64話 宴のはじまり
昨日はお休みしてすいませんでした
さて招待状を貰ったのだからこちらとしてもせいぜい利用してやろうと準備を ととのえてドラン商会のパーティーにやってきたわけなのだが……
「帰りたくなってきた……」
うん、なんというか場違い感が半端ない。今回のパーティーは立食パーティーなわけだがテーブルの上には所狭しとこの世界の料理に対してさほど詳しくない俺からみても贅を尽くしていることがわかる豪勢な料理が並んでいるし、酒だって高そうなものばかり。
俺以外の出席者も皆きらびやかなドレスやら宝石やらなんやらを身につけた金持ちばかりなわけで、一応俺もそれなりにちゃんとした服を着てはいるのだが……うん、服に着られている気しかしないしどう考えても浮いてるな。
こればっかりは慣れというかなんというか、一応俺も実習の時に立食パーティーやらなんやらは参加したことがあるけどこれほどのものは経験ないからなぁ。せいぜい、寿司と天ぷら蕎麦をその場で出してもらえるくらいだったし。
あー、寿司いいよなぁ。思い出したら食べたくなってきた。こうマグロとかよりもブリとかサーモンとか、あとツナマヨとかコーン巻きとかもいいな。カタリナの米畑がうまくいったら和食の再現に取りかかっても……
「おいおい、なにぼんやりしてるんだい。こんな美人を侍らせているってのにずいぶんと贅沢なことをしているねぇ」
「ーーっきゅ、急に耳元でささやかないでくれ!」
ああ、やばかった。回転寿司について考えているところでいきなり耳元でとろけるくらい甘い声が響くとか心臓に悪すぎる。
しかしカタリナは流石というかなんというか、実に堂々としているな。その美しい亜麻色の髪を綺麗に結ってスーパーモデル顔負けのスタイルを惜しげもなく晒す映画でしかみたことがないような豪奢なドレスがよく似合っている。
惜しむらくはどんな宝石よりも強く輝くその瞳を仮面で覆い隠しているってことだな。それでも周囲にいる参加者と比較して存在感も美しさも段違いで……そんな彼女が俺のすぐそばにいるわけだから尚更俺の存在が浮いている気がしてくる。
「きっちりと招待状を貰ったんだから堂々としたらいいじゃないかい。こういう場所に来るのは初めてじゃないんだろ?」
「あいにくこれで堂々とできるほどの場数は踏んでないんだよ。出来損ないの嫡男はブルロワの社交界はお呼びでなくてな」
「へー、そいつはずいぶんと勿体ないことをしてるねぇ。アタシだったら呼ばれてなくてもくっついていってタダ飯食らいながら人脈作りと敵の見定めにかかるってのに」
実にカタリナらしいな。たしかにこういうパーティーで出る食事は晩餐会などよりは質が落ちることも多いがそれでも普段の食事よりは豪華だし人に会うことは財産になる、そのあたりを踏まえて行動できると即答できるのはさすが商会のトップといったところか。
「はは、呼ばれてないだけならそれもよかったんだろうが俺の場合は存在そのものが英雄の汚点であり揶揄される対象だからな。攻撃魔法の才能がないノワル家の人間なんてブルロワじゃ論外ってことだな」
「それこそもったいない話さ。親やご先祖と違う方向性で産まれただけで無能だなんてこっちじゃありえないってのに」
「お国が違うってやつだろ」
カタリナの意見は商人の街らしい感覚からだな。日本でも上方商人は息子は選べないが婿は選べると出来た婿に家業を継がせて、息子は食うに困らないすてぶちを与えてなんてパターンが賢いやり方として推奨されていたらしいし。
ブルロワは魔法ありき、そして魔法の才能や適性はだいたい遺伝するみたいだからどうしても血統主義になってるんだよなぁ。そしてその理論で言えば俺は論外中の論外って有り様となってクレソンみたいなのがわらわらでてくる、と。
「そうそう、お国が違うのさ。だからここでは堂々としててもいいのさ。それこそ本人を見ずに親だなんだを引っ張ってきてぎゃーぎゃー言うのはバカがすることってね」
「……それ遠回しにあのドラ息子をバカって言ってないか」
ドランのバカ息子……名前なんだっけか? まぁいい、とにかくあれは初対面でボロクソ言ってきたしな。
「違うよ、そのまんまバカにしてるのさ。ま、そんなどうでもいいことよりせっかく高い酒と高い飯があってそばにいい女がいるんだから楽しみなよ」
にししと仮面越しでも伝わるいい笑顔を浮かべてぐいぐいと色々と押し付けやがって……こ、ここにフィーユたちがいなくてよかった。招待状が俺とレティシアの分しかなかったからだがここにいたら絶対背中を抉られてた。フィーユは普段おしとやかなのになんでかカタリナといると容赦なく、それも俺の手が届きにくくて魔法で治しにくい部分を攻め立てるんだよなぁ。
これがゲームなら嫉妬だわかれってとこだが……フィーユがそういうことするか?
「……ほう、アタシをエスコートしようって時に他の女のことを考えるとはいい度胸だねぇ」
「な、なんのことだ?」
「ごまかそうったってそうはいかないよ。こうして肌を重ねているとねアタシの勘はますます冴えるみたいでこうね、わかるんだよ色々と」
「その勘ちょっと万能すぎないか⁉︎」
「おっと、そこでこう返すってことは実際考えていたね、これはますます上書きさせてもらわないと。シャルロットが悔しがるくらいねっとりと、こっちの流儀で歓待して染め上げないといけないねぇ。さぁまずはアタシをエスコートすることから」
「ちょっと、やめないか。人目が、人目が……」
「大丈夫さ、むしろ見せつけないとねぇアタシらの仲が良好って」
おいこれ普通男女逆じゃねぇか⁉︎ なんで俺が金持ち強引に迫られる役なんだよ、乙女ゲーなシチュが台無しにも程があるだろ。
くっそ、仮面つけてやがるから余計怖いっていうか耽美というか色々と危険というか、た、頼むから誰かたすけ……
「おっと、時間切れか。タイミングが悪い」
「やぁやぁ皆さん、これはお揃いで」
カタリナが心底口惜しげな声で迫ってくるのをやめるのとほぼ同時に、会場に聞き覚えのある声が……例のドラ息子の声が響いていた。
声がした方をみると先日よりもさらに派手に、重たくないのか心配になるくらいに黄金細工やらなんやらをみにまとっていて、そのそばにこれまた負けず劣らずはでに着飾った男がいるからそっちが父親か?
「ドランのバカ息子シャイロック、そばにいるのが父親であるバサーニオさ」
カタリナ、説明ありがとうな。名前忘れてたから助かった……しかし、色々と心配になってくるな。
でっぷりと腹を突き出し、ハゲ上がった頭、脂でてかる肌。うん、これ以上ないほどの悪徳商人のテンプレな姿だがこう、悪感情が湧く前に生活習慣改善しないとやばいだろって気持ちのほうが湧いてくる。どう考えても糖尿病や心臓病のリスク、いやそれ以上に※SASになってちゃんと寝れてないだろうし。
「皆さま、今宵は我がドラン家が開いた宴に集まっていただき誠にありがとうございます。本当でしたらもっとしっかりとしたものとしたかったのですが、ささやかな宴となってしまったのをまずはお詫びさせていただきます」
なんて俺の心配を他所に次々とおべっかにいく参加者をかきわけて会場の中心にやってきたバサーニオが話し始め……いよいよ、パーティーの開始といったところか。
さてどうでてくるかまずはお手並み拝見といこうか……本当は挨拶される前にこっちが動くべきだったんだろうがまぁそこはいいよな、うん。
SAS:睡眠時無呼吸症候群のことです




