろうか。俺が今まで見てきた魔物たちは、人間を見れば襲ってくるものがほとんどであった。
奴らに心があるとは思えないんだがな。ゴブリンやオークなど、本能で生きる獣と大差ないだろう。
「覚えておいてくれれば良いさ」
俺はよほど不満げな顔をしていたのだろう。苦笑を浮かべ、やや乱暴にイヴァンが俺の頭を撫でてきた。
「さぁ、特訓を始めよう! そこで確認だが、よく魔力の鍛錬をしていると言っているが・・・魔力を認識できてるのか?」
先程のイヴァンの言葉を考えていたら、イヴァンが冗談半分本気半分と言った様子で確認してくる。
「そうです。なんなら父さまも倒せちゃうかもしれませんよ?」
「ほぉ」
イヴァンはとても楽しそうに笑みを形作る。
「それはいい案だ。よし! まずは父さまと戦ってみるか。そこから訓練の内容は決めていこう」
悪戯っ子のように挑発すると、イヴァンは嬉しそうに乗っかってきた。イヴァンも木製の剣を持ち、数メートル離れた位置で立ち止まった。
「好きなタイミングで来い!」
イヴァンは形として構えは取っているものの、余裕のあるゆったりとした雰囲気だ。
あれはきっと俺を舐めているな。まぁ、5歳児が魔力を練れたところで対した力にはならないだろうから、当たり前か。
俺の中で悪戯心が顔を出す。
ふっふっふ。さっきの難しい問いの仕返しだ! 驚かしてやる!
腰を落とし重心を低く意識する。
自然と木剣を握る手に力が入る。
構えるは脇構え。
脇に差すように木剣の切っ先を下へ向け、意識を集中してゆく。
10年以上とり続けた構え。
この身体では初であるが、経験は俺の中で生き、昔となんら変わらずに、ぴたりと構えがとれる。
この構えを見ても、イヴァンに変化はなかった。その顔には慈愛が浮かび、精一杯がんばる息子を見つめる父親の顔だ。
イヴァンは強いと思っていたが・・・俺の構えを見てもこの態度。・・・少し評価を高くしすぎたか?
身体の奥底で魔力を練ってゆく。
相手を見ただけで評価するのは、後に痛い目を見る。ぐだぐだ考える必要もない。全力を出せばイヴァンの実力も分かるというものだ。
呼吸を整えタイミングを見計らう。
一匹の蝶が我が家の庭へ迷い込み、二人の間を通り抜けた瞬間―――勢いよく地面を踏みしめ、イヴァンの下へ駆け抜ける。元勇者の本気の踏み込みに、さすがのイヴァンも反応できずにいる。
この距離だ! たとえ今から俺の攻撃を迎撃しようとも、そんな攻撃掻い潜って一本入れてやるッ!!
パギィイイイッ!!
木剣同士がかち合い、その威力の違いによって片方の木剣が叩き折られた。勝負は一瞬。たった一振りで勝敗は決した。
剣を失ってから足掻くことはせず、逆に剣のない相手に襲い掛かる者はこの場にはいない。これは護るための稽古であり、騎士としての誇りを持った者たちの試合の場であるからだ。
「魔力の練りは十分だ。それを体内で循環させ、身体能力をそこまで上げられているのは大したものだ。だが、私に勝ちたいならまだまだだ。まずは身体作りからだな」
「・・・はい、父さま」
俺はへし折れた木剣を握り締め、ただ返事をするしか出来なかった。
◇
何故だ。
何故、俺は負けた・・・?
黙々と走り込みをしながら、今朝の父さまとの稽古を思い出す。
油断など皆無。イヴァンの肉体や普段の稽古の様子を見ていれば、彼が一流の剣士であることなど疾うに理解していた。そんな男が相手だったのだ。今持てる全力でもって、俺はイヴァンに斬りかかったはずだった。
にもかかわらず、結果は惨敗。
剣士の命である剣をへし折られたのだ。それもただの木剣ではない。俺の魔力を流していた木剣を、だ。
俺には絶対の自信があった。子供の身体だと言い訳をするつもりはない。むしろ、子供の身体を十全に活かしての戦い方で臨んだ。
完敗だった。まるでバラクを彷彿させる完璧な体運びだった。完全に出遅れたと思っていたイヴァンだが、あたかも俺の行動を予期していたかのように、流れるような動きで俺の攻撃にあわせてきた。その動きは完成されていて、高みに上り詰めた者の技であった。
そして魔力の操作。ただの木剣に対してあそこまで均一に魔力を流し続けるなど、並みの才能ではない。あれを見ただけで、今までのようにただ魔力を木剣に流すだけでは勝てないとわかる。
体運び、魔力の操作。両方とも、今の俺ではイヴァンに勝つことは出来なかった。
これだけ見れば、俺が負けたのにも納得できる。しかし、勝負とはそんな目に見える実力だけで決まるものではない。
積み重ねてきた経験や精神面の影響は大きく、時に自分よりも強大な敵を屠れるほどの力を与える。旅の途中に立ち寄った酒場でも、度々そういった話を聞いた。
俺は外見こそ子供だが、経験や精神面ではイヴァンに勝っているはずだ。何年、何百匹と魔物を殺してきたというのだ。勇者として生きてきた戦いの経験が、俺にはある。
そんな俺が、あれほどあっさりと敗れるだろうか?
そもそも、あの一撃。初動で俺があれだけ肉薄したのだから、俺の攻撃に合わせるどころか、俺は間に合わないと思っていた。
いや、間に合わないのだ。俺の積んできた経験では、間に合うはずがない。
それが気づいたら俺の攻撃に割り込まれ、いともたやすく俺の木刀をへし折った。
魔法か? そんな隙も無かったはずだが・・・。それとも、俺が相手の力量すら測りかねる程の実力差があるっていうのか?
悶々としながら、ひたすら走った。
「ウルちゃ―――ん!! 休憩しなさ―――い!!」
ヘスティアの窘める声を聴きながら、その日は結局倒れるまで走った。
◇
イヴァンとの稽古が始まって数ヶ月が経った。
稽古は主に身体作りの基礎トレーニングと、イヴァンとの模擬試合、それに魔力の運用練習だ。
稽古初日。俺は絶対の自信を持ってイヴァンに立ち向かったが、結果は惨敗。
それからはイヴァンの稽古をまじめに受けている。いや、もともとまじめに受ける気でいたが、より一層だ。
正直なところ、心のどこかで勇者だった俺にどう稽古をつけるのかと、調子に乗っている部分があった。なんせ、そこそこ強い練習相手が出来たと思っていたくらいだ。相手、それも父親に対して敬意も払えない奴は負けて当然だろう。
イヴァンとの訓練の時間は模擬試合や魔力の鍛錬を重点的に行い、イヴァンが仕事でいないときは身体作りを行う。それが最近の俺の日常だ。
イヴァンは良い指導者だ。俺の剣がすでに一つの形となっていることを見抜き、剣運びには余り口出しをしてこない。指摘される箇所を直せば今まで以上に動きやすくなり、話す内容も理知的でわかりやすい。
俺はどうやら運がいいらしい。バラクに続き、この世界でもよき師にめぐり合えたのだから。
そんな俺は、村の外れにある雑木林へやってきている。雑木林と言っても、奥に行けば森となり山々が連なっている。山菜やキノコ、果物だけでなく薬草も採れるここは、日々の食卓を豊かにする恵の土地だ。
しかし、山には魔物も住み着いている。もちろん、魔物も現れるこんな危ない場所に子供は行ってはいけないと言われているが、ヘスティアはもちろんイヴァンにも内緒できている。
理由は簡単だ。
特訓のためである。
俺が戦うのは人ではなく魔物。イヴァンとの訓練だけでなく、獣やはぐれた低位の魔物と戦うことで戦闘の勘を取り戻すのだ。
最近のイヴァンとの稽古で、子供の体でも十分俺の力は通用することは分かっている。魔力の鍛錬の成果もあって魔力量もこの数ヶ月でさらに伸びてきたし、敵を選べば問題ない。
最近は森で狩りをし、獣や果実、薬草を採ってきている。両親には内緒といってはいるが、多分・・・いや絶対ばれている。
そもそも、山の恵みを持ち帰っているのだからばれてるに決まっている。それでも何も言ってこないのは、イヴァンがヘスティアを説得してくれたからだろう。そうでなくては、あの過保護なヘスティアが危険な場所に向かう俺を止めないはずがない。
まぁ、それでも必要以上に心配されているんだが。
そんなこんなで、今日も美味かった野鳥2羽と、果実に薬草をヘスティアが作ってくれたバッグいっぱいに詰め込んだところだ。
「うし。こんなもんでいいだろう。そろそろ帰るとするか」
今日は野鳥が奥へ逃げてしまい、いつもよりも少し林の深い場所に来てしまっている。それでも出てくる獣ごとき敵ではないし、イヴァンから聞いたこの辺りに住む魔物たちであっても、問題ないだろう。
ガサッ
そう思った直後、俺のすぐ傍で物音がした。
「―――ッ! 誰だッ!!」
誰何の声を上げるが、答える者はいない。
常に気を張っていたにもかかわらずここまで接近されるとは!! 一体何ものだッ!
音が聞こえたと同時に、イヴァンに渡された小刀を抜刀し、構えを取る。集中するのは物音のするほうだけではない。周囲全てに気を配り、不意打ちの芽を潰してゆく。
草木を掻き分ける物音はまるで警戒心のない様子で、こちらへ向かってくる。
・・・・・・来るッ!!
「・・・・・・なんだ? お前は」
林から姿を表したのは、一匹の魔物。いや、魔物なのだろうか、この生き物は。
一匹の純白の狼。尻尾の付け根には純白に燃ゆる炎の翼。瞳は俺の右目と同じく、爛々と紅く輝いている。大きさはそう大きくは無い。普通の狼となんら変わらないサイズ。毛並みはどこまでも白く、今まで見てきたどんなものよりも美しい。
そんな生き物が俺の前へ現れた。
この生き物は一体何なのだろうか。魔物とは思えないが、獣でもないだろう。神の使いと言われたほうが納得できる。
「もう一度問う! お前は何だッ!!」
得体の知れない敵を前に、どう対処すればいいのか戸惑いを隠せない。この生き物に敵意があれば迷い無く対処できただろう。その時はただ戦えばよいのだ。
しかし、目の前の生き物からは一切敵意といった負の感情が感じられない。むしろ感じられるのは懐かしい気持ち。暖かく、安心する。そんな感情だ。
幻術ではない。俺が、俺自身が目の前の生き物を受け入れようとしている。
「敵・・・ではないのか?」
そいつはゆっくりと、俺の下へと近づいてくる。一切喋りはしない。だがその顔からは、敵ではないと言われているような気がした。
そいつは俺の前まで来ると立ち止まり、ジッとこっちを見てくる。背中では炎の翼が煌々と燃え上がっているが、熱さは全く感じない。
幻術の類なのだろうか? そういえば雑木林なのだから周りには草木が生い茂っているが、火が燃え移っていないな。
そんな目の前の狼に、俺は無造作に手を差し伸べる。
馬鹿ッ! 何をやっているんだ俺!! この身体は俺だけのモノではないんだぞ!! こんなわけの分からない生き物に手を差し伸べるなんてッ!!
頭では自分の行為のおろかさを理解している。しかし一度動き出した身体はいうことを聞かず、まるで吸い寄せられるようにそいつの頭へと向かってゆき―――撫でた。
瞬間。俺の中に欠けていた何かが埋まるような、そんな気持ちになる。目の前の狼に、懐かしさすら感じられるほどだ。
そいつは撫でられるのに抵抗せず、むしろ頭を手にこすりつけ気持ちよさそうにしている。
これは・・・懐いた・・・のか?
なおも毛を触り、撫で、もふもふを楽しむが、そいつは嫌がるそぶりを一切見せない。燃える翼も触ってみたが全く熱くはなく、むしろ暖かく心地よかった。
「お前は一体なんなんだ?」
問いかけるが答えは返ってこない。喋ることができないのだろうか。コイツはさっきから撫でたりしているが、一言も声を出さない。それこそ、鳴き声一つだ。
「ん。もうこんな時間だ」
元々帰るところだったこともあり、周囲はすでに薄暗くなってきている。流石に信頼されているとはいえ、夜になれば二人が心配してしまう。
「すまない。俺はそろそろ帰らなくちゃいけないんだが、君を連れて行くことはできないんだ。君を連れて行ったら村が大騒ぎになるからな」
この数分ですっかり懐かれたのか、安心しきったような顔の狼に語りかける。
「次にここへ来るのは、そうだな。3日後だ。3日後にまたここへ来る。その時また会おう」
優しく丁寧に頭を撫でる。狼も目を細め、気持ちよさそうに受け入れてくれている。
「じゃあな。あっ、名前がわからないな。名前ってあるのか?」
狼に尋ねると、そんなものは無いとばかりに首を振る。
「そうか・・・。なら俺が名付けよう」
そう言うと、狼は目を見開きすごい勢いで顔を上げてこちらを見てくる。まるで期待しているような、そんな顔。
「嫌ではなさそうだな。・・・なら、君の名前はノア。今日からノアと名乗るといい」
狼改めノアは、とても嬉しそうに尻尾を振り回し、炎の翼をより一層燃え上がらせている。どうやらお気に召したらしい。
「3日後に来る。またな、ノア!」
大きく手を振りながら、いつまでもこちらへ尻尾を振っているノアを背に、急いで家へと向かった。