75話 黄金と闇が動き出す
エピローグ、四章完結になります。
正直、その可能性を考えなかったわけではない。いやむしろいて当然、俺だけが特別なオンリーワンだなんて傲慢すぎるしあるはずがない。
そう頭で理解していたつもりだったが、それでもこれは……久しぶりに見る俺が書いたものでない日本語は本当に色々とくるものがある。
カタリナからもらった紋章を見せたところやってきた偉そうな人に案内された特別室、その一番目立つ箇所に鎮座しているのが魔術書でなく
数多の学者や書字魔法師が読むことすらできなかった大エスパガルのシンボル、黄金の書、その解読されなかった理由が“この世界の言語”で書かれていないからなら納得がいく。
いや、だが待て。これは本だけが流れ着いた可能性も……だけどタイトルが正しく伝わっているということはそれを伝えた人がいるということでは……いやでも……
「……あの、メディクさん? 急にどうされましたか?」
「ああ、ごめんフィーユ。ちょっとその……衝撃を受けてな」
やばい、完全に意識が本にいってた。せっかくフィーユに対するお礼のお出掛けなのにフィーユそっちのけはだめだよな、うん。
「衝撃……ですか。たしかに、エスパガルのシンボルとなっている書でありながらなんの魔力も感じられないのは驚きかもしれませんね。書字魔法師である私には書の気配はたしかに感じられるのに呼びかけに答えてもらえる気がしない、あまりにも異質すぎる存在感に圧倒されそうなのですが……」
「はは、まぁそんなところかな」
なるほど、所持魔法師であるフィーユには日本語の書ってのはそんな風に感じ取れるのか。
「どちらにせよ黄金の書、興味が惹かれすぎるから是非一度中身も見てみたいな。フイーユも見てみたいだろ?」
「それはもちろん……ですが、ここエスパガル大図書館の中で最も大事とされる宝の一つですから……」
「さすがに部外者でしかも異国人である俺らには見せてもらえない、か」
「おそらくは……」
常識で考えればそうだが……でも、それでもちょっと今回ばかりは諦めるわけにはいかないな。
「頼むだけ、頼んでみる。フィーユはここで待っていてくれ」
「え、あのその無理はしなくとも」
「いや俺も気になるし……フィーユ達書字魔法師にとって特別な本なんだろ? 今日はフィーユへのお礼できたんだしな」
うん、あまりにも気になる、気になりすぎるしここまでフィーユにあれこれお願いしてきたんだから俺からも少しは恩返ししないとな。
「……すいません、いつも助けてもらって」
「それはむしろこちらの方さ……さて、館長を探して」
「その必要はありませんよ」
俺たちを案内してくれた人が何やら一冊の本を持ってこっちにきた。どういうことだ?
「原本に触れていただくのはさすがに許可できませんが……こちらは黄金の書の写本となります。どうぞ、お持ち帰りください」
「は?」
いやいや、ちょっとまってくれよ。ここは色々と交渉してなんとか読ませてください、とか写本でいいので見せてと頼むところだろ? なんでいきなり持ってきてくれているんだよ。
「えっとあの……その写本だけでもとても貴重ですよね? どう考えても部外秘となるはずのそれをどうして……」
「たしかにこの写本もまたとても貴重。黄金の書は魔導書でないのでそれこそ黄金の書そのものといっても過言ではないのですが、カタリナ様の紋章を持たれた婚約者からの頼みとあってはこれくらいしなければなりません」
「どういうことですか?」
「カタリナ様は当館に多額の寄進をしてくださってますしなにより……異国より持ち帰ったこの黄金の書を我が大図書館に寄贈してくださったのはカタリナ様の祖父君、つまりカタリナ様は本来ならばこの書を所有しているはずなのです」
カタリナに黄金の国があると教えたという祖父のこと、だろうな。そして多分この黄金の書もまたあちらで米畑を見たときに手に入れたのだろう。
「そういうことでしたか……あの、ところでなんでこれが黄金の書というのですか?」
「……当館で受け継がれている記録によると、この書は異国で仲良くなった友人より託された未来に無限のめぐみをもたらす黄金の書だと言って託されたとありますがそれ以上のことは……」
「十分すぎます。ええ、ありがたく頂戴します」
これもまた縁、というべきか。祖父にあこがれその背を追いかけたカタリナが俺という転生者と出会い、そしてこの書に導かれたと。まったくもって、縁ってのはわからないし面白いな。
図書館で写本を授かったその夜、フィーユから借りて読んでみたところ黄金の書の中身は日記帳と技術書であった。著者の名前こそなかったが、あきらかに日本人のそれで……著者がこの世界で試した農法や作物のあれこれ、そして米を定着させようと努力していることが書かれている。
それどころか農業を元々やっていた人らしく、水田の作り方や味噌や醤油、日本酒の作り方まである。いやもう、本気で黄金どころじゃない知識のオンパレード、そりゃ黄金の書とタイトルをつけるのも不思議じゃないな。そして最後のページにはおそらくカタリナの祖父に渡す前に書いたであろう一文がある。
“海の向こうよりきた友に託すこの書、この文を読めるということは俺と同じく地球からやってきた転生者もしくは転移者であろう。俺の知識と経験をこの書に記した故にどうかその地に繋いで欲しい。米はたしかにうまいが白米だけ食べれば病気になる。俺が直接いるこの地では糠漬けや雑穀やらその病を予防するための知識を残すつもりだが米だけ渡すとあまりに危険すぎる。故にその病について知識があると思われる俺と同じ存在、君がどうか安全に導いてくれ”
……名の知らぬ先人、あなたは実に賢明な人だったんですね。
俺が生きていた時代ですら古来の米と魚の日本食は世界一健康な料理のはずなのにとかいう人は多かったのに……本当によく考えられている。
古来の日本食は栄養素、色々と足りてないんだよ本当に。そもそも江戸時代は雑穀食べていたからビタミン足りていたんであってそれをやめたら玄米オンリーにしても全然足りないものな。
うん、賢人の知恵はありがたく使わせてもらって、味噌や醤油の作り方をカタリナに教えよう。日本食だけにこだわるのは悪手だが日本食は悪くないしなにより味噌汁や卵かけご飯は食べたくなる、生まれ変わってもう何年もたつがそれでもやっぱり魂が覚えてしまっているんだよな。
……しかしさすがにこれを読めた、ということは言えないな。どうやって伝えればいいんだろうな……
伝えればといえば、この人はちゃんと脚気のことをわかって伝えていくつもりだったみたいなんだが、カタリナが買い付けた時どうしてそれが伝わらなかったんだろうな? 伝え方が悪くて失伝したのか? うーん……まぁともかく、やれるだけやるとするか。
ーー???
メディクが黄金の書の写本を片手に頭を捻っているちょうどそのころ、暗い闇に包まれた一室、その中で一つの影が楽しげに試験官を振っていた。
「よーしチフスの培養成功っと。うまくすればこれでインディアンにやったみたいに食べ物に毒をいれないでもバンバン面倒な奴をピンポイントで殺していけるね。この世界の奴らはバカだから毒は食べ物からしか来ないと思っているし」
その影が呟いた言葉をもしメディクが聞けば目を剥いただろう。そして同時に間違いなく強い憤慨をしたはずだ。そう、その影が呟いたのは日本語でありそして同時にとてつもなく外道な内容であるのだから。
「そういえば、おかしいな。エスパガルでそろそろ白米と脚気が大流行して経済がズタボロになるはずだったのにそうならないなんて。ちゃんと白米と魚こそが至高の組み合わせで徹底すればいいって吹き込んでから米を売らせたのになぁ」
影はそう言いながら首を捻る。だがどこか愉快げでうまくいかないことがおかしくてしょうがないと言わんばかりだ。
「おかしいと言えばブルロワも、か。せっかく木偶の一人にコレラを感染させて放り込んだのに反応がない。コレラの感染力と今のあれこれ かんがえると火の手があがって大混乱になるはずなのに……ひょっとしているのかご同類が」
影は一つの可能性に行き当たり、その手を止める。だがすぐさま頭を降るとまた再び新たな試験管を手に取る。
「まぁいいか、そんなことより次の実験に取りかからないとな。せっかく異世界なんて面白すぎるところにきたんだ。あっちの世界じゃクソみたいな法律やら倫理やらのせいでできなかったことやり倒さないと勿体ないってね。医者は命を握る存在、神に最も近いんだからさ」
歪んだ笑みを浮かべるその影……その影とメディクの人生が交差するのはもう少し先の話である。
強敵フラグを出して四章完結……それとともに更新の方はしばらく停止となります。活動報告にて詳しくお話しさせていただきます。




