8話 はじめてのともだち
ギル祭の高難易度がひたすらにめんどくさい……
「えっと、書字魔法が使えるフィーユにはあんまり意味がないと思うんだが」
「確かに私は図書館で困ったことはありません……ですが、先程のあなたのように困っている利用者の方は多いですから……その、もし図書館が便利になるものがあるなら、知っておきたいのです」
そういうことか。確かに、さっきまでの俺とかなくて困っていたし、書字魔法が一般的な魔法でないなら使い手は少ないってことだしなぁ。
「わかった。ただ、ちょっと長くなるかもしれないし図書館で長々と話すのは良くないから、場所を移してもいいか?」
本当は今話しているのもマナー的にはよろしくないしな。図書館は静かに利用するべきなのは前世でもこの世界でも変わらない。
「そう、ですね……では、近くのカフェテリアでよろしいでしょうか? ちょうどその……少しお腹が空いてきましたので」
「俺も小腹が空いてるし、かまわないよ」
もともとここの利用願いを出したら軽食を食べるつもりだったし、断る理由はない。時間的にもちょうどいいくらいだ。
「では早速……」
「ただ、その前に本を借りないとな」
「……そうでした。忘れるところでした」
うっかりしていたと言わんばかりにフィーユが顔を赤らめるけど、それをみてなんか俺は和んでしまう。最初にあった時の儚い美しさと違ってこう、人間味があって親しみがわくとでもいえばいいのかな。うん、なんだかそれだけで距離が近く感じる。
それが嬉しすぎてついつい探してもらった本を借りてからいったカフェテリアの支払いも、俺がまとめてやってしまった。
「あの……自分の分は自分で」
「いや、いいって。探してもらったお礼も込みってことで」
ほんと我ながらちょろすぎるが……だがまぁ、本を探してもらって助かったのは本当。代わりにとってあげただけじゃ釣り合ってなかったしこれくらいでちょうどいいだろ。
それに俺の名前に反応しないでくれたしな。
「それで、タグや案内図というのは……」
口に出さなかった俺の思いが伝わったわけじゃないだろうが、それ以上遠慮も何もせずに受け取ってくれる。
「えっと、フィーユの眼鏡にかなうかはわからないけど、タグってのはあれだ。本全部に目印を、たとえば帯をつけてそこに番号を割り振っておく。そして本棚にも同じ番号を割り振っておいて所定の本を所定の場所に管理するって具合だな」
うーん……我ながらうまく伝わっているかわからない。こういうのって俺にとってあるのが当たり前だったからそれを言語化するのって難しいんだよなぁ。
「……よくわかりませんが、それがいったいどういう意味が」
「帯の番号に法則性をもたせておくのさ。たとえば赤帯の一は火炎魔法でAから始まる作者の本、赤帯の二は火炎魔法でBから始まる作者の本みたいにな。その上でどこにどの本棚があるか明記して、今どこにいるかひと目でわかる案内図を図書館の目立つところに貼り付けたらどうだ?」
「それは……素晴らしいですね。書字魔法を使わずとも、どんな本があるかひと目で誰でもわかりますし、どこにいってどう探せばいいかもすぐわかります」
ああよかった、伝わった。そうなんだよなぁ、どこを探せばいいのかわかるのとわからないのでは利便性が大違い。索引や目次のない教科書がほんと使いづらいのと一緒だ。
「ただ、これやると図書館で働いている書字魔法使いの人の仕事を奪うことになるかもなぁって思ったんだけど」
「書があるべき場所にあり多くの人の求める人の所に届きやすくなることより優先すべきことは、ありません……それに、案内だけが私たちの仕事ではありませんからむしろ……細かな仕事が減って助かるかと」
ああ、なるほど。考えてみれば端末で色々管理するようになっても司書さんの仕事はなくならなかったしな。雑用が減って別の仕事にリソースを割り振れるようになる分得と言って良いのか。
「そっか。それならよかった。ただ、帯の準備やら棚の整理やら手間暇がかかりすぎて簡単には実現しないよなぁ」
「それもですがそれ以上に多くの権威ある人達には書を探すのも修行のうち、安易に書字魔法使いに頼るのは未熟者がすることという認識がありまして……この管理はそれ以上に反発を……」
こっちの世界でも紙の辞書を使わないのは云々とか、水を飲むのは云々みたいなののあるんだな。学院長も今どきの若いものはって言ってたし、世界が変わったり魔法があっても人間ってのは似たようなものなんだな。
「便利になれると不便に耐えられなくなる、ってやつか。頭が固いとも言えるし、でも一理あるとも言えるから難しいな」
「はい……ただ、試してみる価値はありそうですし、考えるのも楽しいですね」
「そう言ってもらえると話した甲斐があったしよかったよ」
本当に。レティシア以外の同世代とちゃんと話せたのもひさびさだったし、喜んでもらえたのは素直にうれしい。カフェ代なんて安いもの……あ、やば。
「あ、冷めないうちに食べないともったいないからどうぞ食べてくれ」
話すのに夢中で最初に買っておいたパンとスープ、すっかり忘れてた。
「す、すいません。せっかく奢っていただいたのに」
「いやいいって。俺も話すのに夢中だったし」
「私もです……その、同世代の方とお話しするのが随分と久しぶりで新鮮で……楽しくて……つい」
ああ、フィーユもあんまり同世代と話さないのか。そういやずっと図書館に引きこもっているって言ってたしそれもまたおかしくないよな。
「えっとその……よかったら、またお話しにお付き合いしていただいても……よろしいでしょうか?その……メディクさんがお嫌でなければ、ですが……」
同族、といったら失礼かもだが俺と同じで周囲から距離を取っているというか接点を薄くしている、そんな親近感からこの一度で縁を切りたくない。そしてフィーユも、そう思ってくれたみたいで、楽しいと思ってもらえたようでよかった。
「もちろん。明日の昼休みとか大丈夫か?」
「……はい、待ってますね」
こんなふうに約束をする。この世界に同世代の友人なんていなかった俺にそんな相手が学院にいてくれる。それだけでもう嬉しくてたまらない。だからフィーユと別れた後にクレソンたちが俺の前に立ってギャーギャーわめいたのも全然腹が立たずに……
「あ、レティシア」
このただ一言で追い払ってやった。うん、せっかくいい出会いがあったのにその気分を邪魔されたくないからな。レティシア、すまん。こんな時に利用した俺を許してくれ。
そして翌日から、俺は約束した昼休み以外にも時間ができれば図書館へと足を運ぶようになった。図書館には俺の方をみてヒソヒソいうやつもいないし、クレソンやその取り巻きの目が絶対にない。それに興味を惹かれる本も多いしなにより……
「……こんにちは、メディクさん」
フィーユがいてくれるからな。図書館に籠っていると言っていたけど本当にいつ行ってもフィーユは図書館のどこかにいてくれた。
それがわかっているから、ついつい図書館に行くたびその姿を用もないのに探してしまい話かけてしまう。
「あの、いつも話しかけてるけど迷惑じゃなかったか?」
そんなことが続いたので、ある日俺はとうとうこんな風に聞いてしまった。いや、うん。こうせっかく話すようになった相手だし、嫌われたくないという思いが強かったんだ。
「迷惑、ですか?……そんなこと、考えたこともなかったですね」
だが、俺の心配をフィーユは何を馬鹿なと言わんばかりに否定してくれた。
「そうなのか?」
「はい……私はどうにも書と字の世界に閉じこもりがちでして……そんな私の所に来て、生身のふれあいをもたらしてくれる……書にはない世界を見せてくれる。それは……とても、ありがたく嬉しいことですから」
優しく微笑むそのフィーユの表情に、嘘は欠片も感じられない。それがなによりも……嬉しい。
「だからどのようなことでも、聞かせてください。学院のことや家族のこと、外の景色のことでもなんでも……なによりも、あなた自身のことを」
「はは、俺のこととかあんまり面白くないと思うぞ?」
「そうでしょうか?……私は、その……聞いてみたいと思います。もっと、知りたいです」
俺の話を聞かせてくれ、その言葉は初めてこの世界で家以外の居場所を与えてくれた気がした。家族以外の人間と話して、縁を紡ぐ……本当に久しぶりの感覚だった。
だからその日から俺はフィーユと色々と、本当に色々と話をするようになった。たとえば、カフェテリアのどのメニューがハズレだったのか、とかどの教師の授業が面白かったかなんて日常から、俺の事情……攻撃魔法の才能がカケラもないことや天才であるレティシアのことも、話せる範囲では話した。
どんな話も聞いてくれたフィーユが何より喜んだのは俺の前世の話。といっても、流石に前世の話をそのまましない。例えば馬がなくても動く馬車があったら便利じゃないか、というようにそれとなく濁して伝える話。でも、それがフィーユにはとても新鮮らしくて目を輝かせながら聞いてくれた。それだけで、俺は次は何を話そうか、って気持ちになった。
そして聞くだけでなくてフィーユもまた色々と話をしてくれた。最近彼女が図書室で見つけた面白かった本のことや図書館と自宅の行き帰りでのこと、小さい頃読んだ本や一度親に連れて行かれた王立の図書館のこと。そんな時間が本当に楽しくて、それこそ学内で向けられる噂や目線なんてその楽しさの前では些細なことだった。
うん、我ながらちょろい気もするが実際本当だからしかたない。
9話は16:10ごろに!