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47話 戦い終えて

コレラもそろそろ区切りがつきます


 そこからのコレラとの戦いはただただひたすらに地味で、過酷なものだった。やることはただただシンプル、患者の体を洗って糞便を処理し、作った経口補水液を飲ませる。罹患していない人には井戸を使わせずレティシアが出した水と隊長に持ってきてもらった食料を配布し、服を熱湯で洗浄してあげる。その代わりに外に人がでないように説得して封鎖を続行する。

 そして最後に落ち着いてきたところで強い酒を薄めた即席の消毒液で徹底的な殺菌消毒をしたのだが、実はこれが一番難儀した。というのも、裏通りの住人にこれで手を洗い住居を掃除しろと渡したところで全部“飲んで”しまう。

 この世界にまだ殺菌消毒の概念がなく、そして渡した酒も強くはあるが普通に飲める酒だから飲んで何が悪いと考えてしまうのだ。

 酒に関しては理屈で人は考えない、いや本当に。禁酒しないといけないと理屈で分かっていてもやめられる人は少ないし、酒を飲むと一番最初に働きが麻痺するのが理性を司る部分。飲酒運転がなくならないのはそのせいと教授が断言してた。

 まぁそうでなくとも周囲がバッタバッタ下痢を垂れ流して萎んでいく極限状態で強い酒を渡されたらそりゃ飲んで現実逃避したくもなるな。

 だから消毒に関しては患者家族への消毒液の配布と使用のお願いではなく、十九小隊の皆さんにゴリ押しで裏通り全体にぶちまけてきてもらいダメ押しでレティに裏通りを熱湯消毒してもらった……うん、洪水や大雨でもあったのかみたいに裏通りがお湯とアルコールでびしょびしょになるのは自分でやらせておいてアレだが凄まじい光景だったな。

 とまぁこのように、コレラの基本である封じ込めと下痢による脱水への対症療法の徹底。正直公衆衛生や感染症の専門家でない俺の知識でできるのはこれが精一杯。出来る限り全部を行った。

 やれるだけはやった、婦長の前にでても胸を張って言えるだけ挑んだが……それでも犠牲者はゼロじゃなかった。発見が遅れた老人の患者や、もともと持病があり弱っていた人などは治療に耐えられず一人、また一人と亡くなっていった。

 だがそれでも歯を食いしばって治療と殺菌消毒の徹底を続けた結果、そして最初の発症者と出会ってからおよそ一ヶ月で最後のコレラ患者の症状が治ってからおよそ一週間が経過、コレラ騒動は犠牲者九人を出しながらも終息したのだった。




「……とまぁこれが今回、裏通りであったことのあらましだな」


「なるほど、なるほど。いやぁ、小隊長から報告書はもらってましたが最初っから関わっているあなたからお話を伺うとまた違って聞こえますねぇ」


 マーサさんのケーキを突きながら、うんうんとシャルロットがうなずいてくる。コレラが終息してほんの数日だというのに、俺をよりにもよって白亜亭に呼び出して事態の説明させるのは実にらしいというかなんというかだよなぁ……


「シャルロット、今回は助かった。隊長達を遣したり物資の支援をしてくれて。俺達だけじゃ人手も何もかも足りなかった」


「いやいや、かまいませんよぉ。愛しいダーリンのためならこれくらい。おまけにこうしてデートまでできるなんてこれくらいの労力は安い安い、実際安いですよ」


「まだダーリンひっぱるのな……というか安いか? お茶くらいならそっちの都合がつけばいくらでも付き合うんだが。シャルロットと話すのは楽しいしな」


 シャルロットは攻められるのには弱いが口も達者で頭の回転もいいから話のテンポが噛み合うから居心地いいんだよな、話してて。


「こ、このタラシマンめ……そんなこと言ってもわかってますからね、どーせ隊長とかフィーユちゃんとかレティシアちゃんにも同じようなこと言ってるんですよね!」


「なんでいきなりタラシ扱いされるかはわからないが……シャルロットと話す時間が心地いいのも呼ばれりゃすぐ来るのにってのは本音だぞ」


「畜生こいつ嫌味通じねぇ!」


 嫌味だったのか……いや、どこが?


「まぁいいです、メディク君の全方位っぷりは今更ですし……でも安いってのは本音ですよ〜。ええ、この程度の出費、裏通りを焼き尽くして復興させるのにかかる費用を考えればぜーんぜんたいしたことないですよ」


「……やっぱ焼き尽くすつもり満々だったんだな」


「むしろなぜ焼かないと思うのかそれがわかりません。というか今回だって、マーサさんがいなかったら裏通りの住人が自発的に初手焼討ちるのも十分ありえましたよね?」


「そりゃ、な」


 疫病が発生したとき周囲の人間が思うのは自分たちに感染ることを警戒するがそれ以上に「上の人間」に知られ自分達ごと消されることを恐れて焼き払って最初からいなかったことにするのは歴史的に見て常套手段だ。

 コレラ、ここでは乾き病だが、が裏通りで過去に発生していてそれを住人達が自発的に焼いて処理していた可能性は十分にあるし、今回もその手段をマーサさんという寄る方がなかったときは選んだ可能性は十分にある。


「マーサさんを中心に団結ができちゃったせいで逆に初手焼討ちできずに蔓延する可能性も高かったですしね。いやー、この絶品ケーキが食べられなくなるなくてよかった〜」


「……そうだな」


 笑顔でケーキを頬張りながら裏通りを丸ごと、それこそマーサさんもろとも焼き払う覚悟があったと暗に告げてきやがるが……だが、それが実際正しい。

 疫病ってのっは為政者側の人間にとって癌と一緒、早期に容赦なく徹底的に切り捨てるのが一番害がないからここで切るのは上の人間の責務であり適正と言っていいんだろうな……俺にはできないだろうが。


「さてさて? それでメディク君。あなたのことですしちゃーんと用意してくれていますよね? あなたがただ今回の事態を解決させて終わり、とは思えないんですよ」


「……ああ、そういうと思ってもってきている」


 ケーキを頬張りながらニマニマと笑うシャルロットに、俺は一枚の紙を渡す。


①Aの井戸を使って罹患した:三十人

②Aの井戸を使って罹患せず:九十五人

③Bの井戸を使って罹患した;百二十人

④Bの井戸を使って罹患せず;百人

⑤Cの井戸を使って罹患した:二十人

⑥Cの井戸を使って罹患せず:百人


「治療の時、フィーユに聞き取り記録してもらったが……まぁシャルロットにはこれを見せたら意味は伝わるよな」


「ええ。Bの井戸が原因の可能性が高い……AとCの井戸よりあきらかに病気が発生している可能性が高いですからね」


「そういうことだ」


 これは疫学調査の基本。大元の原因ではと考えた事象に……例えばタバコや飲酒、今回の場合は井戸だがそれに接した人がどれくらいの割合で病気になったかを調べることで有害かどうかを調べる手法。

 この手法は疫学の父ジョン・スノウがブロードストリートで大流行したコレラを抑えることに成功した手法で……まだ細菌も発見されておらず、コレラの原因すらわかっていないのに流行を抑制してのけたのだ。婦長が統計学の母としたらこちらは疫学の父だな。

 とはいえ、この手法が万能かというとそうでもなくて……


「ただ、これだけが原因とは限らないがな。他の要素が絡んでいる可能性もあるし、何かしらの外的要因が加わっているかもしれない」


「あー……これだけで結論はだせませんか」


 そりゃ、な。病気ってやつはいろんな要素が絡み合って起こる。俺はジョン・スノウが残した業績やその後の調査による結果を知っていたから最初から井戸に的を絞れたが普通はそうじゃない。


「色々と調べてためして絞り込んでやるしかない、調査ってのはそういうものだろ?」


 学問にしろなんにしろ探るっていうのはそういうこと、トライアル&エラーあるのみだ。


「うー……答えを知ってるくさいあなたがいうとなんかずるっこく聞こえますよ? 今回のあなたの動き、あきらかにそれっぽいですしぃ」


 ……ああ、やっぱりそこは聞かれる、か。


明日も08:10に……

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