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元気に育っています

 月日は流れること早3年。俺も、今では家中好きなように動き回れるように成長した。


 3年経つが、勇者だった頃の記憶が日に日に思い出せなくなってきた。魔界へ行く前の記憶も朧気で、王の顔すら忘れかかっている。魔物との戦いや、旅の思い出、受けた依頼に別れていった仲間のことも。


 諦めずに思い出す努力はしているが、元の世界へ戻ればそんな問題も解決する。そう信じて、いや、そうでも思わないと気が狂ってしまいそうになる。


 元の世界へ戻る足掛かりとして、俺はまず字を覚えることにした。これは最優先事項といっていいだろう。


 俺の目的は元の世界へ戻ること。その方法を探るために学者を捜して聞いて周ってもよいが、自分で書物を読み漁り調べる事も大事だろう。


 俺のいた世界では転生者に出会うどころか、異世界転生など聞いた事もなかった。しかし、王国の書庫をくまなく調べれば、手がかりくらいは掴めるかもしれない。


 こっちの世界でどれだけ異世界転生の研究がされているかは分からないが、それを調査するためにも読み書きはできる必要がある。


 それに暇なのだ。


 俺はまだ3歳で、身体も出来上がっていない。この歳から身体を鍛えても、メリットよりデメリットのほうが大きいだろう。それならば、まずはこの世界を知るべきだろうと考え、実践している。


 1歳の終わりから本を読み始め、母親であるヘスティアの協力もあってか、今ではほとんどの文字も読めるようになった。


 ヘスティアは本当に良い母親である。俺が何度も何度も同じ本を持っていき読み聞かせをねだっても、嫌な顔一つせずに読んでくれた。わからない単語を指差せば意味を教えてくれるなど、俺がこの世界の文字を読めるようになったのには彼女の力によるところが大きい。


 しかし本はやはり高価なもので、我が家には4冊しかないのだが、それでも文字を覚えるには十分であった。1冊も持っていなかった元の世界の実家に比べれば、遥かにましだ。


 本の内容は宗教に関する本が2冊、薬草と効能に関する本が1冊、数人の偉人を綴った英雄譚が1冊あった。


 まずは宗教に関する本から説明しよう。


 この本の存在は大きかった。宗教は国と大きな繋がりを持つものだ。これから先、国家が保有する書物を閲覧しようとすれば、その国の宗教とは絶対関わることになるだろう。その時どれだけ宗教について精通しているかで、相手の心象は大きく変わるものだ。


 俺自身はリリと同じ元の世界の宗教を信仰しているが、事と場合によっては偽ってもいい。俺はリリほど強い信仰はなかったが、それでも朝起きて祈りを捧げ、眠る前には良き日の巡り会わせに感謝し祈っていたものだ。


 今までなら、神を偽るなんて発想は生理的にできなかっただろう。しかし、なぜか転生してからはそういった祈りを捧げようとは思えない。


 神の加護と共に、俺の信仰もなくなってしまったように感じる。それでも形だけは今もなお祈りを捧げているが、そんな形だけの信仰に意味があるのかと思い始めている。


 もしかしたら、俺が元いた世界の神と、こちらの神は違うというのだろうか。今の俺の信仰の態度を見れば、リリからの説教は間違い無しだな。


 おっと話がそれた。ここで問題となっている宗教だが、こちらの宗教は俺の信仰している宗教とはだいぶ違うらしい。


 国に関わりがあるというか、この国は宗教国家であった。俺が信仰している宗教は、政治的なことなど一切やっていなかった。


 宗教の名前はセレス教。唯一神セレスを頂点としたものであり、魔物から人類を守ることを教義としている。そこは元の世界の宗教と大して変わらない。そして、やはりこの世界にも魔物はいるようだ。


 種として弱い我々人類は、徒党を組んで魔物と戦わなければ勝てない。そんな人間には住みにくいこの世界で、心の拠り所となる宗教は救いだ。祈りを捧げ信仰心を持てば、それが希望となり明日への活力となる。


 俺も辛い日々を過ごしてきたが、祈りを捧げている時は自然と落ち着き、安らかになった経験がある。


 そういった宗教を根幹とした国。それが俺の転生した世界で唯一ある人間の国、アース大国だ。


 なんと驚くことに、この世界には人間の国家が一つしかない。いや、それは語弊があるか。元は小規模な国家が、連合国として君臨したのだ。寄せ集めであった国々はやがて一つの大国へと結束し、国家の首領たちは貴族として領地を治めることになった。


 そうなったのには、この世界の魔物たちが原因している。


 元の世界と異なり、この世界では魔物たちが集まり国をつくっているのだ。森などにすみ着くゴブリンや野良の魔物もいるが、人間のように集まり集団として生活している者たちもいる。


 たちが悪いことに、そういった巨大な勢力を築いている魔物たちは、ゴブリンのような雑魚ではない。オーガや獣人、より強力な個体を王に据えた魔物の集団など、強大な力を持つ魔物たちだ。


 そんな魔物の国が点在するこの世界で人間が生きていられるのは、まさにセレス教のおかげなのだ。


 人類はセレス教の教えの下、一丸となり戦っている。魔物を退け領地を拡大していき、魔物たちの侵攻を食い止め、国家を維持しているのだ。


 魔物の攻撃を受け国が疲弊しても、決して分裂することなくアース大国は現在まで顕在している。それは一重ひとえに、セレス教の結束力のおかげだ。


 その高い結束力は、唯一神であるセレスが実在する人物、いや神物だからこそ実現しているのだろう。それも遥か昔から今の今まで姿形も変えず、ずっとだ。


 人間は姿形がわかり、自分が認識できるものに関心を寄せる。魔物に家族を殺され絶望の淵へ立った者の中には、神などいないと叫んでいる者もいた。見たこともない神を信じるなど、バカバカしいという者もいた。


 しかし、この世界では神は実在する。そんな神を筆頭にした国ならば、結束力も高くなるというものか。


 この宗教について書かれた2冊の本には、セレス教の教義だけでなく、そんなセレス神の行ってきた奇跡や逸話、国のあり方などが書かれていた。中には眉をひそめるものもあったが、国どころか世界が変われば国のあり方も大きく異なるのだろう。


 この2冊のおかげで、この世界の常識、根幹となる宗教について学ぶことができたのは大きな収穫だ。


 次に薬草と効能に関する本。これは読んで字の如くだ。


 全ての薬草が載せられているわけではないだろうが、イラスト付きでとてもわかりやすく絶対に無駄にならない知識だ。旅をするときは、薬草の知識があるかないかで生き残れるかが決まることは、多々ある。前の世界の薬草と共通のモノもあるので、とても助かった。


 俺も旅を始めたときは、工作や斥候が得意だったミドルやバラクに世話になったものだ。


 薬草は癖を覚えれば見分けやすい。

 この世界で仲間ができるかわからないんだ。

 死ぬ気で覚えていくしかない。


 幸い産まれたてのこの身体は頭が柔らかいようだ。文字も思ったよりもずっと早く覚えられたし、薬草の知識も日に日に覚えていっている。


 庭には残念ながら薬草が生えてないから確認できないが、家の外に出られるようになったら薬草集めを始めよう。珍しい薬草は高値がつく。この家の家計の足しにでもなれば、上等だろう。


 そして最後の1冊。

 これはよくある英雄の話だ。


 セレス神の逸話に加え、これまで活躍してきた英雄たちの話。攫われた子供を助けるために魔物の群へ単身で飛び込み救出した話や、襲い来る魔物から貴族の令嬢を逃がすために命を賭して戦った話など、英雄譚サーガは多岐にわたった。


 知識としては微妙なとこだが、内容は面白かった。よく寝物語に読んでくれと、せがんでしまったほどには。


 前の世界でも、よく酒場で詠う吟遊詩人の英雄譚サーガは好んで聴いていたが、こういった本を読んでも良かったな。


 ただ、この本からでも常識というか風習というか、そういったものを知ることはできた。それは聖騎士の人気。


 聖騎士とはアース大国に使える騎士の最高位の存在だ。詳しくはわからないが、どうも聖騎士の隊長格は教皇と同じレベルの権力を持っているらしい。そして、聖騎士は複数の部隊があるようだ。


 聖騎士の意向がアース大国の意向となるのだろうか。それとも、あくまで聖騎士は力があるというだけで、国として、宗教としての意向は教皇が行うのだろうか。


 その辺はまだ全然分からないな。ただ一ついえることは、聖騎士は子供達の憧れの職業だということだ。


 強く正義心に満ち溢れ、己の信ずるもののために戦う。魔物あくから民を護り、平和と秩序のために力を振るう


 ・・・うん、いいな! やはり力とは正義とともにあるべきだ!


 元勇者として、そこは譲れない。むやみやたらに振るう力など害でしかない。


 聖騎士か・・・。なってみてもいいかもな。


 俺には前の世界での経験が残っている。訓練の仕方、剣術、格闘術、魔力の練り方に魔物との戦い方。頭の出来はいまいちだったから自信はないが、武力には自信がある。


 聖騎士は国としての地位も高いみたいだし、俺の望む資料の閲覧も出来るかもしれない。もし、この世界にリリたちが来ていても、聖騎士ならば情報が入りやすいだろう。


 なにより目指すべきは元の世界へ戻ることだ。聖騎士になるのには不純な動機かもしれないが、護るために力を振るいたい思いは本物だ。それに、この身体のまま戻ることになってもいいように鍛える必要は出てくる。俺にとって聖騎士を目指すことは一石二鳥だろう。


 まだ生まれて3年。身体を鍛えるには早すぎる歳だ。それでもじっとしていることは出来ず、文字を覚えることと平行して魔力の鍛錬を行っている。


 魔力の鍛錬とは、自身の中で魔力を練り上げ負担をかけることだ。身体同様、魔力も負担をかければその分強くなろうと成長していく。


 個人によって上限は決まっているものの、魔力の鍛錬は幼い頃からやったほうが伸びやすいと聞いたことがある。それは本当のようで、魔力の鍛錬は元の世界から続けているため感覚で覚えているが、日に日に魔力量が増えていることが感じられる。


 いい傾向だ。もう少し成長するまでは、魔力の鍛錬に集中しよう。


「ウルちゃんまた眉間にしわを寄せちゃって! お父さまみたいになっちゃいますよー?」


 家事が一区切り付いたのか、俺をかまいにヘスティアがやってきた。


「母さま。今は魔力の鍛錬で忙しいの!」

「ウルちゃんは偉いねー! 私に気を使わないで続けてていいわよー」

「・・・」


 椅子に座るヘスティアは、何が楽しいのか俺の事を見ながらニコニコ笑っている。少しうっとおしいと感じるが、ヘスティアを邪険に扱うつもりは一切ない。


 いい親の条件が子供を第一に考えるというのであれば、ヘスティアとイヴァンは最高の両親だ。彼らは俺のために第二子を産むつもりはないそうだ。


 理由は俺の右目。この、血を垂らした様に紅い瞳。


 紅い瞳は災いを呼ぶ存在―――悪魔の証。この世界での通説だそうだ。


 俺が1歳の頃、ようやく言葉が分かりだした頃に、二人の会話でそれを知った。


『ヘスティア、ウルマが産まれて一年。決心は変わらないな?』

『ええ、あなた。・・・きっとウルマは、瞳のことでいわれの無い苦労を背負うことになるわ。私たちがウルマを支えてあげなくちゃいけないもの』


『・・・。息子と娘を育てるのがお前の夢だったじゃないか。ウルマは俺の子だ。きっと紅い眼なんかに左右されるような―――』

『いいえ、あなた。それはダメよ。私の過去を知っているでしょう?』


『・・・』

『ウルマを立派に育てるのが、今の私の夢。・・・ありがとね、私のために。ウルマに紅い瞳を授けてしまったダメな母親なのに』


『何を言う。紅い瞳を持っているから、私とヘスティアの子なんだ。私はウルマを産んでくれたことに感謝しかしていないぞ』

『・・・ありがとう。でも、あなたにはこの子を護ってもらわないと』


『当たり前だ。大丈夫だとは思うが******が来ようとも守って見せるさ』

『ここは静かな村。きっと******もこないわ』

『来ても瞳が紅いだけだ。きっと大丈夫さ』


 後半はよくわからない固有名詞のせいで覚えていないが、ヘスティアがもう一人子供を望んでいて、俺のせいで子供を諦めたことだけはわかった。


 俺が思っている以上に、紅い瞳というのはこの世界で良くないのかも知れない。どんな理由なのかは、会話からは分からなかったが、もう一人子供を育てることを諦めるほどなのだから。


 今も、俺は右目に眼帯をつけて隠している。それだけ、紅い瞳というのは隠さなければいけないものらしい。


 それでもヘスティアは俺を疎かにするどころか、溢れんばかりの愛情をもって接してくれる。それは一方的な愛情の押し付けではない。母親として、自分の子供を立派に育てるために注ぐ愛情だ。


 そんな親を邪険にするなど、できるはずもない。


 しばらく、瞑想し意識を集中して魔力を練っている俺と、それを見守るヘスティアとの穏やかな時間が流れていた。


「ウルマ。返事はいいわ。ただ、聞いてちょうだい」


 落ち着いた声。いつものように明るく愛嬌のある声とは違う、母性を感じさせる声。とても安心する声だ。俺を産んだ母親だからこそ、ここまで安心できるのだろうか。


「あなたの紅い瞳はね、とっても綺麗なのに、この世界がダメって言うの。そのせいであなたは苦労すると思うわ。そんな風に産んだ私を恨んでもかまわない」


「けどこれだけは覚えておいて。あなたは私たちのことは気にせずに、好きに生きなさい。相手の気持ちばかりを考えるんじゃなく、あなたの気持ちを大切にしなさい」


「そして、できることならその瞳を誇りに思って。私と、お父さまの子供の証として、その瞳を誇りに思ってちょうだい」


 俺がしゃべりだした頃から、ときおり言い聞かせる言葉。そんな言葉に、俺は決まってこう返す。ありのままの本心を。


「僕は母さまと父さまの子供であることを誇りに思ってるよ」


 毎度のやり取り。ただ、その度にヘスティアの目は潤む。


「なら、お父さまみたいに強くなりなさい! もし村の悪ガキにその眼のことでなにか言われたら、そんなやつぶん殴ってやりなさい!」

「眼帯してるからバレないよ! それに殴っちゃダメでしょ・・・」

「いいのよ! 誇りを馬鹿にされてじっとしてるほうがダメなんだから! 私だってそうしてきたわ!」


 シュッシュッ!と口で言いながら宙に向けてパンチするヘスティア。本当か嘘かは分からないが、あのパンチなら当たっても痛くなさそうだ。


「でも父さまはこの村を護る騎士だから、その息子の僕が村の子供を殴っちゃダメだよ」

「あっ・・・。そうねぇ、確かに・・・」


 そう。俺の父親であるイヴァンは、この村に派遣された守護騎士だ。


 守護騎士とは、襲い来る魔物から村を守る騎士である。イヴァンは、こののどかなルーラン村で魔物や獣を狩ることで、村へ貢献しているのだ。


「でも大丈夫よ! ウルちゃんをいじめるそいつらが悪いんだから!」


 本気で言っているのだろうか・・・。


 ただ、もし本当に俺が殴って問題になったとしても、絶対にヘスティアとイヴァンは俺の味方をしてくれる。そう思っているあたり、この3年間でずいぶん二人を信頼するようになったんだな。


 それからも、俺はヘスティアが見守る中、魔力の鍛錬に励むのであった。

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