57話 待ち受けていたもの
ちょっと遅れてしまい申し訳ありません
「お嬢! ご無事でしたか! さっきまであのドラ息子が」
「ああ、大丈夫。付き纏われたが客人がうまいことあしらってくれたよ」
ドラ息子を追い払ってすぐのところにあった一際立派な建物、そこがカタリナの商会の本拠地で入るとすぐに海の男と言わんばかりに黒々と日焼けした俺たちより二回りは上に見える男がカタリナを出迎えてくる。
この年配の従業員以外にも続々と従業員がカタリナの姿を見てから集まってきているあたり、本当に慕われているんだなカタリナは。
「いやぁあんたにも見せてあげたかったねぇ。もうどこをどうやったらあんなことができるのかわからない神業であのやろうをのたうちまわらせてね、そこからあのやろうが無様に逃げ回る姿ときたら」
「あー、そいつは残念ですがよかったかもしれませんなぁ。あんにゃろうがのたうちまわっていたらこれ幸いとトドメを差しに行きかねないですわ。あんにゃろうお嬢がここにはいないっていってもしつこくつきまといやがって邪魔ったらありゃしねぇ」
ああうん、完全に待ち伏せしてるストーカーだったんだなあのドラ息子。ただでさえ嫌がられているのにそんなことしたらそらこういう意見もでるわな。他の従業員たちまでうんうんうなずいているし。
「お客人の皆様、お礼を言いますぜ……それでお嬢、こちらの客人は」
「シャルロットから頼まれた留学生だよ。んでもってこっちのメディクはアタシの婿候補だよ」
「「「「なっ」」」」
こいつ、ここでもそれだすのかよ⁉︎
「おいカタリナ……婿候補云々はドラ息子への牽制用じゃないのかよ」
「甘いねぇ。ここでもそれを徹底しないとすぐにボロがでちまうだろ? たとえ身内の前であっても、いや身内の前だからこそ徹底してこそ意味がでるってもんさ」
ヒソヒソ声で抗議してもこいつまるでこたえねぇ……いやたしかに理屈はわかるぞ? 普段から徹底しないとこの手のごまかしはすぐボロがでるってのはな。
でもな、こんだけお嬢お嬢と慕ってきている人たちの前でいきなりそんなこといったら危険で危ないというか俺の背中の肉もまた危険というか……
「それに嘘はついてないよ? アタシはあんたを婿にしたいのは本気だから候補には違いないし……悪い気もしないだろ?」
「いやまぁそうだけどな……」
くっ、周囲に見せつけるように抱きついて俺の腕を胸に押し当てるってなんだよこれ、どこのラノベや漫画のシチュだよ。うわ、やわら……うん、フィーユ。デレデレしてないからその手ちょっとひっこめて、な? そもそも事情知ってるよなフィーユは。痛いのになれて最近ちょっと気持ちいい気もしてきてやばいんだが。
しかし俺の背中もだが従業員たちは大丈夫なのか? 海外から来たやつがいきなりこれとか詐欺師だのなんだのうたがわ
「お嬢が、あのお嬢が。あっしらがどれだけ婿をと頼んでも忙しくてそれどころじゃないとか商売が恋人とかいって聞かなかったあのお嬢に婿の候補とか! ましてやこんなに自分からアプローチとかこれはもう今夜は宴ですな!」
「だな、酒蔵から酒をもってきてアイツらにもなんとか飲ませてやらねぇと!」
れないのかよ⁉︎ だいたいこのいわれっぷり、カタリナは普段どんな振る舞いしてるんだよ⁉︎
「あの……それでいいんですか?」
「いいも悪いも、シャルロット様がお嬢に頼まれた客人という時点で身元は保証されてますからな。どこのどいつかわかりもしない輩やら他所の商会の丁稚やらに惚れたの奪うだのしているのとはわけがちがいやすし」
ああ、なるほどそういう考えもあるか。たしかに日本に留学している時点で母国ではエリートの証、そういう側面もあったしここでもそうなるか。ましてや俺の今回の留学はシャルロットの世話でだからあいつが担保になっていると。
「なによりあのドラ息子に比べたらだいたいのお人が聖人に見えるってもんでさ。あのドクズにお嬢をやることになったら、もう先代や先々代にどうあの世でお詫びをしたら……」
いやまぁうん、気持ちはわかる。アレと比較するとそりゃだいたいのやつはマシに見えるよな、うん。
あんなのに商会を乗っ取られたらそれこそ……あ、そういえば
「それでさっきの話の続きなんだが……商会が傾くほどはオコメに投資はしてなかったんだよな? それがどうしてアレに乗っ取られそうな有り様になってるんだ?」
「ああ、それかい? いやまぁなんと言えばいいのか運が悪かったというかタイミングが悪かったというか、まったくもってひどい話でさ……まぁ見てもらったがはやいし、ついといで」
颯爽とモデルのように歩きだすカタリナに慌ててついていくと、カタリナは建物の奥も奥、おそらく従業員たちのになっているだろう部屋でようやく足を止めそして俺たちがいるのを確認して無言でその扉を開け放つ。
「これは……」
死屍累々、まさにそうとしか言えない光景が中には広がっていた。多くの従業員らしき者たちが……小柄な女性から筋骨隆々とした屈強な男まで揃いも揃ってぐったりとベッドにつっぷしてロクに動こうともしないのだ。
「本当に突然のことで、アタシもなぜこうなったかわからない。ただある日から急にうちの従業員たち、それもオコメの栽培に関わってもらっていたやつらからバッタバッタ倒れ出してね」
「急に、か」
「ああ。ここにいる奴らの多くは病気一つしたことない元気な働き者ばかりだったんだよ? なのに揃いも揃ってご覧の有り様……おまけにたっかい金だして見せた腕利きの回復魔法師たちは揃いも揃っておかしいところはないときた」
「病気じゃない、と」
「そうさ! まぁたしかに咳も熱もほとんどないけどどこが病気じゃないんだよ! それでこれを聞きつけやがったドラン商会のやつらがアタシらが新航路から呪いを持ち帰っただの、オコメは呪われた食い物でそれに関わったからこうなっただの騒ぎ立ててね。おかげでオコメ以外の新航路から仕入れた品やらなんやらまで買手がつかない有り様さ」
病気でない、原因不明で続々と倒れていく従業員。そして未開の地との接触。なるほど、魔法がある世界なら呪いなり敵対者の魔法のせい、そう考えられてもおかしくない、というかそっちのほうが自然だな。だが……
「……カタリナ、いくつか質問したいんだが」
「なんだい? なんでも聞いておくれ」
……一つ、俺の中で浮かび上がった名前がある。最初は二つあったのだがだが今の話を聞く限りだと思い浮かぶのがこれで……その確信を得るためには聞かないといけない。
「……そのオコメ、ここにいる人たちは食べたのかい?」
「もちろんだよ。オコメをこちらで広めるにはその旨さをアタシらが知らないといけない。自分たちが作るものがどんだけうまいのかしっとかなきゃいけないだろ? だから仕入れたオコメを食事として提供したよ? おかずも、現地でそうだっていうから魚中心でね」
ああ、うん。やっぱり、か。その姿勢は立派だし正しい。正しいが……
「倒れた人は……オコメを気に入って大量に食べたり元気な働き者、それから大酒飲みが多いんじゃないか?」
「……なんでわかるんだい?」
カタリナがけげんな顔をするがもうこれはほとんど間違いない。食生活をパン食から米食、それも白米に変えて程なくして起こったこの疾患。
「……ちょっと膝を叩きますよ」
座り込んで休んでいる患者の膝を叩くが……動かない。ああ、間違いない。これはもう決まりだ。
かつて江戸患いといわれ、多くの日本人を悩ました国民病……”脚気”に違いない。
続きはいつも通りに!




