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神のち悪魔、ときどき魔法使い  作者: 掛世楽世楽
5/6

ジェノサイド

 ちょうど梵天組が襲撃を受けた直後のこと。

 アメリカの偵察衛星が検知した未曾有(みぞう)の災禍は、NSAおよび政府上層部を、深刻な混乱に陥れた。


「日本のものと同じ波長パターンが、五分ほど前に発生しました。徐々に範囲を拡大しています」


「今度はどこだ」


「インド上空です」


「インド? 詳細を報告せよ」


「はい、これは・・・・・」


 NSAの分析官は絶句した。


「詳細はどうした」


「観測域内に何らかの攻撃があったものと思われます。メインモニターをご覧ください」


 フロア中央の大画面に映された衛星画像は、インド半島を示していると分析官は告げた。


「・・・これが、インドだと?」


 うろたえるマシューは、一見の価値がある。チャールズは内心で小躍りした。


「はい。間違いありません」


 モクモクと上がる噴煙が地上を覆い隠し、何も見えなかった。


「ううむ・・・」


「所長、国際宇宙ステーションのデータがリンクしました。隕石のようです」


「なんだって?」


「隕石の落下です。インド全域、および周辺諸国に、無数の隕石が飛来している模様」


 目前の大災害にも恐怖を感じないほど、チャールズは小気味よかった。自分の報告に動揺するマシューが、この眼で見られるとは。


「・・・なんてことだ。あの赤外線は、災害の予兆だというのか・・・? 至急、大統領補佐官に連絡しろ」


 その十分後。

 隕石群飛来のニュースが世界中を駆け巡った。

 アメリカ政府は、隕石と謎の赤外線に何らかの相関があると判断し、日本へ極秘展開中だった特殊部隊に即時撤退を命じた。



 隣のビルへ部下が突入して一分が経つ。

 黒い戦闘服を身に着けた兵士は、屋上にわだかまる闇の一部と化していた。

 そろそろ制圧の報告があるはずだと思っていたところへ、別の連絡が入った。


「作戦司令部からです」


 突然の命令に、現場は右往左往した。


「どういうことです」


「繰り返す。作戦は中止。即時撤退。以上」


「しかし、突入した十五名の安否が・・・」


「命令だ。ベータはアルファに合流せよ。急げ」


「・・・ベータ、了解」


 どういうことだ。

 納得はいかないが、命令は絶対である。


「おい、狙撃班Bに伝えろ。撤収だ」


 小隊長は、部下を呑み込んだままの小さな雑居ビルを睨み、臍を噛む思いで撤収を決めた。


「応答ありません」


「なんだと・・・お、お前は誰だ」


 小隊長の足元に、小柄な男がうずくまっていた。


「へい、権左と申しやす。以後、お見知りおきを・・・」


 男はニヤリと笑った。



 大勢の男たちが、今なお彫像の如く静止している。その景色は極めて異様、かつどこかしら滑稽でもあった。まるで録画再生のストップモーションである。

 政子は改めて隣の部屋を見やり、親父殿に問いかけた。


「あなたは驚かないのね」


「いいや、大いに驚いているところだ」


 手を広げ、小さく頭を振る。


「そうは思えない。私の知っている人間とは種類が違うみたい。別種の生物なのかしら」


「別種の生物? 何の事だ。ガラは悪いが人間には違いないぞ。嬢ちゃんなら、もう分かっているのじゃあないか」


「いいえ。分からない。あなたの口から聞かせて欲しいわ」


「ふん。いいだろう。俺が話せば嬢ちゃんも話す。そうだな?」


「ええ、約束する」


 政子は即答した。

 親父殿はひとつ頷いて、(おもむろ)に口を開いた。


「神とか悪魔は信じるか?」


 唐突な質問だが、からかっているわけではなさそうだ。

 晴太はすぐに政子へ眼を転じた。なんと答えるだろう。


「存在の定義が曖昧ね。概念は知っているけれど、答えようがないわ」


 彼女は小さく肩をすくめた。


「そうか。嬢ちゃんも仲間かと思ったが・・・」


 親父殿は頭をかいて言葉を区切り、政子と晴太をじっと見つめた。


「俺たちの呼び名は、いろいろあるんだがね、この国では八百万(やおよろず)の神と呼ばれている」


「それが、あなたたちの本性?」


「うむ」


 晴太は空いた口がふさがらなかった。よりによって神とは、下手な冗談だと思った。全然、笑えない。

 政子を横目で盗み見ると、他愛のない世間話を聞いているといった風情だ。顔色ひとつ変えずに、さとしと呼ばれる大男が淹れなおしたお茶を、さも美味しそうに飲んでいる。



 古来日本では、自然が信仰の対象だった。

 こんこんと湧き出す泉があれば、近在の人々はその水を飲み、作物に与え、恵みに謝意を示すための祠を建てた。(ほこら)には御神体が(まつ)られ、供物が並び、感謝と畏敬の念を込めた祈りが捧げられた。尊崇の対象が山や海に代わったとしても、そうした営みに変わりはない。

 信仰は何代にも渡って受け継がれ、時に百年、千年と続くこともある。

 長い年月を経るにつれて、祠や御神体に人の念が凝り、地水火風の精とも結びつき、やがては八百万の神となったのだという。


「ふうん。だから・・・」


 動けるんだ、という政子の呟きが聞こえた。


「元が人間の念だから、ふとした弾みで人の身体に宿ることもある」


 人の念は善意ばかりとは限らない。嫉妬や殺意もあれば、狂気もある。親父殿の仲間には、死神や悪魔、鬼とか妖怪と呼ばれる者もいるという。


 晴太は無自覚に(かぶり)を振っていた。

 バカバカしい。そんなこと、あるわけがない。

 しかし、異論を差しはさむ者はいなかった。この場で眼が泳いでいるのは晴太ひとりだ。


「質問は終わりかな?」


 政子はコクリと顎を引いた。


「そろそろ嬢ちゃんのことを教えてくれ」


 全員が彼女に注目している。


 とうとう分かるのだ。政子の秘密が。

 晴太は拳を握りしめた。


「私は人類の調査をしているの」


 彼女は鈴を転がすような声で話し始めた。


「最初にもそう言ったな。調査と言ったが、目的は?」


「進化の経過観察」


「よく分からん。嬢ちゃんの趣味か」


「いいえ」


「学校の課題か」


「違うわ」


「・・・その制服は高校生だな?」


「はい」


「高校に入る前は? ずっとこの街にいたのか」


「この身体はそうね」


「ちょっと待て。身体は・・・ということは、中身は違うとでもいうのか」


「はい」


 どよめきが起こった。自分が宇宙人だと言ったに等しい。

 ひょっとして、八百万の神と言われたから、それに便乗して自分も奇抜なことを言ってみた、ということか。それにしても無茶苦茶だ。

 晴太は我慢ができずに、つい口を出してしまった。


「冗談でしょ?」


「信じられないかしら」


 そうでしょうね、それでいいの。この星はそういう段階なのだから。

 政子は声を出さずに笑った。


「ちょっと待って。キミは自分が人じゃないと、そう言っているのかい?」


「明日葉くんの言う人が地球人を指すなら、私は人じゃない」


 バカな。

 晴太の顎がガクンと落ちた。一瞬、彼女は狂っているのではないか、という考えが頭をよぎった。

 組員三名も目を瞠り、あっけにとられている。

 親父殿だけは、落ち着いて質問を重ねた。


「お前さんは、俺たちの同類ではないのか?」


「似ているようで違うわ。地球に由来しないから」


 政子の口ぶりは穏やかだった。自分が人ではないと繰り返す言葉にも、ためらいが感じられない。


「ふうむ・・・・」


 親父殿は唸った。ソファに身を沈めて政子を注視している。頭から否定するつもりはないらしい。


 晴太は二人を交互に見やり、小さく首を振った。

 政子にしても、親父殿にしても、冗談にしては度が過ぎている。八百万の神だの、宇宙人だの、常軌を逸している。


 しかし、そうとばかりは言い切れない状況下にあることを、晴太は失念していた。


 親父殿は隣の部屋へ眼を向けた。そもそも、ここから始まったのだ。動かぬ兵士たちは、全員が同じ装備で身を固めている。持っている銃も、履いている靴も、顔に塗られた迷彩柄まで同じだ。これは絶対にヤクザの出入りではない。このあたりにヒントがありそうである。


 政子がここへ来て間もなく、狙いは自分かもしれないと言っていたことを、親父殿は思い出した。


「嬢ちゃん、アメリカ軍に恨まれる覚えはあるか」


 政子は首を振る。


「事務所の人たち、アメリカ軍なの?」


「おそらくな。彼らが持っているのはM16自動小銃だ。一糸乱れぬ統率は、精鋭中の精鋭と見た。こいつらは、小さなヤクザ組織なんか相手にしない。メリットがないからな。つまり、これだけの部隊を投入する狙いが他にあるってことだ。もちろん、その目的は金やモノじゃあない、だとすれば・・・嬢ちゃんを狙ったとしか思えん。だが、理由はなんだ。お前さん、何をしたんだ」


 全員の眼が、再び政子に注がれた。高校生の女の子に軍隊を差し向ける理由とは、いったいなんだろう。


「今日はずっと、誰かに尾行されているみたいだった。それが気になっていたのだけれど」


 背筋を伸ばして首を回し、ふーっと息を吐いた。


「アメリカ軍か。人間に分かるはずがないと思っていたから、油断したわ。どうして気がついたのかしら。それに、どうやって監視しているのかしら。あなたに分かる?」


 問われた親父殿は、迷いなく即答した。


「おそらく、監視衛星だろう」


「衛星?」


「そうだ。遠隔地のテロ対策なんかで、よく使われる手段らしい。ここが中東の国なら、無人機で爆撃されていたかもしれんな」


「ふうん・・・」


 政子は天井を見上げ、やがて目を閉じ、しばらくじっとしていた。


「本当だわ」


 眼を開いて感嘆の声を上げた。うっすらと頬が紅潮している。


「上空軌道を通貨する物体あり。ここの真上よ。思っていたより人間は賢いわね。注意しなくちゃ」


 ありがとう、と政子は白い歯を見せた。


「どうして見つかったのか分からないけれど、私を危険だとみなしたらしいわね。迷惑をかけてしまったみたい。ごめんなさい」


 政子は小さく肩をすくめ、続いて深々と頭を下げた。


「みんな無事だ。気にするな。それより、危険だと判断されるような理由に心当たりは?」


「たぶん、執行官が原子力関連施設を止めたから。そう考えると、筋が通るもの」


「執行官? 誰だ、そいつは。原子力施設を止めたって・・・あれは、嬢ちゃんがやったのか?」


 宇宙人宣言に続いて、原子炉停止ときた。今度は八百万の神を名乗った親父殿も、驚きを隠さなかった。突拍子もない告白の連続に、他の四人は言葉をさしはさむ余地がない。仰天しながら、黙って事の成り行きを見守っていた。



「私は調査員だから、情報を収集して送るまでが仕事。その情報を分析して、上がしかるべき方針を決めたら、執行官が対処を実施する。今回は強制執行に決まったらしいわ」


「どういう意味だ? 原子力施設が止まったのも、その強制執行とやらか?」


「それは秘密」


「今さら秘密もないだろう。教えてくれ」


 ヤクザも晴太も、固唾を呑んで次の言葉を待った。こんな時でも政子の唇は小さくて可愛らしい、と晴太は思った。



「そうね、調査に協力してもらったのだし・・・教えてもいいわ。どうせ他で話しても信じてもらえないでしょう。あ、その前に別の質問をしてもいい?」


「なんだ」


「人類にとって最大の脅威はなにかしら。人類が滅亡するとしたら、なにが原因だと思う?」


「人間だな」


 親父殿は即答した。


「どういう意味?」


「人間を滅ぼすとしたら、それは人間の欲望だ。いつの時代も、人間にとって最大の脅威は、人間そのものだと、俺は思う」


「なるほど、参考になります。ありがとう。じゃ、強制執行について説明しましょう」


 理解できるかどうか分からないけれど、と政子はつぶやき、居住まいをただした。


「私たちは、三十九万七千二百十八の星々を管理しているの」


「星々を管理? 星って、この地球とか、火星とか・・・?」


「そう」


 管理対象は、いずれも知的生命体が生息する星だ。惑星誕生から終焉まで、一つ一つの星を、責任をもって見守る。そうして究極の生命体を生み出そうという試みであった。

 目的のためには、時として発生する想定外の事態を収束させることもある。それを強制執行という。


「例えば、この星では過去に一度だけ行われたの。地球時間で言うと、今から六千六百六十六万七千三百十五年と三か月前。定期調査のために巡回していた時、巨大化した爬虫類の大量発生が見つかって、経過年数の割に効率が悪い進化だとみなされた。それで・・・」


 直径十五キロの小惑星を投下すると決まった。

 方針と異なる進化は認めない、実験をやり直すという判断が下されたのだ。


「そこまで大規模にやると、大半の生物が死滅してしまう。それもどうかと思うのよ。第一、非効率だわ。当時のトップは融通が利かなかったのね。でも現体制は考え方が柔軟よ。絶滅はさせないから安心していいわ」


「・・・・・」


 他の五人は黙って政子を見つめるだけであった。

 誇大妄想もここまで来れば大したものだ。全員が驚きを通り越して呆れている。


 政子の話は、その後も続いた。

 千年に一度、世界各地にストーンサークルが現れるようになっていると、彼女はいう。それは、生命の知的水準が一定レベルまで上がったことを検知するための、言わばアラームとして設けられたものだ。知的生命体の働きかけがあって、初めて機能する特殊な通信装置であり、移動の手段でもあった。


 たまたま定期巡回で地球の近くにいた調査員は、ストーンサークルの発動を知り、彼の地へ移動した。今から一か月前のことだ。

 前回の強制執行から六千六百六十六万年後の地上には、一目で生命が溢れていた。調査員は勇躍し、さっそく仕事に取りかかった。


 言うまでも無く、広範囲を調査をするには、ストーンサークルの外へ出なければならない。サークルから出るにしても、この星で長時間の調査活動をするためには、何かしらの身体が要る。

 鳥や虫なら、すぐに調達可能と思われたが、それでは別の意味で制約を受けてしまう。なぜなら、借り受けた身体に宿る記憶、知能、運動能力などが、調査員に影響を与えるからであった。


 さて、どうしようかと思いながら大気組成を分析していると、幸いなことに、ストーンサークル内で死亡した人間を見つけた。体温の低下もなく、心停止から間もないようだ。蘇生は容易だった。


 晴太は愕然として、


「まさか・・・それ、キミのことじゃないよね?」


「私のことよ」


 どこまで本気なのか、全く分からない。

 淡々と話す政子を見ていると、晴太は背筋がぞわりとした。



「う・・・嘘だ。質の悪い冗談はやめろよ」


「本当よ。生前の記憶もあるわ。だから明日葉くんのことも知っていた」


 晴太は瞬きを忘れて、政子の白い顔を凝視した。「冗談よ。本気にした?」そう言って笑い出してほしい。

 組長ら四名も、渋い顔を見合わせて成り行きを見守っている。もはや信ずるに足りない、そう思っていることは明らかだ。


 そのうちに痺れを切らした鉄也が、


「おいおい、嬢ちゃん。ちょっと待てや」


 ダン!

 テーブルに足を載せ、すくい上げるように政子を睨みつけた。


「おめえの言う事、いちいち腑に落ちねえ。恐竜を滅ぼしただの、原子炉を止めただの、戯言(ざれごと)もいい加減にしやがれ。いいか? お前の言う事が本当なら、お前は造物主ってこった」


 鉄也はそこで皆を見回し、異論がないことを確認したようだ。


「それは言い換えりゃあ、神様ってことになる。そうだな」


「神の定義にもよるわ」


 政子の表情に変化はない。


「ふざけんな! お前みたいなガキが神様ってえ法があるかい。証拠を見せてみろ」


「やめろ、鉄也」


「ですが、組長・・・・こいつは、とんでもねえペテン師ですぜ」


「嬢ちゃんが只者じゃないのは、お前も分かるだろう」


 隣の部屋を見やり、不承不承、鉄也は頷く。


「へい。ですがね、組長、こいつの言う事は出鱈目だ。言うに事欠いて、自分のことを神様だなんて言いやがる。なあに、全部手の込んだトリックですよ。ちょいと締め上げてやりゃあ、すぐに本当のことを吐きますぜ」


 鉄也は政子に向き直り、


「今のうちに白状しやがれ。おめえ、何をしやがった? 何を企んでる?」


「私は知的生命体の調査をしただけ。後は執行官の仕事よ」


「まだ言ってやがる。素直に吐けばよし。それとも体に訊いてみるか?」


「やめなさい。後悔することになるわ」


 政子の眉間がピクリとした。


「ガキめ、後悔するのは、お前だ」


 組長の手を振り切って、鉄也は政子に飛び掛かった。


「やめろ!」


 晴太はとっさに腰を浮かせ、間に入ろうとした。


「・・・え?」


 そして、茫然と鉄也を見上げた。

 噛みつかんばかりに歯を剥き出し、手を伸ばした姿勢のままで、鉄也は宙に浮いている。


「だから、やめろと言ったんだ」


 バカ者め、と組長は首を振って(なげ)いた。


「すまん。こいつは頭に血が上ると見境がなくなる。これで少しは懲りるだろう。嬢ちゃん、元へ戻してくれるか」


「私には、どうしようもないの」


「どうしようもないって?」


 攻撃の意志を持って近づく者があれば強制停止。殺意を抱く者であれば、強制排除されるのだという。悪意を持って政子に近づくことは、出来ない仕組みになっているらしい。


 これが神の力なのか。

 一同は宙に浮いた鉄也を見つめた。本能むきだしの、はっきり言えば醜い、そこはかとなく哀しい姿である。晴太は心の中で合掌した。


「おい、鉄也の手が・・・」


 龍一が引きつった顔で指さした。皆が見ている前で、政子につかみかかろうと伸ばした鉄也の右手が透けてゆく。よく見れば、黒っぽい無数の極小生物が鉄也を食べているのだった。


「うそだろ・・・」


 すでに指先が、第一関節から先が消えてしまった。


「嬢ちゃん、あとで鉄也には詫びを入れさせる。だから・・・」


 助けてやってくれと親父殿は頭を下げた。他の二人もそれにならった。そうしている間にも鉄也の手足が透けてゆく。


「そう言われても・・・」


 腕を組み、頬に手を当てて、政子は何か思案しているようだった。

 大きな眼がクリクリと動く。


「一応やってみるけど、期待しないでね」


 政子が眼を閉じて何かの呪文を唱えた。


停止(スウシスト)


 皆固唾を呑んで見守っている。

 消失は止まったようだ。しかし鉄也の身体は四肢が消えてしまっていた。


再生(リプロダクション)


 失われた四肢の断面に、白い光点が集まってゆく。針の先ほどしかない小さな白い光は、先ほどとは別の生物群であった。手足がみるみる再生されてゆく。晴太はビデオの早送りを見ているような気がした。


「これでよし」


 宙に浮いたまま一度は消えかけた鉄也が、今はまた元へ戻っていた。政子を除く四人は大きく息をついた。冷たい汗が脇の下を流れ落ちた。



「信じてもらう必要はないけれど、いきなり信じろと言っても無理よね。彼が言う事にも一理ある」


 政子が部屋の隅に眼を向けると、テレビの電源が入った。有り得ないとは思うのだが、これくらいでは、もう誰も驚かない。


「もうすぐニュースが流れるわ。それを見れば、強制執行について信じてもらえると思うの」


「何だって?」


 皆が政子に注目した直後、テレビの音声が緊急ニュースを報せた。


「先ほどの爆発に続きまして、大規模な災害が発生したらしいという情報が入りました」


 キャスターがメモを受け取り、悲壮な面持ちで読み上げる。顔色が徐々に白くなっていった。


「今から十分ほど前、インドで最初の爆発がありました。その後・・・インド全域、およびパキスタン、アフガニスタン周辺に、同じような爆発が起こりました。詳細は分かっておりませんが、隕石ではないかと言われております。国際宇宙ステーションからの映像が送られてきました。そちらをご覧ください」



 画面が切り替わり、宇宙空間から地表を撮影した映像となった。

 下側にインド半島を示す逆三角形の陸地が見える。にわかに半島中央で生まれた小さな噴煙が一つ、二つ・・・。それから間もなく、無数の光が地上を目掛けて糸を引いた。やがて噴煙は次々と立ち昇り、インド全域を覆い尽くした。


 一同は食い入るようにテレビの画面を見つめている。そこで何が起こったにしても、壊滅的な被害が出ていることは明白だった。


「信じてもらえたかしら。これが今回の強制執行よ」


 もはや、疑いようがない。

 政子と政子の仲間は、人類を死滅させんとしている。

 シンとした室内に、親父殿の低い声が響いた。


「このことだったか。お前たちが入って来る少し前に、若い者が騒いでいたのは・・・」


「そう、なんですか?」


 晴太の問いかけに、親父殿は無言で頷いた。

 事務所のテレビに人だかりがしていたのは、そういうわけがあったのだ。


「嬢ちゃん、教えてくれ」


「なに?」


「強制執行とやらは、間違いなくあんた達の仕業か?」


「そうよ」


「あんた達は、この星と人間を造った、それで間違いないか」


「まあ、そう言っていいわね」


 理解を得られて嬉しいのか、政子は眼を細めた。邪気の無い笑顔だった。


「であれば、地球と人間は子供同然だろう。なんで、こんな仕打ちをするんだ」


「もちろん、それがあなたたちの為だからよ」


 政子は平然と言い放った。非情な言葉にそぐわない、花のような笑みを浮かべて。自分の正当性を疑うことなど、きっと思いもよらないのだ。

 晴太は肌が粟立ち、細く震えるような息を吐いた。


「俺たちのため? そうは思えない。分かるように説明してくれ」


「いいでしょう。このままでは、近いうちに絶滅すると判断されたのよ。それを抑止するための強制執行ね」


「絶滅? 俺たちが?」


「ええ、そうよ」


「近いうちってのは、いつ頃だ?」


「百年から千年の間」


「まだ先じゃねえか」


 今までは控えていた龍一が二人の会話に割って入り、顔をしかめた。声が尖るのを抑えられないようだ。細く尖った鼻と顎が、神経質な印象を与える。


 政子は龍一に眼を向けた。


「人間から見れば先のことでも、地球的時間軸で見れば一瞬よ。せっかく生まれた知的生命を、みすみす死なせるわけにはいかないの」


 母親が子供を諭すような、穏やかで静かな語り口である。


「放っておけ。俺たちの星だ」


 龍一の声が怒気を孕み、一触即発の気配が膨れ上がった。宙に浮いた鉄也をチラリと見た眼が血走っている。


「もう遅いわ。それに絶滅するより、強制執行の方がいいのは明らかよ」


「バカ言うな。逆に絶滅させようとしているだろ。俺にはそうとしか思えねえ」


 龍一の言う事はもっともだ。皆、同意を示し頷いていた。罪のない人々が無差別に殺されている。これは悪魔の所業だ。人類始まって以来最大のジェノサイドだ。晴太でさえ、政子の意見には賛成しかねた。


「死にゆく個体は、お気の毒ね。でも、執行内容の是非は問えないの。少なくとも私には」


 政子の瞳が、わずかに曇った。


「なぜこの、強制執行とやらが必要なんだ? もう少しわかるように頼む」


 親父殿の口調はあくまで静かである。

 政子は再び顔を上げた。


「私の調査結果によれば、地球人類の存続を脅かす問題は、主に三つあるの。人類の持つ認識とも一致しているわ。一つは核兵器と核関連施設。これはすでに対処済み。残る二つは、人口増加と環境汚染。強制執行は・・・今見た隕石群は、その二つを抑止することが目的なの」


「何が抑止だ。これじゃあ皆殺しだろう」


 龍一が口から泡を飛ばして抗議した。

 こめかみと首筋の血管が強く浮き出し、握りしめた拳が震えていた。親父殿が龍一の腕をやんわりと掴んだ。鉄也の二の舞は避けたいと思っているようだ。


「心配いらないわ。執行官はさじ加減を間違えたりしないから。対象地域は人口の密集するアジアに限定されているし。強制執行後は人が減って、むしろ地球環境は良くなる。長期的に見れば、相当な改善効果があるわ」



 政子たちは知的生命体の実態をリサーチし、進化傾向に問題がないかどうかを判断する。知的生命体存続の支障となる要因は、適宜取り除かれる。それは絶対のルールなのだという。


 はぁ・・・。

 誰からともなく、一斉に溜息が漏れた。重苦しい空気が室内に淀んでいる。真実を知ったのはいいが、事が余りにも大きすぎて、何をすべきか、何ができるのか、分からないのだ。


 龍一はサングラスを外し、金色に輝く眼を眇めて政子を見やった。


「それで、俺たちは死ぬのを待つってことになるのか。え? 嬢ちゃん」


「そうとも限らない」


「じゃあ・・・助かるのか?」


「絶対とは言えない。隕石群がどれくらいの範囲に降り注ぐのか、私にも詳細がわからないの」


「お前はどうなる? ここにいれば俺たちと同じ運命だ。死ぬぞ」


「ええ、そうね」


「そうね、じゃあねえだろうよ。死ぬんだぜ」


 呆れて(かぶり)を振る龍一とは対照的に、政子は涼しい顔だ。


「肉体の消滅と死は別よ」


「なにを言ってるのか、さっぱりわからん」


 龍一は重ねて(かぶり)を振った。


「いいのよ、分からなくても。それに・・・」


「なんだ?」


「私が見聞きしたことは、随時、仲間に共有される。あなたたちの存在も、興味深い観察対象として、きっと認識されたと思うわ」


「だからなんだ。ほめてんのか?」


語彙(ごい)の解釈はご自由にどうぞ」


「まったく・・・可愛くねえ嬢ちゃんだぜ」


「フフフ・・・」 


「何がおかしい?」


「別に」


「けっ。人類存亡の機だってえのに、気楽なもんだ。面白くもねえ。おい、俺たちが黙って見ていると思ったら大間違いだぞ。腹いせにお前を裸にひん剥いて、ヒイヒイ言わせることだって・・・」


 龍一は脅し文句を言いかけたまま、動きを止めた。

 敵意を向けるとどうなるか、もう忘れていたらしい。幸いなことに消える気配はなさそうだった。



「下品ね。こんな生き物を自由にさせておくなんて・・・危険だわ。それに学習能力が低い。私が処分しましょうか?」


 政子は動けない二人に白い眼を向け、珍しく毒のある言葉を吐いた。

 親父殿が両手を挙げて、


「それはちょっと待ってくれ。これでも俺の大事な舎弟だ。家族も同然だ」


「二人とも誠二と同じよ。もっと教育すべきね」


「まあな。教育が足りないことは認める。これでも誠二よりはマシなんだが・・・」


 親父殿は苦虫を噛み潰したような顔で、


「それはともかく、あえて老婆心から進言させてくれ」


「私たちに?」


「そうだ。八百万の神は人類と共に数万年を生き、その進化をつぶさに見てきた。貴殿の知らないことも、多少は知っていると思う」


「ふうん・・・」


「ネアンデルタール人をご存知かな」


「数万年前に絶滅した、ホモサピエンスの一種」


「さすがに調査済みか。ならば話は早い。脳容積が大きく、体格と体力に勝るネアンデルタール人は絶滅し、現生人類が生き残った。その意味は分かるな? 必ずしも強者が勝つとは限らない。だろう?」


「そうかもしれないわ」


「強者は、強いが故に変わろうとしない。伸びしろが少ないのさ。逆に弱者は、生き残ろう、環境に適応しようと必死に足掻く。その結果、往々にして弱者が覇権を握る。一見矛盾しているようでも、それは地球における進化の歴史だ」


 その通り。

 晴太も強く頷いた。弱者には弱者の利点がある。


「人類は愚かな種族だ。嬢ちゃんたちから見れば、欠点だらけだろう。だが伸びしろはある。もうしばらく、人類に舵を取らせてはもらえまいか。貴殿らであれば、絶滅の瀬戸際を見誤ることもありますまい」


「そうね。考えておきましょう」


 今回の大規模な来訪は、地球の知的生命から連絡を受けたことが契機であった。言うなれば、強制執行も人類自ら招いたものだと政子はいう。


「さっきもサークルの発動がどうとか、言っていたな。しかし俺たちから連絡なんて、しようがないだろう」


 彼女は小さく頭を振った。


「ストーンサークルは、パズルになっているの。知的生命体でなければ、そのことに気づかないし、偶然にパズルのピースがはまることもない」


 晴太は半ば我を忘れて、身を乗り出した。


「つまり、誰かがそのピースを動かして、キミたちを呼んだ、ってことになるのか」


「そう。誰かがストーンサークルのスイッチをONにした。明日葉くんの家に近い、あの遺跡のことよ」



 晴太と政子は、四人のヤクザに見送られ、事務所を出た。


「ここを出たら全員を開放するわ。気を付けてね」


「わかった」


 兵士は既に拘束してある。後で適当な場所へ放り出せば良い。



「誠二には罰を与えたから、そのつもりでいて。騒ぐでしょうけど、命に別条はないわ」


「罰ってなんだ?」


「ないしょ」


 政子は悪戯っぽく微笑んだ。


 二人がエレベーターに消えてから、鉄也はさとしに尋ねた。


「嬢ちゃん、気を付けろって言ったな」


「あ、はい」


「何のことだ?」


「さあ・・・」


 さとしは、大きな身体を縮めて首をひねった。

 踵を返した二人が、事務所のドアを開けた途端、凄まじい轟音が響き渡った。

 事務所の時間軸が元へ戻り、発射済みの銃弾が雨のように降り注いだのだ。


「こ、これのことか・・・」


 龍一は腰を抜かして、さとしにしがみついた。

 幸いにして、怪我人は出なかったらしい。


「そうだ、誠二は・・・?」


 悲鳴が聞こえたのは、その直後だった。


「ギャア! ひぃぃぃぃぃ・・・・・」


 声を聞き付けた組員が、物置に隠れていた誠二を見つけた。



「俺の・・・俺の大事な・・・・・」


 下腹部を押さえて泣き叫んでいる。数発の流れ弾が、ドア越しに命中したのだった。



「誠二、しっかりしろ」


「た、助けて。いてえ、いてえよ。兄貴、病院へ・・・・」


「わかった。すぐに救急車を呼ぶから、待っていろ」



 龍一の見たところ、出血は少ない。死ぬことはないだろう。だが、局部が元に戻ることもないだろうと思われた。誠二のような男には、死ぬより辛い罰だ。


 さとしがボソリと呟いた。


「恐いなあ。嬢ちゃんが本気で怒っていたら、兄貴もきっと・・・」


「やめろ。それ以上は言うな」


 龍一は反射的に自分の股間を手で押さえ、無事を確認していた。



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