53話 ひとめぼれとはなんぞや
お札5枚は無事爆死。あと、エッセイ書いてみました
いやうん、本当にどうしてこうなったんだ? 馬車旅の末国境を無事に越えてエスパガルにやってきた初日の今日は、シャルロットの馴染みで今回の留学で仲介を務めてくれる人に待ち合わせ場所であるレストランで挨拶して宿に向かう。それだけのはずだったのに……なんで俺はいきなり求婚されてるわけ? それも仲介役の人に。
「えーとその、カタリナさん。ですよね?」
「おいおい、そこはカタリナって呼び捨てにしておくれよ。求婚した相手にさん付けなんて他人行儀されるとさすがにちょっと傷つくよ?」
「……じゃあ、カタリナ。なんでまたいきなり俺に求婚なんてしてるんだよ」
「いやー、こうびびっときて一目惚れな運命感じて、とかじゃだめかい?」
「ごまかすにしてももうちょっとマシな嘘をついたらどうだ?」
俺よりも高い背、若干ウェーブがかかった亜麻色の髪を無造作に後ろに束ねたその目からも全身からも活力が満ち溢れた、それこそ地球ならスーパーモデルや売れっ子女優とでも言うべき女性が俺に一目惚れ? はは、さすがにそれは冗談がすぎる。転生してもこの顔は悪いというほどじゃないがイケメンというほどでもないし、特定の性癖を持つ人に刺さるような特徴もないあえて言うならばモブ顔なんだぞ?
「そこはもうちょっと信じてほしいところだがねぇ。一目惚れはちょっと言い過ぎかもだが気に入っているし求婚もまた本気なんだけどね」
「……それは失礼しました」
あのフィーユさん、また無言で背中をつねってくるのどうしてですか。というかまたなんか力ましてませんか? ちょっと回復魔法で治さないといけないレベルで痕が残りそうな強さなんですけど。
「……デレデレしてました」
いや何もいってないんですけど……あ、はい。反論許さないんですね、わかりました。無言でつねる力ましてますしね。
「それじゃ、なんでまた急に求婚なんてしたのかこうじっくりと説明してほしいんだが」
「お、いいね。ならちょっとそこの宿にこないかい? 屋敷とは別に借りている部屋があるからそこのベッドの上でじっくりねっとりふたりっきりで」
「すいません、そういうの勘弁してくれ」
そういうことは経験皆無な俺にちょっと刺激が強すぎるというか背中と腿の肉が危ないというか……フィーユ、ちぎれるから。本気でちぎれるからやめて。あとなんでレティシアまで真似ているんだよ。
「なんだよつれないねぇ。食える時に食わない男ってのは情けないと思わないかい?」
「毒餌かもしれないものを美味しそうに見えるからってだけでホイホイ食べる男は思慮に欠けると思わないか?」
「へぇ? 言うじゃないかい。人を毒餌呼ばわりとはねぇ……いいね、ますます気に入ったよ」
「それはどうも、でいいのかな。ともかく事情をしっかりと話してもらえないか? でないと、留学するのに怖くてしょうがない」
本音をいうと嫌な予感がするから回れ右をしたくはあるが、それをしたら留年だしシャルロットへの不義理になるしなぁ……なにより、目の前にいるこのカタリナがすんなり逃してくれるとは思えないし。
「わかったよ。それじゃアタシの部屋で話すこととしようか。ここじゃ人目につくしね。そっちのお嬢ちゃん二人、レティシアとフィーユだったかい。アンタらもいいかい?」
シャルロットから頼まれているだけあってレティシアやフィーユのことも当然把握している、と。
これじゃ断れないな……いや、もともと留学先の世話役だから断る選択肢はないけどな。
「さてと、それじゃ何から話そうかねぇ」
俺たちが連れてこられたのはレストランからそう遠くない場所にある豪奢な、それこそ前世ではテレビくらいでしかみたことがないようなVIPルーム。その中心にある天蓋付きのベッドに腰かけたカタリナは見せつけるようにその美脚を投げ出していた。
うん、スリットが深く入ったスカートでそれはちょっと目のやり場に困るというか色々とみえそうというか……あ、見ないからな? さすがにそれはどうかと思うからみないから無言で背中に手をあてないでください。
「何からも何も、全部話してほしいなぁ。あたしもノワルの人間として、嫡男であるメディ兄を婿になんて言われて黙っているわけにはいかないし」
「ふーん、ノワルの嫡男様だからねぇ?」
「……ノワルは王家に忠を誓いブルロワを守護する一族。その直系であるメディ兄に悪い虫がついてノワルを蝕まれるのは絶対に許せないから」
「なるほどなるほど。遺産やら家の権利やら役職やらをアタシが狙っていると」
「違うの? それ以外に初対面で求婚する理由が」
「ないない、そんな面倒なことしないよ。金とかそう言うのならアンタらよりはるかに持っているのがエスパガルにはゴロゴロいるし、アタシを口説いてるのもいるんだからね」
ああ、たしかにエスパガルとブルロワでは経済力が違うだろうな。商人が牛耳る海運と交易都市なんてどう考えても金が唸っているし、シャルロットが留学の世話を任せるほどの相手でこの容姿ならそりゃ豪商がいくらでも口説きにくるわ。
「ならメディ兄を口説かないでよ。メディ兄はノワルの大事なちゃく」
「あれあれ? 攻撃魔法の名門であるノワル家も周囲もその大事で大切な嫡男様を随分とぞんざいに扱っていると聞いているよ? なんでも攻撃魔法の才能がないから嫡男失格、英雄唯一の汚点だのなんだの。それともブルロワでは大事にするってのはそう言うことなのかいノワル始まって以来の天才お嬢ちゃん」
「そ、それは……」
これは……ノワルやレティシアの名がこっちでも響いていてついでに俺の悪名まで届いているのか? それとも、カタリナがこちらを調べ尽くしているのか……多分両方だろうな。商人の武器は情報、いつだってこれは変わらないはず。商人が統治するここでもその原則は変わっていないはずだ。
「まったく、ブルロワの人間はずいぶんと頭が固いねぇ。商人の子が商人に向いているとは限らないし、優れた戦士の子が戦士として優秀とは限らない。だってのに一族と違う方向の能力を持っていたら失敗作だなんだって。いやほんと何考えているんだか」
露骨にこちらの国をこき下ろしているが、それでもそこに悪意は感じない。カタリナがサパサパとした気質なのか嫌味だのなんだのというよりも純粋に疑問と呆れていると感じられるからだろうな。
「……なるほど、メディクさんがノワル家の人間だから口説いたわけではないと」
「そうさ。最初にいったろ? あんたが“メディクだね”って。ノワル家であるのが大事ならそっちを確認するさ」
ああ、確かに。言われてみたらノワルかどうかは確認されなかったな。
「だいたい相手の家をみて結婚するかどうかを決めるなんてバカらしい。大事なのは家じゃなくて個人、そうそいつがどんなやつで何ができるかだろ? そりゃ確かに家柄も武器のうち、財産だって金には違いない。でもバカと一緒に戦ったら一瞬で全部なくなっちまう。無能な金持ちと組むくらいなら優秀な無一文を身内にしたがはるかにいいさ」
ああ、本当に小気味良い。こうもきっぱりと言い切ってくれるのはブルロワじゃなかった。どこにいっても……それこそ、フィーユの前以外ではずっとノワルの名がついてまわったからな。
「なるほど、じゃあ俺はカタリナ的にパートナーとして合格点をもらった、そういうわけかな?」
「そうだね。シャルロットからアンタの人品については聞いていたし面構えも合格点。そしてなによりこうね、あんたの面をじっくりと見たときこう商人としてのアタシの勘がビビッときたんだよ。全力で買え、今すぐ買え。こいつを絶対に逃すなって」
「か、勘ですか」
「そうさ。アタシは商人としてこの勘を絶対的に信用している。それを信じて窮地に陥っても先があると思っている。だから、アタシはメディク、あんたに全賭けするってあの時決めているし今だってそうさ」
己の才能と心中する覚悟、か。さすがシャルロットの友人というべきか。そしてそんな人に全力で評価されるのは嬉しいやらこそばゆいやら。でもこの言い方だと……
「なにやら色々と事情があるんだな」
勘を信じて窮地になっても気にしない、俺に全賭け……現状が窮地としか聞こえないよな。
「まぁね。そこらへんも含めてちょっと話させてもらいたいけど……ああ、その前にこれだけは言っておこうかい」
「なんですか?」
「勘だけでなくて一人の人間としてもアタシはあんたのことを買っているし好ましく思っているよ? 裏通りの英雄さん」
……これは、なかなかにハードな留学になりそうだ。優雅に海辺の街で留学という名のバカンスが、よかったんだけどなぁがんばったご褒美に。
続きは明日に!やっぱりフィーユたちがいるほうが書きやすいです




