生きてきた世界の違い
正面の聖騎士が両脚に力を貯めている。・・・来る。
どれほどの力で地面を蹴ったのか、まるで爆破したかのように地面が爆ぜ、弾丸の如き速度で斬りかかってくる。
疾い。だが、対処できないほどではない。
大上段からの袈裟斬り。威力は高いが隙は大きく、誘っているのはバレバレだ。
この身体で受け止めるのは至難の威力で、避ければ大振りを放った直後の身体に叩き込める。だが、それは当然相手も理解している。
誘われるがまま避ければ、向かってくる男の陰に隠れている二人の聖騎士が、俺の首を刎ねるだろう。本命は右側。俺がさっきまで死神と呼んでいた人物。この部隊の隊長だろう。
死角からの攻撃に備え、この太刀を受け流して左側に逸れる。右側の隊長格からの攻撃を、部下を盾にすることで防ぎ、左から来る聖騎士を始末する。
・・・と、ここまではこいつらも考えているだろう。こいつらに油断はない。さっきまでの俺を相手にしていた、弛緩した空気など微塵もないではないか。
ならば、隊長さんは部下を盾にしたことで安心した俺の裏を掻くため、部下ごと斬り捨てるだろう。見た感じ、彼らは聖騎士というよりも、国の暗部だ。それくらいやれなくては、暗部など務まらない。
良い攻撃だ。初手で殺すために、複数の決め手を用意している。
だが、まだ甘い。
俺を誰だと思っているんだ? かつて世界を救ったこともあれば、その世界を破滅に導く扉を開いた男でもあるのだぞ?
聖騎士同様、俺も強く大地を踏みしめ、前へ飛び出る。
「なッ!?」
横、後ろ、その場で防御は意識していたのだろうが、全力で向かってくるのは想定外だったか。無理やり迎撃するために振るわれた剣など、魔力を循環することで強化しているこの身体ならば、容易く防ぐことができる。
振り下ろされた剣を、突進した運動エネルギーを殺さずに流水の如く受け流し、勢いそのままに横一線に剣を薙ぎ払う。
直撃する瞬間、爆発的に刀身へ魔力を流すことで、何の変哲もないこの剣が凶悪なまでの切れ味を持つ。それを証明するように、振るわれた剣はさしたる抵抗も受けず、聖騎士の一人を上下に切り分けた。
切り離された上半身を隊長格へと蹴り飛ばし、一瞬動きを封じることに成功。
「小癪なッ!!」
隊長格を抑えた隙に、左から迫る聖騎士の相手をする。
こちらは二刀流のようだ。ならば、こちらも二刀で相手どろう。
剣を右手一本で構え、左手に高密度の魔力を纏う。流す魔力のイメージは剣。よく鍛錬された、岩をも切り裂く一本の剣。
「ハァアアアッ!!」
吠えながら二刀の剣を巧みに振るう聖騎士。二刀を活かすため、一刀は上段からの振り下ろし、一刀は時間差をもってがら空きの左手へ横薙ぎに振るわれる。
セオリー通り。お前よりも華麗に二刀を扱う猛者を、一体どれほど屠ってきたと思っている。
上段からの攻撃を右手で握る剣で受け止め、続く二撃目を無造作に左手で打ち上げる。予想外の攻撃に、聖騎士は打ち上げられた剣をとっさに操作できず、無様にも両手を上げ胴をがら空きにしてしまう。
「あ、悪魔め・・・ッ!!」
「それが最後の言葉か?」
左手と同様、魔力を右足に集中させる。一瞬の溜めの後に繰り出された突き蹴りの威力は、聖騎士に開けた風穴の大きさで窺い知れる。
残りは一人。振り向けば、先の二人とは別の領域へ足を踏み入れた男がいる。
「貴様・・・何者だ?」
それは問う。
頂に立った者、限界を超えた者、人という種族を逸脱した者・・・その領域の男が、冷や汗を流しながら、問わずにはいられなかった。
「知らずに俺を狙ったのか? 下調べは大切だぞ?」
問われた者は、まるで年長者が優しく教えてあげるように、その答えを紡ぐ。
「敬愛する母ヘスティアと、偉大なる父イヴァンの息子。それ以上でも以下でもない」
当たり前だろう、と。
公理を説くように言う。
「・・・よいだろう。私の全力をもって、貴様の化けの皮を剥がしてくれる」
「ならば、俺はみんなの敵を討つとしよう」
剣の柄が壊れかねないほどの力を込め、目の前の聖騎士を見据える。
この世界での、支配者。
秩序と正義を冠する者。
ちょうどいい。
俺は人間を裏切った大罪人。
悪と戦うには、申し分ない正義だ。
「俺の名はウルマ・オールストン! ルーラン村守護騎士イヴァンが息子にして、貴様を殺す者だ!! 覚悟はいいか、聖騎士ッ!!」
「我が名はジン。聖騎士“闇”部隊副隊長。・・・すぐに父親の後を追わせてやるぞ、餓鬼ィッ!!」
初めに仕掛けたのは俺から。身長の低さを活かすため、地面を這うように低い姿勢で、突っ込んでゆく。
対するジンは姿勢を低くし、身体を横へ向け構えを小さくとる。失った左腕をカバーするように、隙を極力減らす最適な構え。どうやらこの男、先の二人よりも殺してきた年季が違うようだ。
10年ばかりのブランクを埋めるには、ちょうどいい相手だ。ブランクこそあれ、屠ってきた魔物、潜り抜けてきた死線、地獄で過ごした時間は、お前にも負けないだろう。
あの構えでは、こちらの攻撃を上手く防げるだろう。ならば、初手のミスは、全力の一撃をもって埋め合わせをしてもらおう。
踏みしめる足に更なる力を入れる。徐々に速度を増してゆき、疾風の如き速度を伴って彼我の距離を縮めてゆく。
ジンは俺を迎撃するため、剣を上段へ構えた。こちらの速度を粉砕するため、高さの利を活かした上段からの攻撃だ。
奴の武器は一級品。使い手は一流。それらが繰り出す一撃は、人ひとりの命を奪うには過剰なほどの威力だ。
それに対抗するように、俺は速度を上げてゆく。この速度が、俺の攻撃を後押しする威力となるからだ。
ジンが振り下ろす剣と、俺が振り上げた剣が交差する。
一点集中。練り上げた魔力を、全神経を集中させて剣が交わる一点で爆発させる。
圧倒的な速度エネルギーに加え、高密度な魔力をもってして、互角。
「カァッ!!」
ジンが徐々に魔力を高めてゆく。
拮抗が崩れ、押し返される。
チッ!!
押し切られるかッ!!
鍔迫り合いを捨て、ジンの剣を受け流す。受け流す反動を利用して、下がってきた奴の首元を狙い再度剣を振り上げた。
瞬間、視界の端が黒い物体が迫るってくるのを捕らえる。ジンは振り下ろした勢いそのままに、鋭い魔力を纏った蹴りを繰り出していた。
クソがッ! 聖騎士なら聖騎士らしく、こんな泥臭い戦いをするなっての!!
俺の攻撃よりも、ジンの攻撃の方が早いと判断し、首を刎ね飛ばすのを諦める。攻撃途中の軌道を無理やり変え、握りしめた剣の柄で、ジンの攻撃をはじき返す。
ジンは脚をはじかれ姿勢を崩すどころか、はじかれた反動を利用して残る脚で強烈な蹴りを叩き込んでくる。俺は一撃目の蹴りをはじき返したことで、右側の背中を無防備にさらしてしまっている。繰り出される蹴りにも、当然魔力による強化がされているだろう。
ニヤリッと、我ながら意地の悪そうな顔を浮かべてしまう。
回避不能と判断し、蹴られる方向へ飛ぶことで衝撃を逃がす。魔力を纏っていなければ、骨はへし折れ内臓にまでダメージがいっていただろう威力の蹴りだ。
「くっそ・・・10歳児に対しての攻撃じゃないだろ、まったく・・・」
「餓鬼にしては、手癖が悪いな」
初手の攻撃は俺の勝ちといったところか。
蹴りを受けた箇所は痛むが、骨は無事だ。逆に、ジンは俺を蹴り飛ばした足の甲の骨がイったはずだ。
ジンの蹴りを受けると判断した直後、柄で迎撃した右手の肘で受けることを決断。ジンが纏う魔力は、単純に練り上げただけの魔力。対する俺が纏う魔力は、貫通という明確なイメージを創り上げての魔力だ。
イメージした通り、俺の肘はジンの魔力を突き破り、足の甲へ痛手を負わせることに成功する。
ジンの戦闘センスは悪くない。
むしろ、賞賛すべき強さだ。
だが、経験では俺のほうが勝った。常に魔物に囲まれ、寝ていても気を緩められない魔界での生活では、いかに敵を素早く殺すかを追求していったのだ。ただ魔力を帯びればよいなどというお粗末な攻撃など、魔界では初日で捨てた。
相手の力量は分かった。ここからは、確実に命を刈りとるための攻撃だ。
「次はこちらの番だな?」
「年寄りを動かすのは気が引けるね」
「ぬかせ」
足を砕いたにもかかわず、ジンは全く速度を落とすことなく接近してくる。
痛みを克服しているのは当然か。ならば物理的に動かなくすればいいだけだ。
牽制のような攻撃を数合打ち合い、互いが僅かな差を決定的なものにせんと斬り結ぶ。視線による思考の誘導、魔力の流れを乱すことで攻撃を誘い、受ける攻撃を押し返すか受け流すかでも対応を変えてゆく。
一見、拮抗しているかのような攻防も、ウルマには余裕があり、ジンは追いすがるのがギリギリのレベルだ。ジンが攻めに出れば、ウルマはそれを攻撃の起点とすることでジンの攻撃を分断し、連撃を防ぐ。
逆にウルマが攻めれば、ジンは僅かながら姿勢を崩さざる負えない状況へ持っていかれる。
その差は一重に経験の差。経験はやがて技量となり、身体ではなく魂に定着する。どのように動けば姿勢が崩れ、どのように攻撃すれば相手を追いつめられるのかを、身をもって経験してきた差。
ジンは強い。聖騎士という常識を打ち破る力を持つ者たちの中で、副隊長を務めているのが何よりの証拠。
所属は“闇”であり、対魔物だけでなく対人戦闘も訓練を受け、実際に幾人もの強者を屠ってきた。郊外に巣くう魔物の巣の殲滅をしたこともあれば、従属を拒否した裏組織の根絶やしも当然のようにこなしている。魔物の国より攻めてきた大軍とも、他の所属の聖騎士たちとともに掃討してきた。
それだけの経験に裏打ちされた実力が、ジンを強者と足らしめている。片腕を失ってなお衰えぬ剣筋。足の甲を砕かれたにもかかわらず、速度が緩むどころかより疾くなっているのだ。
それでも、勇者として生きてきたウルマには届かない。
何より、こなしてきた戦いの濃密さが違う。
この世界では、人の住む世界―――人界はある程度の平穏を得ている。
国境沿いや森へ行けば魔物は現れるが、四六時中魔物と戦うこともない。完璧な体調。整った装備。頼りになる多くの仲間。セレス神の名の下、全ての要求を快諾する民たち。それらが常に、万全な状態で用意されているのだ。
しかし、ウルマが過ごしてきた世界は違う。
人界に住まう魔物の盗伐をしていた時は、似通った状態と言えなくもない。休暇などなく毎日が移動か魔物を討伐しており、常に金銭問題を抱え装備を調達するのにも一苦労であり、時には救った村人から剣を向けられることもあったが・・・それらは些細な問題だ。
魔界と比べれば。
死と隣り合わせの過酷な世界。いや、むしろただ死ぬよりも恐ろしい場所。精神などとうにいかれ、狂わなければ食にすら困る最果ての地。その地で三年。
そこで過ごした経験は、ジンが経てきたこれまでの人生が、可愛く見えてしまうほど壮絶なモノ。今のウルマには、地獄で過ごしてきた経験がある。
ブランクが10年?
そんなバカな。10年ぽっちで消えてしまうほど、魔界での記憶は優しくない。10年でこの身体の使い方は理解した。ならば、前世の力を余すことなく使える。
「ヌゥッ!!」
ジンが崩れかけた姿勢を強引に立て直し、それにより損失した運動エネルギーを魔力によって置換する。無理な切り返し。魔力の一点集中運用。これにより、身体に纏っていた魔力に僅かなムラがおき、立て直しとその後の攻撃に思考を割いたことで、刹那の隙が生まれる。
勝敗を決するのに、刹那もあれば充分であった。
「甘いッッ!!!」
攻勢に出ようとしたジンだが、剣を振り上げる前にウルマの剣閃が輝る。
直後ジンの両脚が深く斬られ、大量の血が噴出する。しかし、脚を斬られてもなお、ジンは構わず攻撃を敢行する。ウルマの首を取らんと腕を振り上げるが、脚を斬られたことで踏ん張ることができず、十分な力を乗せることができない。
そんな攻撃がウルマに通じるはずもなく、ジンの剣を半ばから斬り飛ばした。
宙を舞う剣。
それが地に刺さるのと、ジンが膝をつくのは同時だった。
「お前に聞きたいことがある」
ウルマはジンを見据え、勝者として質問を下す。
殺すことならばすぐにできた。それなら、多少強引にいけば初手でも決められた。
片腕を失った直後であれだけ戦えたのは、凄まじい戦闘センスだろう。ひと月もあれば、片腕のハンデなど意味をなさなかったはずだ。
だが、片腕を失い、イヴァンとの戦いで魔力の多くを消費していたジンは、ウルマにとって障害とはなりえなかった。ウルマ自身、記憶を取り戻す前に受けた全身の打撲や数か所の骨折、魔力の消費こそあれ、片腕のハンデは大きすぎた。
すぐに止めを刺さなかった理由。それは、こいつに聞きたいことがあったからに他ならない。俺の今後の方針を決めるために、必要なことだった。
殺すことはできたが、行動を奪うには相応の隙を作りださなくてはならなかった。ジンの攻撃を誘導し、受け流すべき攻撃を受け止めさせ、常に主導権は渡さず、圧力を与え続けた。
「この世界でも人間は・・・このように罪もない者を殺すことを、是としているのか?」
周囲を見渡す。血の池に沈むは愛する者たちの死体。未だに音を立て燃え盛る家屋。平穏で、のどかな村だったオーラン村は、今では見る影もない。
如何な理由があろうとも許すことはしないが、この村を襲った理由を、これがこの世界の人間のあり方なのかを、俺は知る必要があった。
「この世界でも・・・か。まるで別の世界でも見てきたかのようだな」
ジンは答える。
この村を襲った理由を。
平穏な村を蹂躙することの是非を。
「この村は、セレス様の神託により悪しき村と断定された。故に、この村の浄化を行うことは是である。悪しき村と断定された理由は貴様、ウルマ・オールストンにある」
「・・・俺にだと?」
「貴様の眼だ。紅き眼は悪魔の証。早々に教会で占いを行い、貴様の生死を問うておれば問題なかったものを、この村は貴様を隠し育てた。その行為はセレス様の教えに背くもの。そのような者たちを残せば、やがてそれは習慣となり、この村に定着する。それを防ぐための浄化だ」
紅き眼。
たったそれだけ。
人類に絶望をもたらしたわけでも、国家を転覆したわけでも、人を殺したわけでも、盗みをしたわけでも、人を殴ったわけでもない。たった眼が紅いという理由。
そのせいで、オーラン村のみんなは殺された。父も、母も、エリカも、みんな。
セレス様の教え・・・か。
『ロイよ魔物はすべて悪だ! 殺さなければならん! 魔王を討ち滅ぼし魔界を閉じれば、人類に永劫の平和が訪れよう!』
脳裏に浮かぶは国王の台詞。俺も、それが是として行動してきた。まるで宗教のように、国王の言葉を信じて。そして、俺は信じた結果の末路を知っている。
そうか・・・この世界の人間も、正義という名の衣を纏い、民を扇動しているのだな・・・。
「私は聖騎士、その中でも“闇”に属する人間だ」
「ッ!? お前ッ!!」
敵を前に、感傷に浸るという愚を犯してしまう。脚を奪い、剣を折ったことで何も出来ぬと油断した。
ジンは己の魔力を収束していた。その魔力は発散するのではなく、内に内に圧縮されてゆく。その目的は単純にして明快。自爆だ。
「闇の人間が、潔く死ぬわけがなかろう? 冥途の土産に、貴様の命を―――」
即座にジンの首を刎ねとばす。しかし、魔力の収束は止まらず、周囲の魔力さえ取り組み圧縮してゆく。
「殉教者がッ!!」
この魔力量、死に際に練った量ではない。おそらくジン自身、初手で俺に勝てぬと悟り、このために魔力を練っていやがったなッ!!
クソッ! ぎりぎり間に合うか!? 前魔力を防御に回して―――
その場から退避しようとジンに背を向けた際、視界に愛した者たちの亡骸が映る。この規模での自爆なら、間違いなく彼らの死体など塵も残さず消失するだろう。
迷いはなかった。
振り向きかけた身体を戻し、ジンと真正面に向き合う。
「・・・いいぜ。その自爆、無駄なことだったと地獄で後悔しやがれッッ!!!」
今にも破裂しそうな魔力を、安定させるために制御する。だが、息絶えたジンの身体は、最後の命令であろう魔力の圧縮を続けるのみで、外部からの干渉を遮断される。
ならば爆発に指向性を持たすまでだッ!! 爆風の方角は真上!! 魔力で周囲に壁をつくれ! イメージしろ! 思い描け!! 不可能など笑って超えて見せろッ!!! 間に合わせて見せるんだッ!!!
「ウォォォォォオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!!」
圧縮された魔力が限界を迎える。―――直後、世界を白く染め上げた。
◇
陽が沈み、闇が辺りを覆う時間。その日は月が煌々と照り、空に浮かぶ星々が、闇を追い払おうと必死に輝いていた。しかし、その星の輝きも、天高く燃える炎によって、淡く儚い明るさだ。
一人の少年が倒せ伏している。少年を中心とした周囲一帯は焼け焦げ、草木一本残っていない。
まるで暗闇から現れたように、闇の住人が姿を現し、少年を囲う。
「まさか、副隊長・・・ジンまで殺されるとは・・・・・・私はなんて運が良ことかッ!!」
一人の男が、感極まったように叫ぶ。
「あの忌々しいイヴァンの死を確認できただけでなく! その息子を殺す機会まであるッ! なんッ!! てッ!!!」
聖騎士見習い時、私よりも優秀な成績を出したイヴァン。たかが魔物の子供を殺すことを躊躇して、闇を追われた出来損ない。片田舎で守護騎士なぞやっている、憐な男。
それが・・・ククッ・・・今や浄化の対象としてそのちっぽけな人生に幕を下した!!
「ククク・・・フハハハハハ!!!」
ヒーーー!! あっはっはっはっは!! ダメだ! 笑いが堪えられない!!
聖騎士見習いまでなった男が! 片田舎で守護騎士! それだけでも笑いすぎて窒息死しそうなのに!! まさか息子が原因で浄化の対象として処分されるなんてっ!!
これを傑作と言わずして何というのか! これは物語にでもして、劇団に掛け合ってみるべきかもしれないなぁ!!
目の前には憎き男が残した一人息子。
餓鬼ィ・・・君には感謝しないといけないね。なんせ手負いとはいえジンを殺してくれたのだから!
これで副隊長の席が空く。次にその座に就くのは私だ! そのための供物は今! 目の前で倒れている!!
「ああ・・・運が良すぎて怖くなりますねぇ」
眼を細め、自身のこれからを想像し、思わず舌なめずりすらしてしまう。
「お前たち、あの餓鬼の首をとってこい」
周囲に展開する部下へと命令を下す。
気絶しているとはいえ、仮にもジンを殺した餓鬼だ。万が一を考え、部下に首を取らせるのが賢明だ。
私はジンのような間抜けではない。『慎重』という言葉の意味を理解する、数少ない人間だ。
すでに、部下にはオーラン村の生き残りがいないことを確認させた。そのあたりは、ジンが抜かりなくやっていてくれて手間が省けた。餓鬼如きに殺されたとはいえ、闇の人間だな。
あとは、目の前の餓鬼の首を本部へ持っていけば完遂だ。
浄化で残った死体は焼却が常だが・・・イヴァンとその嫁の死体は貼り付けにでもして野犬の餌にでもするとしよう。憐れな男の末路としては、申し分ない終わり方だ。
「カッカッカ! 気絶してしまうとは情けないのぉ、勇者よ」
突如、倒れていた餓鬼が声を上げた。
「各員、一度距離を取れ」
止めを刺しに向けていた部下を一度引かせ、様子を窺う。
ジンとの戦闘は見ていたが、最後の自爆を防ぐのに残存魔力は使い切っていたはずだ。自爆の衝撃もあっただろうが、気絶していた主な理由は魔力切れによるものだろう。
しかし、魔力切れにしてはこの速さでの意識の回復は早すぎる。餓鬼が目覚めた祝福と、何か関係があるのか?
「全く、世話が焼けおる」
ウルマは、まるで操り人形が立ち上がるように、不気味に立ち上がる。
見る者が見れば、それは魔力による動作の補助だと理解できただろう。そして、この場にいる者にそれが見抜けぬ者などいない。
「どういうことだ? 餓鬼、貴様は魔力切れを起こしていただろ。なぜ魔力が回復している。それが貴様の祝福か?」
「なんだ、お主? まさか余を狙っておるのか?」
「何を言っている? 質問すら答えられんのか」
「せっかちな男だのぉ。あの日の勇者みたいだ」
それは歪に動きながら前進を動かしている。まるで初めてその形状を体験しているように。歪に。
「・・・祝福、か。そうだな、余こそが祝福だろうな」
グルリッと向けられた顔には、愉悦で醜悪な笑みが張り付けてあった。
やはり祝福が起因しているか。それにしてもなんだ、この餓鬼は。激しい違和感を感じる。まるで外見と中身が一致していないような・・・。
「今気にすべきことではないか。・・・各員! 悪魔が祝福に目覚めたぞ。油断せず息の根を止めろ」
「ほう? 余に喧嘩を売るとは・・・なかなか気骨のある者たちよのぉ」
この人数差で動じないか。祝福に目覚めたことで気が大きくなっているのか、ジンを殺したことで天狗になっているのか、はたまた本当にどうにかできると思っているのか・・・。
私は慎重という言葉を知る人間だ。確実に息の根を止めるために、ここは私も出るとしよう。
「カッカッカ! いいだろう! 見せてやるぞ。“魔”の深淵というものを!」
黒髪の餓鬼は、満面の笑みを湛えている。
・・・待て。黒髪だと? ジンと戦っていた餓鬼はイヴァン同様金髪だったはず・・・それが、黒だと?
どういうことだ? 目の前の餓鬼は、本当にさっきまでの餓鬼なのか?
「貴様、貴様は何者だ?」
目の前の餓鬼は、ウルマ・オールストンのはずだ。髪色以外、さっきまでの餓鬼と変わりはない。
だが、聖騎士としての勘が、誰何せずにはいられなかった。貴様は誰なのだ、と。
「余のことか? 何を酔狂なことを・・・。決まっておろう? 余は―――」
それは爛々と紅き眼を輝かせ、当然のように名乗って見せた。
「―――魔王だ」
これでストック分は終わりとなります。
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