9話 ハイリスク・ローリターンでもチャンスはチャンス
ノックはマナー(切実)
「メディ兄、今から練習するからちょっとつきあって」
なんて自室でのんびりフィーユに選んでもらった本を読んでいたら自主練をするらしく稽古着に着替えたレティシアが勝手にノックもせずに入ってきた。
いやうん、別にいいけど。もうちょっとこう、年頃の娘として警戒というか遠慮というかをもってほしいが、それだけ頼られていて信頼されているってことだよな。
「わかった。ちょっとまってな。栞挟んでから行くから」
「ごめんね、本読んでる所……でも珍しいね、メディ兄がこの時間から家で本読んでるなんて」
「図書館で借りた本だから早めに読んで起きたくてな」
「あ、図書館行ったんだ。どうだった? あそこ、いいでしょ」
「確かにな。レティがすすめるだけあって。面白いし参考になる本が多くて退屈しないですむからよかったわ」
フィーユと会えたし、とは言わないでおく。いくらレティシア相手でもなんか照れくさいし、図書館の本来の用途や目的とは別のところにあるしな。
「でしょでしょ?あそこ、叔父さんからお薦めされたけどまだ読めてなかった本が奥の鍵付きケースにいっぱいあるし。部屋の鍵いくつもあけないといけないから面倒だけどね」
奥の鍵付きケースに何重も部屋に鍵って、それ明らかに封印というかヤバい代物だよな。そういうのがある場所に普通に入って読んでるあたり、やっぱレティシアは規格外も規格外なんだな。
「その分貴重なものがいっぱいあっていい勉強になるだろ」
「そうだね。おかげで発表会はうーんと面白いものを見せられそうだよ」
「発表会?」
「あれ、メディ兄聞いてない? 来月の最初にね、新入生が全校生徒と教師の前でなにか披露する発表会があるんだって」
うわ、マジか。そんなのあるなんて聞いて……ああ。
「それ多分立候補制か推薦制だろ」
「そうなのかな? あたしは学院長に絶対でろって言われたけど」
そりゃそうだろ。レティシアはどう考えても新入生で一番の注目株だし参加するとしないでは盛り上がりが大違い。学院としちゃ出さない理由はない。
「まぁレティが出るなら俺はいいかな」
「えー、なんで? メディ兄もでようよ~」
レティシアは軽くいうが正直、俺には意味が薄いというかデメリットしかない。
なんせレティシアは掛け値無しの天才。今回の参加者は生半なことじゃ全部レティシアに持っていかれて印象はかけらも残らないし、俺の場合はそこからさらに同じノワル家の人間としてよりマイナスの印象を強く持たれてしまう。
「俺がでてもしょうがないだろ。俺が使える魔法がどんなものなのか、レティが一番知ってるだろ?」
「そりゃそうだけどさ、発表会は魔法の腕に限らず研究成果ならなんだっていいって言うからメディ兄にはちょうどいいかな〜って」
「なに?」
てっきりその場で魔法を使ってこれだけすごい魔法を使えますという場かと思えばもっとアカデミックなノリなのか。そうなると事情がちょっと変わってくるな。
「メディ兄がでてくれたら色々と面白いことになりそうなのになぁ~。こう、頭が固いメディ兄の凄さがわかってないのをギャフンってさぁ」
「はは、ありがとうな」
レティシアが言う通り、これはチャンスではある。ここでレティシアに勝ったり善戦すれば俺の価値は示せる。実力を示すのは評価を変える王道だし、目に見える実績はわかりやすい裏付けだ。
とはいえ、ハードルは高い。うかつに手をだすと逆効果のハイリスクミドルリターンといったところだ。
「まぁレティがそこまでいうなら何か面白そうなものを思いついたら出るとするさ」
「ほんと? 約束だからね! もしメディ兄が出るならあたしも負けないようにすんごい頑張るから! あたしに勝てるとしたらメディ兄だけだろうしね!」
それはちょっと過大評価が過ぎるぞ、とは思うがそれを口に出すのは無粋だよなぁ。さーて、どうしたものか……
「フィーユは発表会はどうするんだ?」
「発表会……ああ、来月ありましたね、そういえば」
翌日の昼休み、昨日のレティシアとのこともあって落ち合ったフィーユとランチを取りながら聞いてみたのだがフィーユの反応は予想通りというか、まるで興味ないと言わんばかりだ。
「その……正直、他の人が何をするのか興味はあまりありませんので……それより、まだ読んでない書を読んでおきたいですね」
「ああ、うん。フィーユらしいな」
体育祭とか文化祭とか、アクティブじゃない人間にとっては自分の時間の方が大事なのにってなるのはよく分かるし俺もそうだった。なら俺よりもその傾向が強いフィーユはなおさらそうだろう。
「ですがその、どうして急にそのような? わたしはその……一応知っておけと学院長から教えられましたが参加は強制でもありませんし……」
「いや、色々あってひょっとしたら参加するかもしれなくないんだ。だからちょっと聞いて起きたくてな」
「そう、ですか……」
フィーユのもっともな疑問に対して嘘を言う必要もないので素直に、とはいえレティシアとのあれことか、評判とかはなんかは一々話すことでもないので伏せて答える。
「あの……もし、もしですけど……メディクさんが出場されることになりましたら、時間はありますので……なにかお手伝いできることがありましたら協力させていただきます。だからその……遠慮なく、おっしゃってくださいね」
あ、やばい。泣きそう。なんかもう、本当にやばい。さすがにこれで泣くのはまずいな。でも何年ぶりだ、レティシアや爺や以外にこんなこと言ってもらえたの。
「うん……ありがとう、その時はぜひ。フィーユが手伝ってくれるなら百人力だな」
「そ、それはさすがに大げさではないでしょうか」
「いや、そんなことないって。手伝うって言ってくれるその気持ちだけでもう十分過ぎるのに、書字魔法まであるから百人でも足りないくらいだ」
書字魔法はオフィスソフトを魔法で代用してくれるわけだからそりゃもう、発表会では心強いよな。パワポが使えると使えないじゃプレゼンの難易度は大違いだ。
「そう言っていただけると……が、がんばりますね」
「はは、うん。ありがとう。ただ、フィーユに協力してもらう前に俺が一番頑張らないと始まらないけどね。まずは何を発表するか決めないといけないしな」
「そう、ですか……」
この手の発表会はテーマが全てといっても過言ではない。そこの部分がしっかりとしていないうちはでても恥をかいて終わり、戦わないほうがマシまである。
せっかくフィーユが協力してくれるし、レティシアも俺が参加するのを望んでいるのだから全力で挑み、相応しいだけの何かを見せなければもったいない。
しかし肝心の俺自身が使える手札は幼児並の攻撃魔法と基礎レベルの回復魔法くらい。この制限でできてなおかつレティシアに見劣りしない内容をとなると、さてどういう方向性からアプローチをすれば――――
「……さん!……ディクさん!」
「え?」
フィーユに声をかけられて、俺ははたと我に帰る。いけない、完全に意識が思考に飛んで目の前のフィーユをほったらかしにしてた。うわ、スープがもう湯気たってないって俺どんだけ自分の世界に閉じこもっていたんだよ。
「ご、ごめん。つい考えごとに夢中になっちゃって」
「いえ、かまいません……私も書を読む時はそのようになりますし。それに考えられているお顔が少し……タグの話をしていた時に似ていて……その……とても、イキイキとされていまして」
よかった、怒ってないみたいで。しかし、イキイキとか。全然気づかなかったけど、フィーユがそう言うくらいだからそうなんだろうな。だとしたら、たぶんあれかな。
「俺は魔法の腕も才能もないからその分頭を使ってなんとかしないといけないからさ。ありもので工夫しようと考えるのって嫌いじゃないんだ」
縛りプレイというか高難易度ゲーというか、こういうのは実際楽しいし嫌いじゃない。というか、そうじゃないと医大入試なんてマゾゲーのクリアはまず無理だしな。
「それにフィーユが手伝ってくれるっていうなら半端なことはしたくないし、それでフィーユの評価まで下がったら申し訳ないなんてものじゃないし」
「そ、そうですか……私のことは気になさらずとも良いのですが」
「そうもいかないって。俺がバカにされるのはもう慣れたしほっとくかで済むけど、手伝ってくれたフィーユがバカにされるのは我慢できないし」
自分がバカにされるより周りがバカにされる方が頭にくるってのはよくあることだしおかしいことじゃない。だから別にフィーユもそんな恐縮してうつむかなくてもいいのに。
「あ、そ、そういえば……た、たしか図書館に先輩方の発表会の資料が残っていたはずです」
んで顔をあげたと思えばあわあわという疑問がつきそうな勢いで手を振って……てっ、ちょっとまて。
「それ、閲覧できる⁉」
何をやるにしても傾向と対策というか、先達たちが何をしていたのかってのは最重要情報。過去問なくしてシケタイはならず。
「はい、もちろん……よろしければ、ご案内しますけど?」
「ぜひ!」
冷めてしまったスープと料理を平らげてから、二人で図書館へ戻る。図書館は相変わらず検索性のかけらもないがフィーユがいれば話は別で、あっというまにあちこちから先輩方の発表会の資料を見つけ出してくれる。
「資料に残っているのは評価されたものがほとんどですので……たぶん、何かしら得るものがあるかと」
本当にありがたい。先輩たちの資料からなにか得られるのがあるといいのだが……しっかりと読ませてもらおうか。
10話は17:10分ごろに投下します。いよいよ10話がみえてきた……