葬儀
月ヶ瀬家の当主が死んだ。
そのニュースは、あっという間に町中に広まった。
月ヶ瀬家は、代々続く大地主の家系だった。広大な土地と山、そしてそれに伴う金の力でこの辺り一帯において絶大な権力を持つ一族だ。昔は多くの小作人を抱えた豪農で、戦時中は軍に物資を納めて儲けていたという。
住宅地の一角を占める重厚な西洋風の邸宅。威風堂々としたその家は、町の誰に訊いても──それこそ小学生でも──「月ヶ瀬の家」と言われればわかる。それほどの存在だった。
その月ヶ瀬の当主である月ヶ瀬弦太郎が突然死んだのは、三月になったばかりのことだった。
今年で七十になる筈だったこの老人は齢を重ねても好奇心も行動力も旺盛で、度々自ら車を運転してドライブに出かけていた。その行く先は隣町にあるキャバクラで、お気に入りのキャバ嬢とはメールやLINEでやりとりをしているという事実は、大抵の者が知っていても知らない振りをしていた。
その行動力が今回は仇になったようだ。弦太郎の死因は隣町から戻る際の交通事故で、わざわざ山道を通ろうとしてアクセルとブレーキを踏み間違え、暴走した挙句に崖から転落した。自分以外に人的被害を出さなかったのが幸いと言うべきか。
とにかく、月ヶ瀬家の当主は死んでしまい、町の人々は口々に噂したのだった。月ヶ瀬家の遺産の行方はどうなるのか、と。
月ヶ瀬家の門前に、高級そうな車が停まった。一台、そしてまた一台。それぞれの車から降りて来たのは、四十歳前後の男女だった。
男の方は黒いスーツを着ているが、どこかだらしなく着崩している。一応ひげはそったようだが、顎にはいくつか無精ひげが残っていた。
女の方は対照的に黒のスーツをきちっと着こなしているが、その首にはこれみよがしに大粒の真珠を使ったネックレスが巻かれていた。
二人は互いに視線を交えることもなく、揃って門の中に入って行った。門をくぐり玄関に入ると、そこにまた三人の人物が彼らを待っていた。
一人は、不健康に脂肪のついた四十代前半の男だった。急ごしらえの喪服なのか、スーツのあちこちが窮屈そうだ。まだ気温はそう高くないのに、汗をかいている。
二人目は就活の時着るような黒いスーツを着た、二十歳そこそこに見える若い女だ。黒髪を後ろで一つにまとめ、野暮ったい黒縁の眼鏡をかけている。化粧っ気はなく、アクセサリーの類もつけてはいない。
三人目は三十歳くらいの、腰の低そうな雰囲気の男だった。メタルフレームの眼鏡をかけた細い目は、妙に愛嬌がある。
「おかえりなさいませ、半次朗さん、満代さん」
言ったのは若い女だった。満代と呼ばれた女は、若い女を一瞥した。
「あら、望美。あんたまだここにいたの」
トゲのある言葉だった。望美と呼ばれた女は少しうつむいて答えた。
「は、はい……」
「望美さんは、学生のうちはこの家で生活するように弦太郎様から言い渡されておりますので」
助け舟を出すかの如く口を挟んだのは、眼鏡の男の方だった。
「ん? 誰だ、おまえ」
半次朗と呼ばれた男が、不審そうに眼鏡の男を見た。
「あ、申し遅れました。私は加賀美朔也と申します」
「加賀美? どこかで聞いた名前だな」
「確か、前の市長が加賀美って名前じゃなかった?」
「父が市長をやっていた際には、弦太郎様にもお世話になっておりました」
と、朔也は一礼した。
「こちらの顧問弁護士を務めていらした永野先生がお年の為引退することになったんですが、私が弁護士資格を持っていますので、父から『月ヶ瀬の皆様のお役に立って来い』と言われまして。顧問弁護士の見習いとしてこちらに来させていただき、それ以外にも色々事務関係の雑用をやっております」
「ふん、市長に返り咲く目算でもあるのかね。今更俺らに尻尾を振っても遅いだろうに」
半次朗は朔夜に向かって胡散臭げな視線を投げた。対して、満代は朔也には興味なさそうに見えた。
「そんなことより、新一郎兄さん。お父様が死んだって本当なの?」
「昨日、警察から遺体が戻って来たよ」
肥った男が答えた。
「調べたけど、事件性はないってさ。ただの事故だと」
「お通夜とお葬式の手配は、私がしました。加賀美さんにも協力いただきましたけど……」
望美が言うと、満代が冷ややかな視線を向けた。
「一番豪華なプランにしたんでしょうね? 仮にも月ヶ瀬家の当主の葬儀なのよ、みっともないお式なんか出来ないわ」
「は、はい……」
「ご安心ください、そこは抜かりはありませんよ。町のホールを借りて、大々的にやります」
朔也が抜け目なく答える。満代はふん、と鼻を鳴らすと、家の中へ入って行った。他の者も後へ続く。
ここに、月ヶ瀬家の相続人となる弦太郎の四人の子供達が揃ったのだった。
葬儀は朔也の言った通り、大々的に行われた。貸し切られたホールには大きな祭壇が築かれ、その前には街の名士と呼ばれる年寄り達が代わる代わる挨拶に訪れる。
しかしその挨拶を受けているのは新一郎・半次朗・満代の三人だけで、望美は裏で僧侶の接待や来客の対応などに追われていた。朔也がそれをサポートしている。
「大丈夫かい、望美ちゃん」
「ええ、大丈夫です」
近隣の商店街の面々などは望美を気遣ってくれたが、喪主である新一郎達は最後まで知らん顔をしていた。
……兄妹は、それぞれの思惑を持ってそこにいた。