目覚め
一体どうなってるんだ!
なんなんだよこれ!
混乱する頭が目の前の現実を拒絶しようとするが、騎士として育てられた身体がそれを許してくれない。護る為に存在する騎士が錯乱すれば、それは混乱を生みさらなる被害をもたらす。
騎士とは何事にも動じず挫けない、強靭な魂を持つ者なのだから。
分かっている。
そんなことは分かっている!
でも・・・こんなの!
冷静でいられるわけがないだろう!!!
「誰か! 頼むよッ! 返事をしてくれよ!!」
「ウ・・・ルマ・・・・・・!」
「父さまッ!!」
生きてた!
父さまはやっぱり生きていた!!
なら母さまだってエリカだってきっと・・・・・・!!
「余力は残しているだろう? では、先の続きを始めようじゃないか」
父さまが生きていると知り、ようやく周りを気にする余裕が生まれた。そして、それがなんなのかようやく理解した。
化け物。死神。悪魔。
呼び方は何でもいい。ただ、あれは人の理を超えた何かだと、瞬時に悟った。
あんな人間が存在するのか・・・? いや・・・存在していいはずないだろ!
それほどまでに、父さまの近くに立っていた男からは、濃厚な死が漂っていた。死を具現化したような、闇を切り取ったような、そんな化け物がそこにいた。
「ウ、ルマ・・・!」
それでも俺は、俺を呼んでいる父さまの下まで走った。一歩近づくたびに寿命を削られるような、ひどく不快で不安で不吉さを感じながら、それでも走った。
「父さまっ!」
「はぁ・・・はぁ・・・いいか、ウルマ。よく見ておけよ。これが、私が教えられる最後の稽古だ」
いたるところから血が噴きで、意識があることが驚くほどの重傷を負いながらも、父さまの眼は死んでいなかった。
父さまを護るように、化け物の前に出る。それだけで足が震え、へたり込んでしまいたくなるほどだ。
「親子の最後を邪魔するほど、無粋ではない。小僧、父の・・・そしてお前の最後だ。悔いのないように話しておけ」
化け物の言葉を素直に信じるほど馬鹿ではない。父さまを・・・みんなを護るのは俺の役目だ!!
「私が・・・私がヘスティアの敵は討つ。そして、あいつらに・・・村のみんなの無念を、命を持って償わせる・・・!」
父さまの視線の先を見れば、あの化け物のようなヤツ以外にも、多くの敵がいた。どうやら囲まれているようだ。全く気が付けなかった。
「父さま! 無茶だよ! その傷じゃ・・・死んじゃうぞ!!」
「ウルマ・・・私はこの村の守護騎士。にもかかわらず、村人より生きながらえ、我妻ヘスティアを先に逝かせてしまった・・・不甲斐ない男だッ・・・!!!」
母さまもきっと生きている。そう叫びたかった。
だけど、そんな希望など、とうに燃え尽きて灰になっていることを知っていた。希望を抱けるほど、俺はもう弱くなかった。
「いいか、ウルマ。よく観ておけ・・・そして学べ! 命を燃やす対価に得る・・・この世の理を踏み外した力をッッ・・・!!!」
「うわっ!」
父さまから溢れ出る魔力に煽られ、思わず後ずさる。
「・・・ほう。息子を見たことで何をすべきか理解したか? あの時超えられなかった壁を、越えたではないか」
とめどないほどに膨れ上がる魔力。今まで一緒に稽古を積んできて、父さまはこんな力を出したことなんて一度もなかった。あの化け物の存在すら頭から離れてしまうほどの魔力だ。
こんなの・・・一体どうやって・・・・・・!
『命を燃やす対価』
脳裏によぎる父さまの言葉。
それって・・・まさか・・・・・・ッ!!
「父さまッ!!」
「―――ごめんな、ウルマ。何も残せなくて」
父さまは儚く消えてしまいそうな笑顔を浮かべた。次の瞬間、姿が掻き消えた。
そして、人外の戦いが始まった。
◇
眼でとらえられないほどの剣速で、その二人の化け物は戦っていた。
一人は悪鬼羅刹の如く、止めど無く溢れる分不相応の魔力を辛うじて制御し、一振り毎に必殺の威力を込めて剣を振るう。
一人は死神のように狡猾で、巨大な魔力を緻密に操り、一挙一動に意味を含ませ、じわりじわりと追いつめてゆく。
技量の優劣を見れば、明らかに敵が一歩抜きんでている。しかし、その技量の差を、父さまは命を対価に得た魔力によって埋める。
両者の力は拮抗している。
だが、誰の目からも結果は見えていた。
魔力とは有限。
片方は技量により完璧に制御し、片方は量で補っている。いずれ父さまの命が付き、魔力が底をつくのを想像するのは、この勝敗の行方を予想するよりも簡単だった。
それでも・・・。
それでも、俺は父さまを信じる。
今の俺では、あの中に飛び込んで1秒でも命があれば上出来だ。そんな足を引っ張るような真似はしたくない。
きっと、周りの奴らもそうなんだろう。
あの死神は敵の親玉。
下手に手を出せば、邪魔になるのだ。
それでも、周りの敵も雑魚ではない。死神には遠く及ばないが、今の俺よりも強いだろう奴が3人。だが、敵も無傷ではない。
3人は比較的軽傷だが、よく周りを見れば他に2人、同じ格好をした者が倒れ伏している。きっと父さまが殺したのだろう。それでも、まだ3人残っている。
だが、そんなやつらよりも、父さまは強い。
あの死神と互角に戦っているのだ。
だから俺は見届ける。
父さまの戦いを。
父さまの最後の稽古を。
「惜しい才能だ。あの時、お前が魔物になど情をかけなければ、今頃は私の後任となり、民の安寧を護る剣として、その力を奮っていただろうに」
「黙れッ!! 何が民の安寧だ! 子供を殺して築く平和など、私は護りたくも無いッ!!」
一瞬の油断が死に繋がる攻防の中、二人の会話は続く。
「あれは人間ではない。魔物だ」
「魔物だと! 言葉を理解し、思いやる心を持ち、何より助けを求めていた!! 聖騎士とは弱きを護る者! 私にはあれが魔物とは思えないッ!!」
父さまの剣速が増す。
すごい・・・。
まだ上がるのか。
「違う。聖騎士とは人間を護る者だ。けして魔物を護る者ではない」
「対話もせず力で支配するのは魔物のすることだ!! 聖騎士はいつから人間を辞めた者の集団になったのだッ!!」
「愚か。一時の情で魔物を逃がせば、それはやがて復讐という名の災いの基となる。お前はあの時、聖騎士ではなく自身の良心を満たしたいだけの愚物となり下がったのだッ!!」
「それは希望の基になるかもしれない!! 可能性を捨てた先に、一体何が待っているんだッ!!」
「可能性を信じた結果がこれだ。お前は・・・村も、妻も、そして息子も失うのだ!!」
「私たちの息子を殺させるものかッ!!!」
父さまの濁流のような攻撃を前に、死神は一歩も引かずに斬り結ぶ。
二人は今、どれほどの高みにいるのか。ただ観ることしかできない己の不甲斐なさに、視界が歪みそうになるのを懸命に堪える。
「長く前線を退いて、なおその才能。だが、才能も愚者に渡れば無駄なこと。・・・冥途の土産に見せてやろう! 理想に縋っていては、けして辿りつけぬ領域というものをッ!!」
「ならば応えよう!・・・息子を護るためならば、私は修羅となるぞッ!!!」
互いが己の信念を貫き通さんと剣を握る。死神と、修羅になった男の最後の戦いが始まった。
◇
「・・・まさか、私が・・・・・・」
死神の腕が宙を舞う。鮮血をまき散らし、鈍い音を立てて落ちた。
激闘だった。
いや、そんな一言で済ましていい戦いではなかった。
魅入った。
自分の置かれている状況を、母さまの敵を、エリカの仇を、村のみんなの無念も忘れ。ただただ見た。
何一つ見逃さないように。
僅かなことでも自分の糧とするために。
そして、勝敗は決した。
「父・・・さまッ・・・・・・!!」
力なく死神へ崩れ落ちる父。背中から突き出した剣からは、燃えるように赤い血がぽたりっぽたりっと滴っている。
腕一本。
これが、父さまが命を対価にまでして得た戦果。
「さすが、私の元弟子・・・と言ったところか。力なき者が理想を掲げたところで、滑稽以外の何物でもないと何故わからないのか」
死神は腕こそ斬り飛ばされ、ところどころに傷を負っているが、どれも致命傷にはなっていない。まだ魔力切れというわけではなさそうだし、余力が残っている。あれだけの死闘を繰り広げてなお、周りの聖騎士たちよりも強いだろう。
聖・・・騎士?
そこでようやく、敵が何者なのかを頭が理解する。
聖騎士。
強く正義心に満ち溢れ、己の信ずるモノのために戦う。魔物から民を守り、平和と秩序のために力を振るう英雄。
だが、目の前の男たちはなんだ?
俺の家族を、友人を殺すことが、平和と秩序のためなのか? 俺たちは、民ではないのか?
「さて、貴様を殺せば浄化も終わる。すぐに両親の後を追わせてやろう」
「・・・お前たちは聖騎士、なのか?」
「そうだ」
許さない。
どんな尊い理由があろうと、どれほどの信念を掲げていようと、絶対に許しはしない。
「いい眼だ。あの時、お前の父親もその眼ができれば、聖騎士になれていただろうに」
「黙れ」
「そうであれば、このようなことで死ぬこともなかったろうに」
「黙れ・・・!」
「父親が愚かならば母親もだ。セレス様の教えを破るなど、畜生と変わらぬ蛮行だ」
「黙れっつってんだよォオオオオオオッッ!!!」
剣を握り締め、強く強く大地を蹴る。湧き上がる激情を魔力に変えるように、目の前の死神だけでなく、周囲の聖騎士どもを掃討するために。
しかし、騎士として稽古を積んできた俺には、目の前の手負いの死神すら倒せないと理解していた。
彼我の力量を測りかねるほど、父さまの稽古はぬるくなかった。そんな死神だけでなく、周囲には勝るとも劣らない者どもが後3人も控えているのだ。
だが、それがなんだというのか。今の俺が勝てないなら、勝てるまで成長すればいい!!
何のためにお前は、父さまの戦いを見ていた。父さまは何故、俺にあの戦いを見せた。
限界とは超えるためにあるんだ!! 無理と決めつけ何もしないほど、愚か者になった覚えはないッ!!
俺は誰の子だ!
誰よりも優しく、溢れんばかりの愛情をくれたヘスティア・オールストンの息子だ!
自身の限界を超え、身に余る力をも制御してのけた最強のイヴァン・オールストンの息子だッ!!
そんな俺が! 目の前の外道に!! 負ける道理なぞ無いッ!!!
「グハッ!!」
フェイントを織り交ぜた剣戟すべてをはじかれ、鳩尾を蹴り飛ばされた。一瞬目の前が真っ白になるが、どうにか意思の力で気絶を防ぐ。
「私が手負いだから勝てるとでもふんだか? 残念だが、私は貴様に敵を取らせてやるほど優しくはないぞ」
一発で上手くいくなんて思っていない。死神の喉笛を噛みきるまで、何度だって立ち上がってやる!!
「まだ向かってくるか。それが無駄な行為だと教えてやろう」
死神の眼が、まるで獲物を見るかのように、俺を見た。
◇
土煙で目を潰して放った死角からの攻撃も、身体の小ささを活かした下段に集中した攻撃も、父さまを出し抜いたこともあるフェイントも、持てる全ての力を一刀のもとに集中させた攻撃も、剣がだめならと徒手空拳を入り乱らせての攻撃も、悉く全てが弾かれた。
父さまとあれだけの戦闘を繰り返したはずなのに。片腕をもがれ、魔力だって相当削られているはずなのに。
それでも俺の攻撃は通用しなかった。まるで別の次元。同じ人間という位置に立っていないと錯覚させられるほどの開き。
「副隊長、そろそろ」
何度目かの攻防。いや何十度目かの攻防を終え、時を巻き戻すように吹き飛ばされる俺。思いつく限り全ての攻撃を防がれ、その都度握った剣で切り伏せられるのではなく、決まって蹴り飛ばされた。
まるで、何度も嬲るように。
わざと殺さぬように蹴られた。
体中は打撲で痛み、蹴られたところがやけどしたような熱さを発する。気を抜けば気絶しそうな激痛。それでも、まだ気絶してやるつもりはない。
「まだだ・・・まだ、まだ何かあるはず・・・! 無くなった腕の方から斬り込めば・・・いやそれは試した! ・・・・・・目つぶしを・・・それもダメだった・・・」
何か・・・何かあるはずだ。何か、何でもいい・・・まだ、まだ何か・・・・・・ッ!!
「これだけいたぶろうとも覚醒する兆しは無し・・・か。これ以上は時間の無駄だな。最後の情けに、私が手を下してやろう」
死神がこちらへ歩みを進める。
今までは俺から向かっていった。
だが、今は死神が近づいてくる。
ゾワリッ
まるで首筋に死神の鎌をかけられたような感覚。それが、一歩近づくごとにより鮮明に感じられる。
何か・・・何かあるはずだ・・・!!
あれは・・・ダメだ。
何がある? 怖い・・・いや、惑わされるな!
もうやめたい・・・ダメだ! 弱気になるな!! 母さまの! 父さまの! エリカの敵だろ!
まだ手はあるはずだ! ・・・まだ何か・・・!
もう無理だよ・・・弱音を吐くな!!
まだ何かあるはずなんだ!! 諦めるな!! 俺はまだ・・・まだ・・・・・・!!
父さまに会いたい・・・。
うるさい!
母さまの笑顔が見たい・・・。
黙れッ!!
エリカを、護れなかった・・・。
うわぁあああああああああああああああああああああッッッ!!!
憎いッ!!
己の無力さが憎くて溜まらない!!
手負いの死神さえ殺せぬ己が憎いッ!!!
何が聖騎士だッ!
何が護るだッ!!
俺は! 力もなく!! ただ理想ばかりを口にする愚かな餓鬼だッ!!!
力が欲しい。
こいつらを殺し尽くす力をッ! 理想を現実にできるほどの力をッ!!! 俺にッ!! みんなの敵を討てるだけの力をッッッ!!!!!
『力を望むか? 少年よ』
ゆらり、と目の前の空間が歪む。
歪みは徐々に貌を成してゆき、輪郭を表してゆく。陽炎の如き歪みから姿を現したのは、純白に燃ゆる翼を広げたノアだった。
「ノア・・・? なんで・・・ここに!」
姿勢を正し、こちらを睥睨している。
魔物かどうかもわからない、俺の相棒。純白の毛並みは美しく、無垢なる翼は魂を吸い取られそうなほど幻想的だ。
『力を望むか? 少年よ』
もう一度、告げられる。
先ほど頭に響いた声。口は動かしていないが、声の主はノアだ。ノアと出会い数年、ともに遊んできたが、ついぞ鳴き声一つ聞いたことがなかった。
それが、まさか人間の言葉を話すなんて。
いや、それよりもずっと大事なことがある。
力を望むか、だと?
そんなもの決まっているだろッ!!!
「ああ・・・当たり前だッ!」
『今ここで死ねば、楽になれるぞ』
「父を・・・母を・・・護るべき者を殺されてッ!! 楽に死ぬなど許されるわけがないだろッ!!!」
『誰が許さぬと言うのだ? 他人のためではない。少年、おぬし自身のために、おぬし自身の欲を満たすために、力を望むか?』
大地を握りしめ、目の前に座すノアを睨む。自分がどんな顔をしているかはわからないが、相棒に向けるべき顔ではないことだけは分かった。
「・・・当たり前だ。俺は・・・己のために力を望んでるんだッッッ!!!」
叫ぶ。
煮えたぎるほどの感情を込め。
怒りで目の前が歪むのを堪え。
叫ぶ。
「血の流し過ぎで錯乱したか? 今楽にしてやろう」
死神の歩は止まらない。まるでノアが見えていないように、歩みを続ける。
『他者のためではなく、己のために力を望むか・・・一歩前進したのではないか? 勇者よ』
ドクンッ
心臓が跳ねる。
なんだ? ・・・今、ノアはなんて言ったんだ?
『いいだろう。ならばくれてやる。記憶を紐解く力を。せいぜい足掻き、後悔するとよい』
「待て、ノア! 一体何を言って―――」
『ロイ。強くなれ。お前は兄になるのだから』
『ローイ! またお父さんに叱られたの? こっちへいらっしゃい』
『お兄ちゃん! 畑仕事終わったら遊んでくれる約束でしょ! もーー!』
なん、だ・・・これ。
頭に・・・流れ、こんで・・・・・・!!
『ロイ。これを持っていれば、私たちは離れていても一緒よ。寂しくなったら、これを見て、私たちを思い出して・・・!』
『イヤッーーー!! お兄ちゃん行っちゃイヤーーー!!!』
『ロイ・・・』
クソ・・・!
なんだ! 何をしたんだノア!!
頭が・・・ッ!!
『死ぬ気で付いてこなければ、ただ死ぬだけだぞ』
『神のご加護を授かっておきながら、なんと弱いことか』
『出来損ないではないか?』
『ロイよ・・・いや、勇者よ。魔王を殺せば人類は、本当の意味で平和を手に入れることができる。だからこそ、勇者よ! 人類の平和を取り戻すために、魔王を討つのだ!』
『勇者様! 教会より派遣された僧侶、リリです。これから、よろしくお願いしますね!』
『お前が勇者か! かぁっー! まだ女も知らねぇ餓鬼じゃねぇ―か! お前なんてロイ坊で十分だ!』
『ありがとう勇者様! おかげで命を救われた!』
『お前たちがもっと早く来てれば! おっとうは助かったのに!! 何が勇者よっ!』
『娘を救ってくださり、ありがとうございました! ・・・え、お代? いやぁ冒険者組合に依頼は出しましたが・・・勇者様でしょう?』
『お前は勇者なのだろう! ならば王国の民のために働くのは当たり前ではないか! やはり農民の出は卑しい者しかおらんのか!!』
『これから魔界へ入る。気を引き締めろ。覚悟はいいか? 勇者よ』
『私は・・・食べられません! こんなの、あんまりです!!』
『死にたくねぇ。まだ死ねねぇ・・・例え化け物になろうとも・・・俺はッ!!』
『昨日襲った魔物の村は、人間界には姿すら見せていない平穏な魔物だったそうだ。だが、魔物だ。私たちは何のためにここへ来た。心を強く持て』
『ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・』
『ロイ坊! 飛ばしすぎだ!! 魔王を殺したってリリは生き返らねぇ―んだぞ!』
『何のためのパーティだ。私たちはお前に付いていく。狂おうと言われれば狂って見せよう。全てを信じろとは言わん。だが、私とアイオスは信じろ』
『よく来たな。なんだ? いつの間に、勇者一行は魔物になったのだ?』
『負けたか・・・魔王である、我・・・が。・・・勇者よ。約束どおり、お前が生きている間、魔界を塞ごうッ!!!』
『まさか本当に魔界を塞ぐとはな・・・無能な働き者ほど怖いものはない』
『この男を捕らえろ。元勇者よ、貴様には帝国との戦争を始めるプロパガンダになってもらおう』
『人間は・・・人間は、なんと愚かで・・・醜いんだッ・・・!!』
――――――
――――
――
「ハハハ・・・はッハッは・・・ハァああアアッはッはッハッハッ!!!!!」
全て・・・全て思い出したぞ。
倒れ伏した身体に魔力を送り込む。全身を殴打された身体は、痛みという危険信号をあらんかぎりに発して警鐘を鳴らすが、構わず魔力を練っては隅々まで魔力を循環させる。
あぁ・・・!!! 懐かしいぞこの感覚ッ! 骨が砕け・・・肉が潰れ・・・痛みで全てを投げ出したくなる・・・。
だがッ!!!
それよりもッ!!!
この怖気が震う程の正義という名の虚像を目の当たりにした!!! 怒りで・・・憎悪で全てが塗り潰される感覚をッ!!!
「ムっ?」
ウルマの変貌をいち早く察した死神―――ジンは、あと数歩まで詰めていた距離を一気に離す。
先ほどまでの師が弟子を指導するような気配ではなく、同格の相手・・・まるでイヴァンと対峙したときのように、鋭い気迫を纏い構えを取る。
あまりの態度の違いにジンの部下である聖騎士たちは一瞬たじろぐが、直後、その危険性を理解した。
一瞬で首を掻っ切られたかと感じるほど濃密な殺気。否。それを殺気と呼んでよい代物なのか。たったそれだけで、残った聖騎士の中で一番下の男は、本当の死と身体が思い込み、息絶えた。
屈強な聖騎士、死と隣り合わせの過酷な訓練を受け、肉体だけでなく精神までも強靭なモノを持ち合わせる男が、たった生まれて10年程度の餓鬼の殺気を受けただけで死ぬ。
それはあり得ざることであり、同時に、“水”の巫女の占いは当たっていたと直感した。
目の前の餓鬼は存在してはいけない類のモノだ。
ゆっくりと立ち上がる何か。暗殺・拷問・浄化、そういった汚れ仕事を専門とする闇の聖騎士をも瞠目させる死の具現化。
それは人であって人でなし。
魔物よりも悍ましき何か。
それが、ゆっくりと立ち上がる。
「準備はできた。全てを思い出した。ここがどこで、俺がどうして生きているのかは、この際どうでもいい」
それは見る。
地に伏す、悪鬼羅刹の如き戦闘を行った父の姿を。
それは見る。
血の池に沈む、息子のためならば神にすら噛みついた母の姿を。
それは見る。
母に抱かれた、自身が護ると誓ったはずの者の姿を。
「どういうことだ・・・覚醒にしても急激な変化すぎる。油断するな。3人がかりでゆくぞ」
「「ハッ!」」
緊迫した空気。
汗一滴すら垂らすことを許さぬほどの空間。
しかし、ソレは平然と剣を手に取り、告げた。
「・・・さぁ、命を燃やそうか」
―――戦いの始まりを。




