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49話 未来へつながる土台

遅れて申し訳ありませんでした。

「まぁ兄さんのことはこのさいどうでもいいんですよ。何か寝言ほざいてますがマーサさんのケーキ口に突っ込んどきゃ何も言ってきませんし」


「……いやあの、シャルロット。それはどうかと思うぞ」


「そうですね、せっかくの美味しいケーキがもったいないですね。反省しました」


「反省するのそっちかよ⁉」


「いやだって兄さんですからね。これくらい存外でいいんですよ。どうせあの面であははと笑って流しますから」


 いやさすがにそれは……ああ、なんか普通にしそうだな。


「まぁ、どうでもいい兄さんのことは置いといて……わたしとしてはメディク君にまだまだ聞きたいことがあるんですよ」


「聞きたいこと?」


「兄さんにこう、沈没する船の甲板掃除だなんて言ったそうじゃないですか。あれはいったいどいういう意味だったのかなーって」


「ああ、それか。それは割とそのまんまの意味なんだが」


「と言いますと?」


「白亜亭の手に届く値段でちゃんとした食事をという理念も、マーサさんがしている治療活動もその魔法の威力も含めて全部素晴らしいものだと思いますが……根本的な解決にはなってない」


「……続けて」


「多くの病気は掃除や洗濯など徹底し清潔にしていたら流行を阻止できる。渇き病も罹患者の糞便から感染るからその類だな。でも、マーサさんはその土台に手をつけずただひたすら出てきた患者を助けていたその場しのぎの側面があったんだよ」


「なかなか言いますねぇ」


「事実だからな。だからその、ここで勉強させてもらっている時に渇き病のような病気が発生して患者が詰めかけたらどうなるかって……それこそ、俺がやったような対策をしないで」


「……下手しないでも助けてもらおうと詰めかけた罹患者から彼らを運んだ人や周囲の人に感染していってバッタバッタいきそうですね」


 そう、それこそが俺が白亜亭のせいで王都が崩壊しかねないと判断した最大の理由。感染症が発生して”食事処”である白亜亭に殺到したら……どう考えてもパンデミック一直線だ。 それにマーサさんの献身で多少持ち直した患者が動いて感染を広げるようなことをすることまでありえるしな。


「とはいえ今回はメディク君のおかげでなんとかなってやれやれ一安心といったところでしょうか」


「……だといいんだがな。正直、猶予はあまりないと思うぞ」


 シャルロットは今回が紙一重だったという自覚はあるようだがまだ危機感は薄い。いや、実感がわかないし何をしていいのかわからないと言ったところか。なら……キツく煽るしかないな。


「もし、もしだ。回復魔法を悪用して渇き病のような病を発生させることができるようになったら……裏通りに一人か二人患者を発生させるだけで安く手早く敵国に損失を与えることができる」


「ちょ、ちょっとまってくださいよメディク君。そ、それはさすがに……」


「絶対にしてはいけないことだが算術的には得と判断する国がないとは限らないだろ?」


 生物兵器、それは核兵器と並んであるいはそれ以上に人類にとっては忌むべき兵器。だがそのコスパというものはあまりにも圧倒的。なにせ場所を選んで解き放ちさえすれば後は勝手に増えていってくれるし、それこそコレラなら対処法を知られていない場所ならもはや致命の一手をただ一人で簡単に行える。

 だからこそ、細菌兵器はテロリストが好んで使う。コスパ良く効率的に人を、都市を殺し尽くせるから。


「渇き病を治す魔法や薬を研究した結果渇き病にする術を見つける、なんて可能性もゼロとは言い切れない」


「……確かに、その可能性はないとは言い切れません。というか今回の発生だってその可能性もありますね」


「ああ。だから早急に根本的な一手を打つ必要がある」


「……メディク君はあるんですか? その根本的な一手の考え」


 よし、乗ってきたな。


「一応は、な。ただ”たかが学生”の俺が言った所で誰も動いてくれないし予算も人手も何もかもたりないんだよな」


「ちょっとぉ! その言い方は卑怯だと思わないんですかぁ!」


 卑怯、卑劣は褒め言葉だって偉い武将が言っていた、なんて言うつもりはないがさすがに今回はそんなことも言ってられない。使えるものは何でも使って対策を打たないと……婦長に、殴られるじゃすまない。

 あの人は英雄の看板を利用して世論やら王室やら動かしまくったからなぁ、絶対”私にできたのですからそれを真似すればいいあなたに出来ないはずはありません。やらなかったのは怠慢です”……なんて言って怒ってくるだろうしな。


「まぁまぁ、悪い話じゃないから聞くだけ聞いてくれよ」


「それ詐欺師の常套文句ですよメディク君……まぁいいです。聞いてあげますよ」


「それはな――――なんだが」


 俺からの要求を聞いたシャルロットはその目を丸くし固まるのにそう時間はかからなかった。





「お疲れさまです」


「ああ、お疲れ様」


 シャルロットに要求してからおよそ一週間、俺は裏通りを掃除して回っている”衛兵”と挨拶をかわしていた。

 そう、衛兵が裏通りを掃除する。これこそ俺がシャルロットに要求した二つの事柄のうちの一つだった。

 人は最初の一歩は踏み出せないが誰かがすでにやっていることに続くのはしやすい。だから誰かが何かしら悪いことをしたらそれに続く人間が続出する、いわゆる割れ窓理論ってやつだな。

 その観点から考えて裏通りの清掃を徹底すること、それから定期的な衛兵の巡回で”見られている”意識を与えることは治安の向上に大きな役割を担う。

 ただ一度綺麗にしただけではそれを維持することはかなわずその場しのぎで終わるが、定期的な清掃と治安の向上が合わさればわざわざ自分から汚そう、という気持ちはなかなか起きづらくこれで衛生面は向上、疫病の発生頻度も起きた場合の被害も減る。

 そして治安がよくなれば人の流れも変わり人が来るようになる。そしたらそれだけでまっとうな商売で稼げる人が増えて生活の質が必然的にあがりやすくなる。

 だが、これだけでは足りない。確かに上がりやすくはなるが上がるとは限らないし多くの人間は取りこぼされてしまう。だから……


「ああ、メディク君。ようやく来ましたか。そろそろ始まりますよ」


 考え事をしていたらどうやら目的地についたようで、入り口で待ち構えていたシャルロットが声をかけてくる。

 ここは白亜亭からそう遠くない建物でそこでは……


「それじゃ、今日は簡単な火の魔法から練習しようか。大丈夫、メディ兄だって使えるようになった魔法だから難しくないよ」


「読み書き計算は人生において根本にして財産……まずは字の書き取りから始めましょうか」


 レティシアとフィーユが裏通りの子どもたち相手に魔法や文字を教える声が聞こえてくる。そう、こここそが俺の要求したもう一つの事柄、裏通りの子たちのための無料の学舎だ。


「まさか要求が衛兵の巡回路と掃除の追加、それから学び舎のための資金援助だけとは思いませんでしたよ。こう、てっきりもっと大掛かりな人員の追加やら裏通りへの金銭のバラマキを要求されるかと思ったんですけど」


「上から降ってきた金は有り難みがわからず使い果たすし身にならないが勉学は身になるからな」


 米百俵の教え、というやつだな。米百俵は食えば終わりだがその金で学校を建てて教育したらその子たちはより豊かになれる。だからこそ裏通りに無償の勉学の場を用意し教育水準をあげるのは必要不可欠だ。


「なるほどねぇ……しかし、フィーユちゃんとレティシアちゃんを講師にだなんていいんですか? とくにレティシアちゃんはこんなことしている暇ないのでは?」


 ああ、言いたいことはわかる。レティシアはガチガチに評価されまくっているからそんな人間が裏通りの子どもに誰でもできる魔法の授業なんて時間の無駄、うん。そう見えるのも当然だな。ただし……


「これは裏通りのためだけでなくてレティシアのためだからな」


「と、いいますと?」


「……レティは天才過ぎて人に何かを教えるのが苦手すぎてその……あいつの魔法を研究したがっている人間が理解不能で心折れまくってるらしい」


「あー……」


「だからその、子ども相手にわかるように教える経験を積んでレティの中にあるあれこれをうまく伝えられるようになってくれたらなぁって……」


 教えるのも勉強というけどこの場合は教えるの”が”勉強だよなぁ……まぁ子どもにわかるように伝えられたら大人にも伝えられるはずだ、うん。


「まぁいつまでもあの二人だけに頼るわけにはいかないから教員の準備頼む。あと、将来的にここの生徒から優秀な子たちを」


「ええ、相応の学校やらなんやらに特待生で受け入れさせますよ。わっかりやす~い栄達の道があるのとないのではモチベーションが大違いですしねぇ」


 みなまで言うなと言わんばかりだな。だがまぁ……シャルロットのように理解者がいてくれるならもう大丈夫だろうな。

 ああ、うん。これで土台はできた……あとは、積み重ねていくだけだ。ともかく、これで一安心、か。


50話は明日の08:10ごろに

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