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転生

 眩しい。目を開けると、目の前に亜麻色の髪をした綺麗な女性が俺を見ていた。


 ・・・誰だ?


 女性は俺と目が会うととても幸せそうで、けれど今すぐにでも泣き出しそうに目尻に涙を浮かべている。


 俺は涙を拭おうと手を上げようとするが、思うように身体が動かない。まるで俺の身体ではないみたいだ。


 一体どうなってるんだ?

 そもそもここはどこだ?


 落ち着け、思い出すんだ。俺は気を失う前まで何をしていた?


 ・・・・・・―――ッ! そうだ! 俺は魔王を倒すために、各地を旅してまわっていたいたんだ! いや、違う! 俺は仲間とともに魔界へ踏み込んだんだ(・・・・・・・・・・)!!


 そうだ、思い出してきたぞ・・・。長い旅を終え、魔物との戦い方を理解した俺は、とうとう魔界へ攻め入る時がやってきたんだ。


 そうだそうだ! 確か魔界へ踏み込む前に、アイオスの奴がいつもみたいにくだらないことを言っていたっけ。あんな風に笑いあったのは、あれからあっただろうか・・・。懐かしい・・・。


 ・・・うん? 待てよ・・・懐かしい?

 アイオスがおちゃらけるのは、いつものことだろ? なんだ・・・記憶にもやがかかっているみたいに、うまく思い出せないぞ。


 どうなってる? 記憶が混濁してるのか?


 ・・・いや、気になって仕方がないが、今は置いておこう。順序を見誤るな。まずは、「なぜ俺が魔界へいないのか」、これが最優先だ。


 確かに俺は・・・俺たちは魔界へ繋がる歪みへ踏み込んだ。間違いなく、踏み込んだはずだ。あの歪みを抜けたのなら、俺は魔界へ来ているはずだ。


 ならば、この暖かな日差しが灯るここが、魔界だというのか? 目の前の女は、魔物とでも?


 いや、それ以前に、みんなはどこにいる? バラクにリリ、それにアイオスは? 歪みを共にくぐった全員がこの場にいないのは、どう考えてもおかしい。


 魔界へ繋がっているはずの歪みが、別の場所に繋がったとでもいうのか? それならば、皆がいないことの説明がつかないし、俺の身体が動かないのも不明だ。


 幻術というわけではないだろう。神の加護を授かる勇者である俺に、幻術など意味をなさないからな。


 ならば転移魔法か?

 太古の昔に消滅したという転移魔法が、偶然発動したとでも? それなら一体誰がどんな理由で、こんなわけのわからない場所に飛ばす?


 答えが見つからない。何か大事なことを忘れている気がするが、それすら思い出せない。自身の半身を失ったように、記憶があいまいだ。


「ーー・・・ーーー・ーー」


 思考にふけっていると、俺を抱き上げている(・・・・・・・)女性が何やら喋っている。


 何語だ? 方言にしても、言っている言葉がわからないぞ。人界を渡り歩いてきたはずだが、こんな言葉は聞いたこともない。


 秘境に住む部族かなにかか? もしや本当にここは魔界で、目の前の女は魔界に住んでいる人間だとでも言うのか!?


 ・・・まてまてまて。言葉なんてどうだっていい。現実から目を逸らすな。この女は、俺を抱き上げている? どういうことだ???


 そう、目の前の女性は、あろうことか俺を抱き上げているのだ。俺は戦士のバラクに比べて細身だが、それでも鍛え上げた身体をしている。そんな俺を、目の前の女性が抱き上げられるはずがない。


 しかし、現に俺は軽々と女性に抱かれている。


 一体全体どういうことだ。目の前の女性が、物凄く力持ちってことなのか? それとも、ものすごく巨人ということだろうか。


「ーーーーー・・ーー・・・・・ーーー」


 目の前の女性とは別に、今度は男性の声が聞こえる。女性と同じ言語だろうか、こちらもやはり聞き覚えのない言葉だ。


 とりあえずは、この二人にここが何処なのかを聞かなくては、何も始まらない。俺は神の加護を受けし、人類の希望である勇者なのだから。


 国王にも誓ったように、必ず魔王を殺して人類に永久の平和をもたらすんだ。それが、俺が勇者として生きる意味であり、道半ばで死んでいった仲間たちへの償いでもあるのだから。


 魔王は魔界を統べる者。魔界は不浄の地とされ、とても険しい場所だと聞くが、だからこそ勇者が率先して先を歩まなくてはならない。頼もしく絶対の信頼を預ける仲間たちであっても、その役目は変われない。


 俺は、早くあいつらと合流して、魔王討伐へ向かうんだ。あいつらが先へ進むというのに、俺が立ち止まっていてどうする。勇者なら、あいつらの先で待ってなくてどうする!


 言葉は通じずとも、意思の疎通は出来るはずだ。身体は重く、動かすのが精一杯ではあるが、俺は勇者であり数々の魔物を屠ってきた男だ。こんなことで根をあげている場合じゃないだろ!!


「あーあーー!! うぁ〜?」


 ここは何処かと尋ねようとしたが、俺の口から出てくる言葉は、そんな言葉にもなっていない呻き声のようなモノだ。その声を聞いた瞬間、嫌な予感が駆け抜ける。


 上手く声が出せないのはまだいい。長い間眠っていたなら、喉が張り付き声が出にくくなるだろう。


 問題は声のほうだ。今の声は明らかに俺の声ではない。まるで・・・そう、赤子のような甲高い声であった。そして、その声はあろうことか俺の口から漏れ出ている。


 俺を軽々しく抱き上げる女性、赤子のような声。それが導き出す答えは・・・いや、まだだ。情報が少なすぎる。馬鹿なことを考えるな! それに、その答えは認められるような話ではない。


 そう、まずは自分の身体を見てからだ。一部でも見れば全てに答え合わせが出来る。


 体は無理だが、何とか腕は動かせる。少しでも動かしやすいように体内の魔力を循環させようとしたとき、さらなる悲報が俺を襲う。


 ―――神の加護が消えていた。


 俺が勇者となった原因であり、過酷な旅の最中幾度となく訪れた死線を生き残らせてくれた恩恵でもあった。勇者とは神の加護を授かった者。すなわち、神の加護がなければ、それはもう勇者ではない。


 神の加護を失う理由は2つある。一つは死ぬこと。死んでしまえば、当然のように加護は失われ、次代の勇者へと受け継がれる。


 そしてもう一つ。魔王がいるから勇者がいる。つまり、魔王が倒されれば、勇者もその役目を終えて加護も消える。


 確か、これは王国の学者が唱えている説であったな。有力な説として取り上げられていたから覚えている。


 この説が正しいとすれば・・・魔王が殺されたということか? まさか!一体どこのどいつに!? 仲間割れでもしたのか?


 魔王を倒した魔物がいたとしても、そいつは魔王にはならないのか? もし魔王殺しの魔物が魔王にならないのであれば、そいつをどうやって殺せばいいんだ!?


 考えることは山ほどある。検証も必要だろう。だが、馬鹿な俺が一人でいくら考えても答えは出ない。こういう時はアイオスが頼りになる。


 ならば、まず仲間と合流を優先し、ここがどこで魔王がどうなったのかを確認するべきだ!


 これからの方針を固めていく。

 ―――目の前の現実から目を背けるように。


 ・・・そう、なんとか持ち上げた手は、小さな小さな紅葉のような手をしていた。


 俺の手は徒手空拳の訓練によって拳を何百回と壊し続けた結果、相手を壊すことに特化した拳へと変質している。


 素手であろうとも、ホブゴブリン程度なら殴殺できるほどのごつごつした堅固けんごな手だ。こんな軟らかく、暴力とは無縁の小さな手などでは決してない。


「―・・・―――・・」


 受け入れがたい事実に動揺し目を逸らしていると、男性が俺のことを女性から受け取り抱きかかえた。


 若い。俺よりも年若そうな男だ。女性と同じくらいの年齢だろう。茶髪のようだが、光の当たり方によっては赤毛にも見える。


 体つきは良い。しっかりと鍛え上げられた、戦う者の身体をしている。バラクと比べるのは可愛そうだが、俺の身体より少し劣っている程度ではないだろうか。大切な者を守るため、信念を持って鍛えた身体だ。


 俺を覗き込む顔には、先程の女性同様に深い慈愛の感情が浮かんでいる。優しく、優しく頭を撫でてくる。


 何事かを話しかけてくるが、俺は男性の瞳に釘付けになっていた。俺を覗き込む瞳に移っている―――赤子の姿に。




 ◇




 俺がこの世界に生まれ落ち、1年が経過した。1年が経ち、ようやく俺はこの世界が現実であると理解し、受け入れることが出来た。


 それだけ時間を有したのも仕方ないだろう。いきなり気がついたら知らない言葉を話す国の赤ん坊になっていたのだ。酒の肴にすらならないつまらない冗談だ。すぐさまそんな現実を受け入れられる奴なんて、何本か頭のネジがぶっ飛んでいる者だけだろう。


 この一年間、まず俺は魔王による幻術を疑っていた。俺の最後の記憶は、魔界へ侵略するために、空間の歪みへ踏み込んだ時だ。魔王が創り出した歪みだ。魔王が何か罠を仕掛けていたと疑うのは至極当然であろう。


 だが、幻術の線はもうない。幻術は、魔法を発動している間、常に魔力を使う。いくら魔王といえど、一年も幻術をかけ続けるだけの魔力があるとは思えない。


 それに、幻術にしても俺を赤ん坊にする意味がわからないうえに、一年もかけ続ける理由が不明すぎる。そもそも、神の加護を受けていた俺には、幻術の類は効かないはずなのだ。


 ならば何故俺は赤ん坊になったのか。

 この一年間考え、二つの仮説を立てた。


 一つ。歪みは魔界と繋がっていなく、何らかの術式に置き換わっていた。

 一つ。神が俺を勇者と認めず、神の加護を剥奪した代償。


 まずは前者だ。


 魔王が俺を恐れ、魔界へ繋がる歪みに細工を施した可能性。魔界の調査は以前にも行われていたが、その時はしっかりと魔界へ繋がっていた。


 俺が踏み込む前にも魔物が歪みから出てきていたし、あの時点では繋がっていただろう。ならば、タイミング的に魔王が歪みに細工したとしても、可能性はゼロではない。


 次に神の仕業。


 俺が勇者として不適合と判断し、神の加護を取り上げた。そんなことは今までの勇者の歴史を振り返っても起きたことはなかったが、俺が相当出来が悪かったのか、神の加護を持つ者が魔界へ行くことが許されていないのか、何らかの原因があったのだろう。


 神の加護という強力な力を移すには、何らかの代償があってもおかしくはない。


 ・・・うん。挙げてみたけど、多分どっちも違う。


 一年間考えてみたところで、こんなのわかる訳がないだろ!? そもそも死んですらいないのに、赤ん坊として生まれ変わるなんて訳がわからないッ!!


 クソッ! 一年間も悠長にしている時間など欠片も無いってのに!!


 しかし、現実はそう甘くない。俺が赤ん坊へ転生したのは、まあ良い。いや、良くはないけれど、まだ! まだマシだろう。


 そう・・・赤ん坊に転生するよりも最悪な事態が起きている。それは、『この世界が俺の元いた世界では無い可能性が高い』、という事だ。


 一年も居れば、大抵の言葉は理解出来るようになった。しかし、俺の両親である二人の会話からは、ときおり俺の聞いたことのない国の名前や宗教の話が出ている。


 人界には王国と帝国しか国はないはずだし、宗教の数もそれほど多いものではない。


 それだけで決めつけるのは早い事はわかる。だが・・・直感的に俺は気づいていた。ここは俺が生まれ育った世界ではないと。


 ・・・これからどうすればいいのか。元の世界へ戻る方法は模索するとして、一番重要なのは仲間たちは無事なのかということだ。


 俺だけでなく、あの歪みへ踏み込んだ俺の仲間たちも、同じようにこの世界へ転生しているのか、無事で生きているのか、これが最も重要なことだ。


 もし・・・もし仲間たちも転生し、俺のように無事に育てられていなく、死んでいたら・・・。


 ・・・いや、やめよう。考えたって始まらない。あいつらのことだ。無事に決まっている。


 まずはこの世界の知識をつけるべきだ。そこから徐々に徐々にこの世界のことわりを知り、元の世界へと戻る方法を探していけばいい。


 窓に映る俺の姿を見る。異世界の赤ん坊に転生したにもかかわらず、その姿は元の俺を小さくしたような姿だ。物心が着く前の姿など覚えてはいないが、それでもこの顔は自分自身の顔だとわかる。


 ただ、瞳の色が違う。髪の色もここまでキレイな亜麻色ではなかったが、瞳の色はまるっきり変わっている。元は青かった瞳が、今は紅色だ。


 紅い瞳は魔王を想起させる。文献に記載されていた魔王の姿。過去に魔王が人界へ攻め入ったときに描かれた絵だが、人の形すらしていない化け物。


 漆黒の装いに身を包み、星の無い夜空のような髪、そして仮面の下からでも分かる滴る鮮血のような紅色の瞳。それが魔王の出で立ちとされている。


 魔王・・・か。呪ってすらいた程憎かった魔王だが、何故か嫌悪感は前世よりも随分薄れている。刻のせいなのか。それとも・・・


 ―――ズクリ


「う゛ッ!!」


 魔王について考えようとすると、激しい頭痛に襲われる。ズクリズクリと脳みそを棒でかき回されているような痛みだ。思わず顔をしかめ、最近になってようやく立つことで自由に使えるようになった手を使い、頭を押さえる


 何故か元の世界のこと・・・正確に言えば魔界や魔王について考えられない。考えようとすると、今みたいに激しい頭痛に襲われてしまう。


 転生したことによる何らかの記憶障害だろうか? 体は全く問題ないから、精神的なものだとは思うのだが・・・。


「ウルちゃんどうちたの~? 頭痛いんでちゅか?」


 頭を抑えうんうん唸っていると、一人の女性―――俺の母親であるヘスティア・オールストンが俺を抱き上げ、頭を撫でさすってくる。


「ヤー! あぅー」


 今だうまく喉を動かせないため、言葉らしい言葉が出てこない。この女性、いや母親であるヘスティアは俺のことを溺愛している。それこそ目に入れても痛くないといったように、気を抜けばすぐ抱きしめてくるのだ。


「嫌なの? でもやめませ~ん! ウルちゃんがお母様大好きって言うまでやめませ~ん!」


 そう言いながら、俺の頭を撫でる撫でる。

 頬までこすり付けてくるレベルだ。


 このウルちゃんと呼ばれているのが俺の名前。ウルマ・オールストン。勇者ではなく、この世界で授かった名前だ。


 そして・・・


「ヘスティア。ウルマが嫌がっているんじゃないか?」


 こっちの精悍な若者が俺の父親、イヴァン・オールストンだ。こんなことを言っているが、ヘスティアが俺を解放すれば次はイヴァンに抱かれるのだ。彼は無骨そうな見た目に反し、俺を甘やかしたくて仕方がないといった様子だ。


「もう、あなた! 失礼しちゃうわ! どこが嫌がっているように見えるのよ! ウルちゃんはお母様のことが大好きだもんねー? ねー?」


 イヴァンの制止も聞かず、ヘスティアは俺を膝の上に乗せて抱きしめる。


 ああ、これは長くなるな・・・。


 愛情いっぱいのヘスティアに、暖かく見守るように見つめるイヴァンの視線を受け、俺はいつしか眠りについていた。

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