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70話 仕込みは上々

国家試験が近づいてるーー年末の足音が聞こえる



 さて、善は急げということでレティシアを起こしてそのままこっそりとカタリナの商会の倉庫を借りて治療をしているのだがその現状は……


「~~~~~っ‼」


 まぁうん、阿鼻叫喚の地獄絵図一歩手前って感じだな。なれてないと……いや、なれているつもりだった俺でもかなりきつい惨状だ。

 なにせこの部屋の中には濃厚な血の匂いがぷんぷん漂っているし床も血まみれ、さらに定期的にくぐもった悲鳴があがっているからな。


「あそこじゃできない、周囲に人がいない場所をってのはこういうことかい……気が触れた奴が暴れまわって人を殺しでもした後みたいになってるね」


「そういうことだ。血の匂いや叫び声で色々とバレる可能性もあるしな」


 様子を見に来たカタリナが呆れたようにぼやくのもまぁ無理はない。ただ、誤解のないように言わせてもらうと俺は別に気が触れてもなければ猟奇的なこともしてないんだよな。

 俺がやっている治療はごくごくシンプルなもの、ようするに傷跡を切り取ってそのまま綺麗に回復魔法で塞ぐというものだ。

 実際、形成外科でも傷跡を消す時は目立っている傷跡を切開した後再縫合で埋没させるというのが一般的な手法だからそれを回復魔法で代用しているだけ、医学的にも何もおかしいことはない手法だ。

 ただ、手法としてはそうなんだが……


「ーーっ‼」


 この世界、麻酔ないんだよな。だから麻酔なしで刃物で傷口を切り裂くしかない。一応刃物は加熱しているし、起きてもらったレティシアに大量のお湯とそれから換気を頼んでいるがそれでもこの有様だからな。

 カタリナに患者を押さえつける人員と噛ませる布を用意してもらってなかったらもっと大惨事だったのは間違いないし、俺もさすがにこの手法は効果がある可能性が極めて高くても軽々に試せなかったんだよなぁ……

 麻酔を作ろうにも一応クロロホルムをアルコールから合成する方法なら昔とあるマッチョな医師が主役な漫画を読んだ時に興味を持って調べたが実際に作ったことがないし、そもそも混ぜるべき材料が化学的に合成する必要あるからどうしようもない。持ち込みチートは本意じゃないし、うかつに成功させたらさせたで色々といびつなことになりかねないから素直に諦めたほうがいいし、婦長もうん、怒らないはずだ。

 ならば魔法でとも考えてレティシアやフィーユに人を眠らせる魔法がないか聞いてみたけどそんな危険な魔法はないとのことだし。まぁ暗殺とか強盗に使い放題だからなくてよかったかもしれないんだがだからこそもう歯を食いしばってもらうしかない。

 一応消毒魔法は使っているし、強い酒も用意してもらってダメ押しの消毒もしているから痛みさえ我慢してもらえば大丈夫のはずだしな。


「……見ているこっちが痛くなってくるけど成果はどうなんだい?」


「それは見てもらったが早いな」


 俺の前で布を噛んで呻いている人の削りとったばかりの傷痕に手を当て回復魔法を施す。魔力の量を丁寧に工夫して当てていくとみるみると傷が塞がっていきあっという間に傷痕は薄いピンク色の線が残るだけ、とりあえずはこれでよしだな。


「これはまた……すごいね、どこに傷があったわかんないよ」


「おかげで普通に回復魔法をかけて薄くするんじゃなくてみんなこっちを選んでな……だからここの惨状がよりひどくなってしまっているんだが」


 うん、最初に代表の人が自分が代表して実験台になると言い出したからやったら布を噛ませても響く絶叫でどっぴいてたけど傷痕が綺麗に無くなったのを見るや痛くてもいいからこれを! だからな。いやうん、正直もうちょっと痛くない治療に流れるかと思っていたんだが……それだけ傷に対しての悩みや辛さがあったということか。


「……この治療法だけでひと財産作れるね、こりゃ。なんとか口止めして独占しないと簡単に真似できそうだしここまで効果があるなら絶対に真似するのが」


「いや、さすがにこの治療方法も万能じゃないし簡単に真似できないと思うぞ」


「そうなのかい? こう、切って魔法で塞ぐだけに見えるけど」


 気楽にいってくれる。まぁ側から見たらそう見えるんだろうし、逆にそう見えるならこれはプロの仕事ってちょっとだけ自画自賛してもいいか? 難しいことを簡単に見せるのが本物のプロ、ってのはよく聞く話だしな。

 なんて、調子に乗ってる場合じゃないよな。一応誤解は解いておかないと。


「一応これでもめちゃくちゃ気を使ってやっているんだぞ? うまく切らなきゃこう傷口が変な塞がりかたをして突っ張ったりするしな」


 傷口を削り取るのもうまくやらないと切ってはいけないところまで切ってしまうし、治せる範囲を超えて切ると余計に悪化するからな。

 レティシアに傷痕を残さないように十年近く回復魔法を使い続け、さらに十九小隊相手に短期間で外傷の治療をしまくった経験があるから上手に塞げているわけだし。それになにより……


「首もとの傷なんか一歩間違えたら首の急所を切ってしまって殺しかねないし、目元の傷なんて手元が狂えば目をえぐることにもなるぞ?」


「あー……」


 うん、場所によっちゃ本気で見極めが難しいしそもそも切るのが難しいんだよな。だから簡単に真似されるかというと答えは否、というか不用意に真似した場合大惨事になるのは間違いない。いや、そもそも簡単に真似できるようなことならあんな念押ししないしとっくにここに来る前に試しているというね。


「ま、だから手法はバレても問題ないというかむしろバレたほうが良いまであるかもな。こういう治療をできるという評判にもなるし、同時にあれだ。これを真似できるほど腕がいい回復魔法師が増えたら傷痕で苦しむ人が減るしな」


「はぁ……商売敵が増えることを躊躇わない、か。いやほんと商人には向いてないね、うんうん、見事なもんだ」


「褒め言葉としてとっていいのかなこの場合は」


「そりゃそうさ! 商人としての能力はアタシで事足りるしむしろ向いてないならアタシにないものを持ってるってことだからね! 金勘定じゃなんともならないことを任せられるなんてやっぱり婿にぴったりだね!」


 そういうことか。たしかに向き不向きが真逆のほうが色々と助け合えるってのはよくある話だし、カップルや友人でもそういうのは多いのも事実だよな。


「婿は置いといて銭勘定やら宣伝は苦手だからたしかに助かるかもだがまずはやるべきことをやってからな。俺は治療こそできるがそこからどうやってドランを切り崩していくかは専門外だぞ」


「もちろん、そこに抜かりはないよ! なーに心配はいらない、さっきのパーティーでオコメを売るための種はうまいことまいておいたし、あいつらは治療された面々が自発的に動くだけであとはどうにでもなる程度に恨みを買っているからね」


 おお、怖い怖い。人を呪わばなんとやらじゃないがそれもそうか。もともと米という最大の弱点がなんとかなればどうにでもなるってか。シャルロットがそりゃ友人扱いするわ。


「……わかった、お手並み拝見といくがそのなんだ、できればドランを潰すために動いた人たちのフォローを頼む」


 勇気をもって内部告発した人がその後内部告発をした裏切ものとして再就職先に恵まれない、なんてよくある話だしな。


「わかってるって。ちゃーんとそこらへんはうまいことやるって。でないと治療費とりっぱぐれるしね。アンタに任せられた契約を不履行にしちゃアタシの名前に傷がつくってもんさ」


 うん、わかっているか。ならよかった。んじゃ今日は治療に専念して……明日はフィーユやレティシアのフォローに専念しても大丈夫そうだな。


続きは明日いつも通りに


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